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3. ロイドが出かけた後、いつものように掃除と洗濯を済ませて一階へ下りると、ランシュがリビングのテーブルの上に、ロイドから受け取った箱の中身を広げていた。 結衣がリビングに入ってきた事も気付かずに、設計図と部品を見比べている。 ベル=グラーヴと暮らしていた時はすっかり忘れていたと言っていたが、ロイドの側に戻って来て、機械好きの血がまた騒ぎ始めたのだろう。 水を得た魚のように生き生きとした表情に、結衣は思わず目を細めた。 夢中になっているようなので声もかけず、結衣はそのままキッチンへ入った。ランシュが作りかけて置いていたメレンゲを完成させて、シフォンケーキを作り、オーブンに入れた。 リビングに出てくると、ランシュが初めて気付いてこちらを向いた。 「楽しそうね」 笑いながら声をかけると、ランシュはハッとしたように立ち上がった。 「あ、ごめん。オレ、作りかけだった」 「続きは私がやったから大丈夫よ」 ランシュは申し訳なさそうに項垂れて、上目遣いに見つめる。 「ホント、中途半端でごめん」 「いいのよ、気にしなくて。だってランシュ、そっちの方が楽しそうだもの」 「え……そんな事……」 「別にイヤミじゃないの。ランシュ、この間の夜不安そうにしてたから、そんな風に楽しそうにしてると私も安心するのよ」 「うん。ありがとう」 ランシュに笑顔が戻り、結衣はテーブルの上を覗き込んだ。 「何作ってるの?」 ランシュは困ったように頭をかく。 「それが、まだ分からないんだ。設計図にも全体図がないし」 「それで作れるの?」 「一応、連結する部分は分かるようになってるから。ユイを手助けするロボットだって」 「へぇ、何かしら? 楽しみね。じゃあ私、店の準備があるから」 結衣がその場を離れると、ランシュは再びソファに座って、謎のマシンに没頭し始めた。 その様子にチラリと目を向け、結衣は開店準備のために店へ向かった。 三日後ランシュは、ロイドに借りたノートパソコンで制御用のプログラムを作成していた。 何が出来るのかは分かったらしく、ロイドから追加でプログラムの仕様書をもらったらしい。 何を作っているのか結衣が再び尋ねたら、イタズラっぽい笑顔で「ヒミツ」と返された。 この三日間ランシュは、掃除と買い物と食事の支度は今まで通り手伝ってくれたが、それ以外の時間は一日中謎のマシンに夢中になっている。 科学技術局を辞めた理由は分からないが、もしも病気が原因で辞めたのなら、本当は辞めたくなかったのではないかと結衣は思った。 結衣の推理が正しければ、多分ランシュは違法な事に手を染めている。それを考えると、科学技術局への復職は限りなく無理っぽい気もする。 けれど、これだけ夢中になっている姿を見ると、国の機関は無理でも、民間の関連機関とか、何か社会復帰の道はないものか、ロイドに相談してみたかった。 ロイドは相変わらず毎晩帰りが遅く、顔を合わせるのは朝食の時になる。 ランシュの目の前で話すのも気が引けるので、結局話せないままだった。 夜の八時を過ぎた頃、少し渋い顔をする副局長に別れを告げて、ロイドは局長室を後にした。 科学技術局には研究室が並ぶ本館と、成果物が並ぶ別館とがある。 本館は局員でさえ厳しく出入りが制限されているが、別館は見学コースにもなっていて、一般人でも事前申請して許可が下りれば、成果物を使用する事も出来る。 臨床試験を終えた広域人物捜索装置は、この別館に並べられていた。 局長室は科学技術局本館の一番奥にある。両脇に研究室の並ぶ長い廊下を、ロイドは別館への渡り廊下に向かって早足で進んだ。 各研究室は、まだ誰かが残っているらしく、ほとんど灯りが点いている。その中にひとつだけ、昼夜を問わず灯りが消えたままの部屋があった。 以前、ランシュが住んでいた部屋だ。 消息が掴めていないので、二年前からそのままの状態で放置されている。 その部屋は元々研究室のひとつだったらしく、出入口には他の研究室と同様に厳しいセキュリティが施され、今では開かずの間と化していた。 灯りの消えたこの部屋が、否が応でも局員たちの記憶にランシュの存在を浮き彫りにする。 失踪から三年経てば、死亡したものとして役所に届ける事が出来るので、来年になればこの部屋も片付けられるのだろう。 だが、実際にランシュは生きている。 今でさえランシュは、身を隠すために誰かに縋らなければ生きていけない。死亡した事になってしまえば、クランベールでの生活は益々困難なものになるだろう。 ランシュが生きていた事、元気になった事は、ロイドにとって素直に、嬉しい事だ。 局にいた頃のランシュには慕われていたし、彼の才能をロイドは高く評価していた。 ランシュが遺伝子に刻まれた宿命の呪縛から解き放たれ、その才能を存分に発揮する様を見てみたいと思っていた。 今、それは可能になっている。ランシュがおとなしく局に戻るなら、時間はかかるかもしれないが、なんとか彼が職場復帰できる道を探りたいと思う。 けれど本人に、局へ戻る意思はないらしい。それどころか、復讐を企んでいる。 ロイド自身に直接向けられる復讐なら、二年前に宣言した通り、何でも受けてやる覚悟はある。だが、ランシュの矛先はユイに向けられている。 現にユイを手なずけようとしている節が見受けられる。 ロイドの弱点がユイであると知られてしまった以上、ロイドにダメージを与えるには、それが一番効果的だという事は明らかだ。自分がランシュだとしても、そうするだろう。 仕事の都合でユイを見守ってやれない代わりに、ランシュの気を逸らすために仕事を与えた。ユイの話では、この三日間、ランシュはほぼ一日中、それに夢中になっているという。 復讐はどうした? とツッコミを入れたくなった。 ユイにちょっかいを出されるよりは断然いいが、益々ランシュが何を考えているのか分からなくなった。 本館の長い廊下を抜けて、渡り廊下を進み、ロイドは別館へとやって来た。一段高い位置にある一般人の見学用通路の下をくぐり、成果物の展示スペースへ向かう。 警備員と管理係に声をかけ、顔を見れば知れている事だが、規則上身分証を提示して、広域人物捜索装置へ案内してもらった。 今夜、ユイの弟ソータを、迎えに行く事になっている。三日前ユイに告げられて、ロイドは即行で装置の使用申請を出し、自ら最優先で許可を出した。元々他に使用申請は出ていなかったので、特に問題はない。 ソータがいれば、ユイとランシュが二人きりになる事はない。ランシュもユイに手出しはしにくいだろう。 それにランシュは局にいた頃、外出許可が下りた後も、ほとんど外出することなく、局内に引きこもっていた。そのため彼の周りは大人ばかりで、同年代の友人はいない。 特殊な環境で規則に縛られて育ったせいか、ランシュは感情の起伏に乏しい少年だった。 彼の激しい感情を見せつけられたのは、二年前に死を目前にした病室で復讐を宣言された時が初めてだった。 再会したランシュは、驚くほど感情が豊かになっていた。 昔からたまに見せる笑顔がかわいいと女性局員たちの間では評判だったが、基本的に無表情だったランシュが、初日にロイドと交渉しているわずかな間にも、めまぐるしく表情を変えた。 局を出て一般人としてベル=グラーヴと暮らしていた二年間が、ランシュの感情を育てたのだろう。 ソータの存在はランシュの復讐を阻むと同時に、同年代の同性との交遊という、ランシュにとってもいい経験になるはずだ。 ソータの滞在期間、十日間の内に、普通の二十歳らしさを取り戻し、復讐など忘れてくれれば、それに超した事はない。 ロイドは広域人物捜索装置にソータの部屋の座標を入力し、ガラスの筒に入った。手にしたリモコンで遠隔操作を行い、時空移動を開始する。 装置が作動し、ロイドを見守っていた管理係の姿が、やがて光の幕に覆い隠された。 |
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