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4. すでに日は落ちて随分経っていた。オレンジ色のやわらかな街灯の光に包まれたラフルールの街を、ロイドは足早に家路を辿る。 ユイに危害を加えないと誓ったが、復讐を企んでいるランシュと二人きりで家にいる、ユイの事が気がかりだった。 科学技術局を出る前に、今から帰ると連絡したら、ユイは少し驚いたような声を上げた。定時よりは大分遅いが、いつもよりは大分早いからだ。 少し驚いたものの、すぐにユイは嬉しそうに告げた。ランシュの歓迎会をするから丁度よかったと。 ロイドとしてはあまり歓迎したくはないが、ユイの楽しそうな声に少しホッとした。 家に着き玄関の扉を開けると、仲良く楽しそうに夕食の支度をするランシュとユイの姿が目に入った。 ランシュが店に通っていた頃から面識はあったとしても、かなり打ち解けた様子だ。 ユイの無事な姿に安心したものの、なんとなくおもしろくない。 不機嫌さそのままに低い声で「ただいま」を言うと、ユイはいつもよりハイテンションで「おかえり」を返した。続いてランシュも笑顔で挨拶をする。 金髪に染めて以前より幾分明るく見えるその無邪気な笑顔が、返って禍々しく思えてならない。 ロイドは一旦二階に上がり、自室に荷物を置いてダイニングに戻ってきた。テーブルの上にはロイドお気に入りのニッポン料理、オムライスが乗っていた。 ロイドが席に着くと、ユイは白ぶどう酒の入ったグラスをそれぞれに配る。そして自分のグラスを持ち上げ、ニッコリ笑った。 「じゃあ、ランシュを歓迎して、乾杯!」 ユイの音頭で全員がグラスを掲げ、ぶどう酒を一口飲む。 乾杯の後料理に手をつけ始めると、ユイとランシュは他愛もない話をしながら、楽しそうに笑った。 ロイドは無表情のまま、時々振られる話に短い相槌を打ちながら、黙々と食事を続ける。 やがて食事が終わり、食卓を片付けたユイは、デザートの皿を持ってやって来た。 「今日は苺のロールケーキよ。ランシュのおばあちゃんが気に入ってたんだって。あなたも好きよね?」 そう言ってユイは、丸ごと一本のロールケーキをロイドの前に置く。もう一本のロールケーキをランシュと自分に切り分け、残りもロイドの前に差し出した。 そして茶を配りながら、不思議そうにランシュに問いかける。 「驚かないのね。知ってた?」 「あぁ、先生が甘党だって事? 大量に甘いもの食べてるとこ何度か見たよ」 ランシュがクスリと笑うと、ユイはガッカリしたように肩を落として、ロールケーキにフォークを突き立てた。 「なぁんだ。でも、そうよね。助手なら知ってるわよね」 その後も二人は楽しそうに話し続けた。 家に帰ってからずっと、二人が親しげにしているほど、ロイドは疎外感を覚えた。 二人の会話が耳障りでしょうがない。 せっかくの好物も、ろくに味が分からないほど苛ついたロイドは、ロールケーキを食べ終わったと同時に席を立った。 「悪いが、オレは持ち帰りの仕事がある。後は二人で楽しんでくれ」 ユイは少し驚いたように目を見張った後、残念そうにロイドを見つめて返事をする。 「あ、うん……」 ランシュは口の端を少し上げ、上目遣いにロイドを見上げた。 「オレ、何かお手伝いしましょうか?」 仕事を自宅に持ち帰ってはならない事をランシュは知っている。この場を立ち去るための口実である事を分かっていながら、神経を逆なでするランシュの言葉に、ロイドは苛立ちを通り越して怒りすら覚えた。 その気持ちのままランシュを睨むと、つい声を荒げた。 「おまえはもうオレの助手じゃないんだ。かまうな」 不安そうなユイの眼差しに少し胸が痛んだが、ロイドは黙って背を向け二階へ上がった。 自室に入り乱暴に扉を閉じると、机に向かいコンピュータを立ち上げる。 いくつもの設計図を、意味もなく開いたり閉じたり繰り返した。 苛々は収まるどころか、益々募る。そんな自分に一番苛ついた。 「くそっ!」 ロイドは両手の拳で机をひとつ叩き、メガネを外して机に突っ伏した。 ランシュが何を企んでいるのか全く読めない。 ユイと仲良くしているのを見て、ロイドが苛ついているのを楽しんでいる節は見受けられるが、復讐と言うにはあまりに稚拙だ。だが、それに翻弄されている自分は、もっとお粗末すぎる。 漠然とした不安が、胸中を支配する。 ランシュに気を許すなと、ユイに忠告したい。けれどそうすると、ランシュが復讐を企んでいる事や、なぜ復讐しようとしているのかを話さなければならない。 あれだけ仲良くしているランシュを、理由もなく警戒しろと言ったところで、ユイがおとなしくいう事を聞くとは思えない。守秘義務をこれほど恨めしく思った事はなかった。 ロイドは机に突っ伏したまま、片手で頭を抱えた。しばらくそうして、堂々巡りを繰り返していると、扉がノックされユイが声をかけた。 ロイドは身体を起こし、返事をしながらメガネをかける。 扉が開き、トレーに乗せた茶を持って、ユイが入ってきた。トレーを机の上に置いて、ユイは少し笑みを浮かべ申し訳なさそうに言う。 「ごめんね」 意外な言葉に、ロイドは少し目を見開いた。 「なぜ、謝る?」 「だって、あなた忙しいのにランシュが心配だから、無理して早く帰ってきたんでしょう? なのに私、はしゃいじゃって……」 心配していたのは、ランシュよりユイの方だ。自分の態度がユイに無用な気を遣わせてしまったようだ。ロイドはひとつ息をついて項垂れた。 「いや、おまえに非はない。少し苛ついてて、オレの方こそ大人げなかった」 ふとランシュが気になって、ロイドは顔を上げて問いかけた。 「あいつは?」 「もう休んだわ。ここの向かいの部屋を使ってもらう事にしたの。よかった?」 「あぁ。かまわない」 「じゃあ、私、明日も早いから、先に寝るわね。おやすみ。仕事、頑張ってね」 「おやすみ」 ユイは微笑んで、そのまま部屋を出て行った。 ユイが出て行った後すぐに、ロイドは茶を飲み干し、コンピュータを落として部屋を出た。 元々仕事をしていたわけではない。そのまま風呂に入り、寝室に向かった。 部屋に入ると灯りは消えていて、ユイはベッドに入っていた。 起こさないように、そっと隣に潜り込むと、ユイがこちらを向いた。目が開いている。 「悪い。起こしたか?」 「ううん。早かったのね。もう終わったの?」 「あぁ」 曖昧に答えて、ロイドはユイを抱き寄せた。視線がぶつかり、ユイは嬉しそうに目を細める。 「ユイ、愛してる」 静かに囁いて、ロイドは口づけた。少しして唇を離すと、ユイがクスリと笑った。 「なんか久しぶりに聞いた気がする。あなたの”愛してる”」 言われて初めて気が付いた。 結婚して、いつもユイがいる幸せに慣らされ、いつの間にか言わなくなっていた。言わなくてもロイドの気持ちに変わりはないし、ユイもそれは分かっている。 唇と身体を重ねる事で、言葉の代わりにしていたようだ。 けれどロイドは知っている。 愛してると言った時、ほんの一瞬見せる、ユイのはにかんだような嬉しそうな表情を。 それを見るのが好きで言っていた事すら、幸せに有頂天になって忘れていた。 ロイドはユイの胸に顔を埋め、強く抱きしめた。 「ユイ、愛してる」 もう一度言うと、ユイは両腕でロイドの頭を抱え、髪を優しく撫で始めた。 「うん。知ってる。私も愛してるから」 「愛してる」 益々しがみつくロイドをあやすように、ユイは髪を撫で続ける。 「大丈夫よ。あなたなら、きっと乗り越えられるから」 言葉にできない、ロイドの漠然とした不安を、ユイは察しているのだろう。 「愛してる」 壊れた機械のように何度も繰り返すロイドに、ユイは優しく相槌を打ちながら髪を撫で続けた。 |
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