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第2話 秘密

1.



 日の光の下で見る初めての風景に、結衣は圧倒されて見入った。
 クランベール王国の首都ラフルールは大陸の南西に位置し、王宮は小高い丘の上に建っている。
 結衣のいる王宮のテラスからはラフルールを一望し、西と南に広がる海と東に連なる山脈を見渡せた。
 ロイドの作ったマシンから察するに、クランベールの科学技術の水準は、地球のそれを上回るものと推測される。だが、眼下に広がるラフルールの街並みは中世ヨーロッパの片田舎のようだ。
 高い建物は一切なく、ほとんどの道路は狭い。広めの道路にも自動車は走っていない。走っている乗り物は馬車か自転車で人々は徒歩で行き交っていた。
 当然のごとく線路もないので列車も走っていない。ラフルールから延びる人の歩いていない石畳の白い道が、街の外の大平原や点在する森の中へ続いていた。その道以外、街の外には何もない。手付かずの雄大な大自然が広がるだけだった。
 遠くに見える海の港に船が何隻か停泊している。船は普通にあるようだ。
 一番目を惹いたのは、時々空を飛ぶ大きな乗り物だ。
 飛行船に自在に動く羽を付けたようなこの乗り物は、飛行場と思われる場所から時々垂直に離着陸している。
 地球のジェット飛行機のように轟音を響かせて早く飛んだりはしない。低いうなりを上げて空をゆっくりと進む姿は、のどかなクランベールの風景に溶け込んでいた。
 王宮の真上を飛ぶのは禁止されているようで、少し離れた空を通り過ぎる見た事もない乗り物に見とれていると、部屋の中から電話の呼び出し音が聞こえた。
 結衣は慌てて部屋に駆け込むと電話の応答ボタンを押した。小さな液晶画面に不機嫌そうなロイドの顔が映し出される。
「何をやってる。後で来いと言っただろう。さっさと来い。いつまで待たせる気だ」
 すこぶる機嫌が悪い。
「……ごめん、すぐ行く」
 そう言って電話を切ると結衣は大きくため息をついた。”後で来い”とは言われたが、”すぐに来い”とは言われてないような気がする。
 結衣はソファの背もたれに留まった黄色い小鳥に向かって手を差し出した。
「ロイド、おいで」
 小鳥はピッと一声鳴いて羽ばたくと、差し出した結衣の手に留まった。
 やって来た小鳥を肩に乗せて、結衣は足早に部屋を出た。



 声をかけて研究室の扉を開くと、ロイドが人捜しマシンの隣にいるのが見て取れた。コンピュータ画面の前の机に向かって座り書類を眺めている。
 結衣が側まで歩み寄ると、初めて気配を感じたのか慌てて振り返った。どうも夢中になると周りが見えなくなるらしい。
 結衣の姿を認めたロイドは早速毒を吐く。
「やっと来たか。待ちくたびれて、じじぃになるかと思ったぞ」
「元々じじぃなんじゃないの?」
「黙れ」
 小憎たらしいので言い返すと、すかさず額を叩かれた。
 考えてみれば、ロイドの年齢っていくつなんだろう。外国人の年は見た目ではわかりにくい。なんとかの局長という社会的地位から考えると、自分よりは年上だと思うが、ちよっと気になったので尋ねてみた。
「ロイドって何歳なの?」
「三十前後だ」
 結衣は思わず眉を寄せて、半眼になる。
「”前後”って何?」
「正確な年がわからないんだ。オレは拾われっ子だから」
「え?」
 軽い気持ちで、とんでもない事を訊いてしまったらしい。結衣が深刻な表情をしていたのか、ロイドがフッと笑った。
「おまえが気にする事はない。もう二十七年も前の話だ」
 二十七年前、まだ幼かったロイドは、ラフルールの南東にある古代遺跡に置き去りにされていたらしい。本人に記憶はないが、当時遺跡の調査に来ていた考古学者がロイドを見つけて連れ帰ったという。
 親を捜したが結局見つからず、そのままその考古学者が親代わりとなった。
 言葉も話すし、自分で歩く。背格好からして三歳ぐらいだろうという事で、便宜上連れ帰った日を誕生日とし、三歳という事になったという。
「考古学者の子になったんなら、なんで考古学者にならなかったの?」
「考古学そのものにはあまり興味がない。だが、遺跡にある謎の機械装置は、ものすごく興味深い。何度か調査に同行したが、悔しい事にほとんどわからない」
 本当に悔しそうに歯噛みするロイドを見て、結衣はクスリと笑った。すかさずロイドが気付いて睨む。
「何がおかしい」
「もしかして、あなたはその機械から生まれたのかもよ。だから機械が大好きなのよ」
 結衣がからかうと、再び額を叩かれた。
「ふざけるな」
 ムッとして、額を押さえたまま、先ほどテラスから見た空飛ぶ乗り物について訊いてみた。
「あぁ、飛空艇か。ニッポンにはないのか?」
「飛行機ならあるけど……」
 結衣はロイドから紙とペンを借りて、飛行機の絵を描いた。
 ロイドはそれを少し眺めて、
「この羽は動くのか?」
と問いかけた。
「動かない」
「じゃあ、垂直には飛べないな」
「うん。滑走路を走って、助走を付けてから飛ぶの」
「クランベールには普及しない乗り物だな」
「どうして?」
「さっき話した遺跡のせいだ」
 クランベール大陸の各地には謎の古代遺跡が点在している。そして、その遺跡の中には何だかわからない機械装置がある。しかも、この機械装置は時々光を発したりして、どうやら機能を停止していない事が知られている。
 何だかわからないので停止させる事もできず、何だかわからないのでうかつに壊す事もできない。
 そのため遺跡を避けるように街が造られ、遺跡保護のため、新たな道路を造る事はできない。街道は古代に造られた石畳の道を補修して利用し、街と街の移動には垂直離着陸可能な飛空挺が主な交通手段として発達した。
「なんか、その遺跡見てみたいな」
「街の外にしかない。諦めろ」
 王宮内では自由にしていいと言われたが、王子が勝手に街の外どころか、王宮の外に出る事さえ許されるわけがない。仕方なく結衣は諦めた。
 気を取り直して、本来の目的をロイドに尋ねた。
「私に渡したいものって何?」
 ロイドはポケットを探るとタバコの箱くらいの大きさの黒い板を結衣に差し出した。
「持ってろ」
 結衣は受け取った黒い板を裏返したりして珍しそうに眺めた。厚みは一センチくらいで、真ん中にボタンがひとつあるだけだ。
「何? これ」
 ロイドはポケットから、もうひとつ同じような板を取り出して見せる。
「通信機だ。そのボタンを押せば、オレの持つこいつに通じる。通話も可能だ」
「あぁ、ケータイみたいなものね」
 結衣が納得して通信機をポケットにしまうと、ロイドが興味深そうに問いかけた。
「ケータイって何だ?」
「携帯電話。持ち歩ける電話よ。クランベールにはないの?」
「ない。どういう仕組みだ?」
「……え……」
 携帯電話がどんな機能を持っていて、どうやって使うのかは説明できても、仕組みはわからない。本体の仕組みも通話の仕組みも考えた事などない。
 結衣はガックリと肩を落とした。
「……帰ったら、調べとく」
 ロイドはひと息嘆息すると、結衣を指差して恫喝する。
「いいか、わかっているだろうが、オレはヒマじゃない。くだらない用事や、イタズラでそのボタンを押してみろ。二度とそんな事をする気にならないような、お仕置きが待っていると思え」
 結衣はゲンナリして返事をする。
「はいはい」
 言われるまでもなく、わざわざロイドに電話でお話しするようなネタもない。どんなお仕置きなのか、想像を絶するセクハラのような気がして、考えてみる気にもならなかった。
「じゃあ、探検に行ってきます」
 背を向けて立ち去ろうとする結衣に、ロイドが軽い調子で忠告した。
「洗濯物置き場や、食料庫は覗かない方がいいぞ」
「なんで?」
 結衣が振り返って尋ねると、ロイドはニヤリと笑った。
「そういう人気のない狭い場所は、職場恋愛の巣窟になっているからだ。鉢合わせしたらお互い気まずいだろう」
 時々、給湯室に内鍵が掛かっているアレだろうか。結衣は一瞬絶句した後、吐き捨てるようにつぶやいた。
「……ったく、仕事しろっての!」
 足音も荒く立ち去ろうとする結衣に、再びロイドが声をかけた。
「そういう場所への呼び出しなら応じてやろう」
「絶対、呼ばない!」
 振り向きもせずそう叫ぶと、結衣は研究室を後にした。
 扉を閉める間際、ロイドのクスクス笑う声が聞こえた。
 やっぱり、からかって遊んでるんだ。そう思うと、何だかちょっと切ない気分になった。




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