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7. 珍しくユイが朝寝坊をしている。少し前に目を覚ましたロイドは、傍らに横たわるその穏やかな寝顔に目を細めた。 結婚してから、ロイドが目を覚ました時、隣にユイがいた事は数えるほどしかない。今頃の時間はいつも、階下で朝食の支度をしているのだ。 ロイドはユイの髪をそっと撫でた。 (ゆうべは、ちょっと無理をさせすぎたな) いつもならユイは、とっくに眠っているはずの時間だった。 元々ユイの言葉が引き金になったとはいえ、際限なしに求めてしまったのだ。気絶したわけではないが、気が付くとユイは力尽きたように、ロイドの腕の中で眠っていた。 そしてロイドも、そのままユイを抱いて眠りについた。 しばらく髪を撫でていると、ユイが目を開いてこちらを向いた。 「おはよう」 ロイドが挨拶をすると、ユイは返事を返した後、慌てて身体を起こした。 「今、何時?! あ……っ!」 そして、わめいた直後、慌ててまた布団に潜り込む。 ユイは真っ赤になった顔だけ出して、気恥ずかしそうにロイドを見つめた。 「どうして裸なの? もしかして私……」 「気絶したわけじゃない。いつの間にか眠ってたんだ」 ユイはキョトンと首を傾げる。 「それって違うの?」 「全然、違うだろう」 未だ不思議そうに見つめるユイに、ロイドはニヤリと笑って顔を近付けた。 「またの機会に、分からせてやる」 「……え……エロ学者」 ロイドはすかさず額を叩く。 「ゆうべのおまえの方が、よっぽどエロかった」 途端にユイは、真っ赤になってうろたえた。 「だって、それはあなたが……」 そして少しの間絶句した後、ロイドを軽く睨んでつぶやいた。 「……バカ」 ユイはふくれっ面のまま、ロイドを指差す。 「服を着るから、向こうを向いてて」 「今さら照れる事ないだろう。どうせオレも全裸だ」 そう言って布団をめくってみせると、ユイは慌てて布団を元に戻した。 「わざわざ見せなくていいわよ! あなたもさっさと何か着て!」 「ったく」 仕方なくユイに背中を向け、ロイドは寝転んだまま下着を着けた。しばらくそのままで、背後にあるユイの気配を探る。 少しして、衣擦れの音が止んだので、声をかけた。 「もういいか?」 「うん」 ロイドは振り返り身体を起こす。ユイはベッドの縁に腰掛けて、時計を眺めた。 「今から、ご飯作ってたら、あなた遅刻するわね。寝坊してごめん」 「気にするな。昨日のシュークリームがあるから、それでいい」 「うん。ありがとう」 ユイは少し微笑んだ後、真顔でじっとロイドを見つめる。 「どうした?」 問いかけると、意を決したように口を開いた。 「ねぇ、ロイド。局の事を部外者に話したらいけない事は分かってるわ。でも、ひとりで悩んでて辛いなら、私に話して。決して他の誰にも、聞いた事を話さないから」 やはりユイは、ロイドを気遣って思い詰めていたらしい。 ユイの気遣いは、素直に嬉しい。いっそ全てを話してしまえたら、お互い、どれだけ救われるだろう。けれど、甘えてしまうわけにはいかないのだ。 ロイドは静かに微笑んで、ユイの頬に手を添えた。 「おまえは、誰も見ていなくて、誰にもばれない確証があったら、他人のものを盗んだりするのか?」 「しないわよ、そんな事!」 ユイはムッとして、即座に言い返す。ロイドは一層目を細めて続けた。 「それと同じだ。おまえが誰にも話さないと言うなら、誰にもばれない事は分かっている。けれど、だからといって、オレが話すわけにはいかないんだ。おまえの気持ちだけ、ありがたく頂戴しておく」 「……うん」 ロイドが頭を撫でると、ユイは目を伏せて力なく頷いた。 不意にユイは顔を上げて、わざとらしいほどの明るい笑顔を見せた。 「無理な事言ってごめんね。ご飯はないけど、お茶を淹れるから。私、下で待ってるわね」 そう言うと、シュークリームの乗った皿を持って、寝室を出て行った。 ロイドもすぐに寝室を出て身支度を調え、荷物を持って自室を出た。その時、廊下でばったりランシュに出くわした。 平然と挨拶をして通り過ぎようとするランシュに、ロイドは壁に手をついて行く手を塞いだ。 ランシュは無表情のまま、ロイドを見上げる。 ロイドは睨みつけながら、努めて静かに非難した。 「ゆうべのあれは何のつもりだ。ユイに危害を加えないと、おまえは誓っただろう」 表情を変えることなく、ランシュはしれっとして答える。 「危害は加えてないでしょう? あれはあなたへの牽制です。あの時のあなたは冷静さを失っていた。ユイの目の前でオレとの険悪な関係を暴露したくはないでしょう?」 ぐうの音も出ない。 確かに、ランシュに抱きしめられているユイを見ただけで、心臓が脈打った。だが、そんなロイドを挑発するように笑って、冷静さを失わせたのはランシュだ。 まんまと乗せられた自分に非があるとはいえ、ユイに知られたくないなら、なぜそんな事をするのか、ランシュの真意が未だ掴めない。 黙って睨むロイドをからかうように、ランシュは首を傾げて顔を覗き込んだ。 「それとも、ユイが何か言いましたか? オレに危害を加えられたとか、オレに怖い目に遭わされたとか」 「いや……」 ユイはランシュを怪しんではいない。抱きしめられても不快に思っていないという事は、ランシュを男としてさえ、警戒していないという事だろう。 その辺はユイの鈍さが原因だと思われる。 答えるわけはないと思いながらも、ロイドはランシュに尋ねた。 「何を企んでいる?」 ランシュは笑いながら答えた。 「それをあなたに話すわけないでしょう。今のところは、まだ様子見ですよ」 そして、意味ありげな笑みを浮かべ、ロイドを見据える。 「でも、方向性は見えてきたかな?」 しばらく無言のまま、二人で睨み合っていると、階下からユイの呼ぶ声がした。 「ロイドーッ。そろそろ下りてこないと遅刻するわよーっ」 ロイドは壁についた手を離す。 ランシュはフッと笑って目を逸らすと、横をすり抜け階下へ姿を消した。 ロイドの弱点がユイである事を、ランシュには知られているだろう。 今はまだ、ユイに危害を加えてはいないが、その内ユイが安心しきった頃に、何らかの行動を起こす可能性は充分考えられる。 そうなる前に、なんとかユイを守る手立てを講じなければならない。 本当は一秒たりともユイの側を離れたくはないが、そんなわけにもいかない。 ロイドは重い足取りで、一階への階段を下りた。 (第1話 完) |
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