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関東軍


 
関東軍というと満州事変が有名ですね。日本の満州進出は、この関東軍によって実行されていきます。

 そもそも、関東軍の関東というのが、ちょっと分かりづらい。どうしたって、関東地方を思い浮かべてしまいますが、この関東というのは「万里の長城の東側に位置する山海関の東」つまり、満州を意味する言葉です。日本の関東地方とは関係ないんですねぇ。

 では、この関東軍について少し詳しく見ていきましょう。

 当時の日本には関東軍の他に朝鮮軍や台湾軍、支那派遣軍などありましたが、それと同じ外地への派遣部隊の1つです。

 日本は日露戦争後にロシアから中国の大連や旅順を含む遼東半島南部の地域の租借(借りる権利)と長春〜旅順までの鉄道の権益を貰い受けました。また、鉄道だけでなく沿線の幅62メートル以内。また各駅の周辺も付属地として日本は権利を得ることになります。

 もう、そなるとその場所は、日本の領土と変わらない訳です。日本軍は鉄道守備隊として1万数千人もの兵士を配備することができることとなります。

 この満州では政府と軍部が分離され、そこに配備された関東軍は日本政府とは別に独自の権限が与えられるようになっていきました。

 関東軍の参謀たちは、やがて陸軍参謀本部と連携し日本政府の意思に反して満州支配の戦略などを実行していくことになります。

 1928年。関東軍高級参謀であった河本大作大佐は中国北部で最大の軍閥となっていた張作霖の乗った列車を爆破!これをゲリラによるものだと嘘をつきますが、なんとな〜く皆、わかっちゃってる訳です。「どうせ関東軍のしわざでしょ」って。しかし、日本の政府としては、寝耳に水の事態だったので必死に隠蔽に走ります。当時の日本政府は中国の内乱に不干渉を貫き通していたんです。だってアメリカがあからさまに日本に警戒心を見せつけていたんですもの。アメリカは南北戦争があって中国進出に出遅れていたんです。ですから、日本の中国進出には目を光らせていた。当然、日本の政府もそんなことは熟知しておりアメリカとの対立なんて望んでなかったわけです。しかし、関東軍が勝手に動き出してしまったんです。

 日本政府の考えとは裏腹に、その後も関東軍の暴走は止まりません。

 当時の日本は経済危機に悩まされており、国民の生活は困窮していたんです。それなのに日本の政府ときたら己らの政争に明け暮れ、有効な打開策も打ち出さない。「もう、こうなったら大陸進出を目指し、俺たちで動き出すしかない!」そう考えたのが陸軍参謀たちでした。

 そうした中、関東軍最高参謀の板垣征四郎大佐、関東軍作戦主任参謀の石原莞爾中佐が中心となりある作戦の実行に移ります。

 そう満州事変です。

 彼らは、東京の陸軍参謀本部の賛同者たちと連携をとりながら1931年9月に満州鉄道を爆破し、それを中国軍の仕業であるとして軍事行動を開始します。わずか1日で奉天や長春などの満州鉄道沿線の主な都市を制圧するとハルビンも占領。1932年2月までには満州のほぼ全土を制圧してしまいます。



 このような関東軍の快進撃に日本の国民は拍手喝采。陸軍での強硬派は主導権を強めていくことになり、満州国という日本の傀儡政権を作り上げることになるのです。