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3.



「さっきはビックリしたでしょう? ごめんね。ロイドって、いつもは冷静で大人なんだけど、時々子供っぽいのよ」
 リビングの一角にダイニングの椅子を一つ持ち出してランシュを座らせ、結衣は彼の髪を染めながら語りかけた。ランシュはクスリと笑う。
「ビックリっていうより、意外だった。先生って社交的で誰とでもすぐに打ち解ける人だけど、特定の人に執着する事ってあまりないから」
「執着?」
「だって、あれってユイは自分のものだって、オレに見せつけたかったんだと思うよ」
 ランシュの言葉に結衣は苦笑する。やはりロイドは少し子供っぽい。
 わざわざ見せつけなくても、結衣はロイドの妻だとランシュは知っている。その事実が物語っている事なのに。
「無用の心配よね」
 同意を求めるように、結衣は笑いながらランシュの顔を覗き込む。彼は横目で見上げながら、口の端で少し笑った。
「そうでもないよ。オレ、ユイが気に入ってるって言っちゃったし。先生としては心穏やかではいられなかったんじゃないかな」
 結衣は思わず吹き出した。
「ホント、ヤキモチ焼きね」
 ロイドの友人である王子や王宮医師のローザンから色々聞かされて、ロイドがヤキモチ焼きだとは知っていた。結婚してからは、それも落ち着いたと思っていたのに、相変わらずのようだ。
 染髪が終わり、ランシュは洗面所に髪を洗いに行った。
 結衣はダイニングテーブルの隅に置いていた、黄色い小鳥ロボットの電源を入れる。
 いつも店に出ている間は、電源を切っておく。ロボットとはいえ、食べ物を扱っている店に動物がいては、不快に思う人がいるかもしれないからだ。
 リビングのソファに座って小鳥の頭を撫でていると、ランシュが戻って来た。結衣の手の平にいる小鳥を見つめて問いかける。
「それ、ロボット?」
「うん。二年前にロイドがくれたの。よくわかったわね」
「なんとなくね。鳥かごが見当たらないし、先生ってそういう小さい機械、得意だし。隣、座っていい?」
 結衣が了承し横によけると、ランシュは隣に腰掛けた。
「そうね。調理機械とか携帯用パワードスーツとか、役に立つものも作ってるけど、微妙なものも多いのよね。マイクロマシンの変声機とか。ランシュも機械の研究してたんでしょ? どういうもの作ってたの?」
 何気なく尋ねた後で、ハタと気付いた。もしかしたら、研究内容は訊いてはいけない事だったかもしれない。しかしランシュは、あっさり教えてくれた。
「オレはロボット専門。そういう愛玩用から、専門作業用まで色々。ヒューマノイド・ロボットも設計したよ」
「あぁ、人間そっくりなロボット?」
「うん」
 以前ロイドと一緒に街に出た時、本屋で買った雑誌に載っていたロボットだ。写真でしか見た事ないが、とてもロボットとは思えないほど人間にそっくりだった。
「ロイドがヒューマノイド・ロボットはおもしろくないから作らないって言ってたけど、ランシュの方が上手に作れるからおもしろくないのかしら?」
 結衣が首を傾げると、ランシュはクスリと笑った。
「そんな事はないと思うよ。先生も作ろうと思えば作れるよ」
「じゃあ、何がおもしろくないのか分かる?」
 ランシュは視線を逸らし少し考えて、再び結衣に視線を戻した。
「多分、思い描く通りのものが作れないからだと思う。理論も確立してて作り方も分かっているのに作れないんだ」
「どうして?」
「法律が邪魔するから。オレもそれに邪魔されて、先生に止められた」
 結衣の胸の中が、途端にざわついた。
 悔しそうに目を伏せたランシュの表情が、これ以上訊いてはいけないと警告しているような気がする。心に反して、言葉がポロリと口をついて出た。
「どんな法律?」
「絶対命令」
 小鳥ロボットも搭載している、人を傷つけてはいけないとか人の命令を聞かなければならないとかいう、最優先の命令だ。
 人工知能搭載のロボットは、必ずインプットする事が法律で義務づけられているとロイドから聞いた。ヒューマノイド・ロボットも、当然ながら義務づけられるだろう。
 だが、どうしてそれが邪魔になるのかわからない。
 首をひねる結衣に、ランシュが静かに問いかけた。
「人間には、そういうもの、ないよね?」
 ロイドの思い描くヒューマノイド・ロボットが、なんとなく分かった。見た目だけでなく、人間とそっくり同じロボットだ。
 人の命令に従って行動するだけでなく、自分で考え、動き、感情を持ったロボット。
 雑誌に載っていたロボットには、感情がないと言っていた。
 確かに人とそっくり同じにしようと思えば、絶対命令は足かせになるだろう。
 人を傷つけたり法に反する事でなければ、無条件で命令に従う。そんな人はいない。
 自分で考え行動すると、時には人の命令に背く事になるだろう。
 同じ事をランシュも考えて作ろうとしたが、ロイドに止められたのだ。
 どうやらやはり訊いてはならない事を、訊いてしまったような気がする。少し後ろめたい気分になっていると、ランシュがニッコリ笑って唇に一本指をあてがった。
「ちょっとしゃべり過ぎちゃった。今の話、聞かなかった事にしてね」
「うん。ごめんね。私が余計な事訊いたから」
 結衣は苦笑しながら小鳥の電源を切り、テーブルに置いて席を立った。
 ダイニングの椅子にひっかけておいた買い物袋を取り、結衣はランシュに尋ねる。
「夕飯の買い物に行ってくるから、留守番頼んでいい?」
 ランシュは席を立って、こちらにやってきた。
「オレも一緒に行くよ。荷物持つから」
「え? でもロイドが夕方からは外出禁止だって……」
 壁の時計に目をやると、四時になろうとしていた。夕方と言えば夕方だが、いったい何時までなら外出していいのかよくわからない。
「お役所の定時、五時まではいいと思うよ。変装もしたし、オレ、誰にも見つからない自信あるから」
 そういってランシュは、染めたばかりの金髪をつまんで笑って見せた。
「じゃあ、さっさと行って帰ろうか。留守番も退屈だろうし。ランシュ、何が食べたい? あなたの歓迎会になるから、好きなもの言って」
 ちょっと見栄を張って大きく出たが、自分の料理の腕前は、まだまだロイドに遠く及ばない。できるものを言ってくれる事を祈りつつ、ランシュの答を待つ。
 ランシュは微笑んで答えた。
「何でもいいよ。オレ、好き嫌いないし。お菓子以外のユイの料理、なんでも食べてみたいな」
「何でもって言われると……」
 ランシュの答にホッとしつつも、範囲が広すぎてかえって困る。
 結衣が口ごもっていると、ランシュが提案した。
「そうだ。先生は何が好きなの?」
「オムライス」
「オムライス?」
「うん。私の国の料理なの」
 初めて作った時、ロイドも珍しそうな顔をした。クランベールにはないものだという。
 結衣のオムライスは、ケチャップ味のチキンライスを薄く焼いた卵焼きで包み、ラグビーボールのような形に整えてケチャップをかけたものだ。
 お店のオムライスのように、フライパンの中で卵にライスを包むという高等技術ができない、結衣の苦肉の策である。
 本物とはちょっと違うけど、ロイドは結構気に入っているようで、時々リクエストする。
「じゃあ、それ。オレも食べてみたい」
 メニューが決まり頭の中で買い物リストを作ると、結衣はランシュと共に商店街に向かった。
 さっさと買い物を終え、ランシュに荷物を持ってもらい家路につく。並んで歩きながら、ランシュが結衣に問いかけた。
「ねぇ、オレたちどんな風に見えるかな」
「うーん。親子にしては年が近いし、髪も目の色も全く違うし、姉弟にも見えないわね。不思議な取り合わせに見えるかもね」
 結衣が答えると、ランシュは少し間を置いて、再びポツリと問いかけた。
「恋人同士……には見えないかな」
「そう見えてたら、またロイドがヤキモチ焼くわね」
 想像するとおかしくて、結衣はクスクス笑った。




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