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6.



 閉店時間になり結衣が店を閉めてリビングに入ると、蒼太とランシュはゲームに熱中していた。
 ランシュの持つゲーム機の画面を、蒼太が横から覗き込んで、あれこれ指示を出している。
 どうやらACアダプタの改造は、成功したらしい。
 結衣はキッチンに入り、朝冷蔵庫に入れておいた卵白でマカロンを作った。
 オーブンをセットしてリビングに戻ると、二人は先ほどと変わらずゲームを続けていた。先ほどから、すでに三十分は経過している。
 いつから始めたのか知らないが、よく飽きないものだと感心する。
 結衣は側まで行って、覗き込んだ。
「何のゲームしてるの?」
 ゲームに集中しているランシュの代わりに、蒼太が顔を上げて答えた。
「サッカーゲーム」
「あんた、これを真夜中までやってたの?」
「いや、オレがやってたのはRPG。ランシュに日本語は読めないからさ、持ってきたソフトの中で出来そうなの、これしかなかったんだ」
「ふーん。でも気に入ったみたいね」
 ゲーム画面を夢中で見つめるランシュに、結衣は目を細める。
 マカロンが焼き上がるまでの間、結衣も蒼太と一緒に、ランシュを挟んでゲーム画面を眺めた。
 当然の事ながら、ランシュはサッカー自体を知らない。画面上でオフサイドフラッグが上がったり、イエローカードが出たりするたび、蒼太がルールの説明をしていた。
 しばらくそうしていると、オーブンが焼き上がりのアラームを鳴らした。
 結衣は席を立ち、
「キリがいいところで中断してね。お茶にしよう」
と言い残して、キッチンへ向かった。
 焼き上がったマカロンを、小さな扇風機の前で冷ましながら、お茶を淹れる。
 程よく冷えたものを皿に並べ、お茶と一緒にリビングに運ぶと、二人はゲームを終えて談笑していた。
 結衣がテーブルの上に置いた皿を見て、ランシュがおもしろそうに笑う。
「本当だ。マカロンに似てるね」
「でしょ? でも、マカロンが、似てるのよ。こっちが本物」
「そうだったね」
 三人でお茶を飲みながら、マカロンをつまむ。
 ランシュは「甘くておいしい」と言いながら笑った。
 蒼太は口の中に張り付くのが苦手だと文句を言いながらも、一つ食べ終わると次に手を伸ばす。苦手なんじゃないかと突っ込んだら、苦手だけど張り付く感じがクセになると、屁理屈を捏ねた。
 その日もロイドは帰りが遅く、三人だけで夕食を摂り、いつものように十時には、それぞれの部屋に引き上げた。



 翌日、結衣は開店と同時に、蒼太とランシュを外へ追い出した。放っておいたら、また一日中ゲームばかりしているような気がしたからだ。
 ランシュはIDカードを使えないが、実は蒼太が外国人用のIDカードを持っているのだ。
 以前、クランベールに来た時、ロイドの友人でもある国王が特別に手配してくれた。
 国民には出生届と同時に申請が行われ、生体情報と銀行口座の登録後、カードが発行される。
 IDカードがなければ、クランベールでは何も出来ない。そのため外国人旅行者は、クランベールに渡航の際、IDカードを作らなければならないのだ。
 通常は渡航前に、自国でその国独自の申請手続きを踏んで発行される。いわばパスポートのようなもので、有効期限がある。国民のカードには期限はない。
 他にも外国人用のカードは、口座の登録が出来ないので、自国でクランベールのレートに換算したお金を、あらかじめ入金して登録しておく必要がある。
 クランベールには貨幣がないので、蒼太のカードの入金は、結衣が銀行で自分の口座から振り替えで行っている。
 IDカードは身分証明書のようなもので、本来なら身分を証明できる書類がなければ、発行される事はないのだが、異世界人の結衣や蒼太には、そんなものはない。
 国王が身元保証人になっているからこそ、特別に発行されているのだ。
 カードがあれば、行動範囲は随分広くなる。それを見越して、二人分の入金を済ませておいた。
 二人は結衣に追い立てられるようにして、街に出て行った。



 蒼太がやってきて、あっという間に十日が過ぎた。この十日間で、ランシュと蒼太はかなり打ち解けた。
 二人でゲームをしたり、街へ出かけたり、結衣には意味の分からない機械の話で盛り上がったりしていた。
 結衣の定休日には、三人で飛空挺を見に行ったりもした。
 結衣はラフルールから出た事がないので、飛空挺に乗った事はない。ランシュも乗った事がないと言った。
 時間的には余裕があったので、乗る事は可能だったが、ランシュはカードが使えないので乗れない。飛空挺に乗るには、一人ずつカードの提示が必要なのだ。
 今度みんなで一緒に乗ろうと約束した。
 蒼太と一緒にいるランシュは、結衣と二人きりでいた時よりも生き生きしている。
 本人はそんな素振りを見せないが、結衣といる時は気を遣っていたのだろう。
 慰めてくれたり、色々手伝ってくれたりしていた事でも、それは窺える。
 ランシュの変化をロイドに話したいのに、彼は相変わらず、連日帰りが遅い。
 結衣の定休日には、夕食ばかりか、いつも作っているケーキも、食べられないからいらないと断った。
 ろくに話も出来ない日が続くと、以前から抱えていた不安が、心の中に広がっていく。
 ロイドがただ仕事で忙しいだけなら、こんなに不安にはならないだろう。ロイドは何か、ランシュに関係する問題を抱えている。そしてそれが解決したとは思えないからだ。
 日が経つにつれて、ロイドとランシュの関係が、やけに冷めている事に気が付いた。ランシュが蒼太と仲良くなるほど、それが浮き彫りになる。
 二人とも互いに、えらく素っ気ないのだ。
 二人とも蒼太に対しては、笑顔で穏やかに接するのに、互いに対しては無表情だ。
 別にいがみ合っているわけではないし、元々二人は友人関係ではない。とはいえ、蒼太よりも長く付き合ってきた割には、素っ気なさ過ぎる。
 二人の間に、結衣の知らない何かがあるとしか思えない。
 ロイドはランシュに対して、ヤキモチを焼いていると言っていたが、そんな単純な事ではないような気がする。第一そうだとすると、ランシュの態度に説明がつかない。
 訊いても、多分答えてはくれないだろう。
 ランシュに関する事は、局がらみの事ばかりだ。
 一緒に住んでいるのだから、できれば仲良くなってもらいたい。
 けれど仲違いの原因を、知る事が許されない自分には、どうしようもない。
 結衣は改めて、自分の無力さを痛感した。




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