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3.



 夕闇の迫るラフルールの街を、ロイドは重い足取りで家路を辿る。
 せっかく副局長が早く帰れと言ってくれたので、素直にいう事を聞いて、いつもよりかなり早い時間に科学技術局を出た。
 家に連絡すると、ユイは心底驚いていた。
 昨日、反故にしてしまったユイとの約束が果たせるのは嬉しいが、ランシュに告げなければならない事を考えると、気が重い。
 ランシュが家にやってきて、一月近く経過している。彼の復讐でユイに危害が及ぶのを警戒し、しばらく様子を見る事にしたが、そろそろ決断を下さなければならない。
 いつまでも局に、隠しておくわけにはいかないのだ。ランシュが二年前に死亡したという事実を。
 一番の問題は、ランシュにそっくりな違法ロボットの存在だ。
 人間そっくりでありながら、人間以上の能力を持ち、絶対命令を持たないロボットを野放しにするのは危険だ。
 局に引き渡せば、間違いなく機能停止処分になるだろう。
 あれはランシュではなく、そっくりなロボットだと、頭では理解している。けれど心の中では、ランシュが元気になって戻って来たという思いを、ロイドは捨てきれずにいた。
 それが決断を下す事に、気を重くさせる。
 この一月近くの間、ランシュは復讐らしい事を何もしていない。ロイドの神経を逆なでしたり、揺さぶりをかけたりはしたが、からかわれていただけのような気がする。
 そもそもロボットのランシュが、本当に復讐する気があるのかは、甚だ疑問だ。
 ロイドに復讐を宣言したのは、失踪する一ヶ月前のランシュだ。つまりロボットのランシュは、その記憶を受け継いでいない。
 免職にされた記憶はあるので、ロイドに恨みは抱いていただろう。だが二年の間に、忘れていたと言っていた。
 意識的に記憶データを削除しない限り、ロボットが記憶した事を忘れる事はない。実際に忘れたわけではないだろうが、忘れたと言えるほど、ロイドに対する恨みは優先度の低い記憶だったのではないだろうか。
 高性能の人工知能と思考エンジンを搭載しているランシュは、ロイドの言動や心理状態を即座に判断し、怪しまれない最良の対応をしている。
 ランシュの真意が復讐ではないとすると、一体何なのか。
 駆け引きなしで、一度腹を割って話してみようと、ロイドは思った。
 そしてランシュの作り上げた最高傑作の性能を、この目にしっかりと焼き付けておきたかった。



 玄関の扉を開けると、ユイが笑顔で出迎えてくれた。意外な事に、ランシュも平然と笑顔で挨拶をする。
 ユイがいるからかもしれない。
 久しぶりに三人で夕食を摂る。当たり前のように食事をするロボットが、なんだか不思議だ。
 人間そっくりに作られていると言っていたので、当然なのだが。
 食事をしながらユイと雑談をするランシュに、ロイドは唐突に声をかけた。
「ランシュ、食事の後、話がある」
「はい」
 ランシュは少し驚いたような表情で返事をした後、お伺いを立てるようにユイの方を向いた。
 ユイは笑って頷く。
「大丈夫よ。後片付けは私がするから」
「ごめんね」
 どうやら、いつもはランシュが、後片付けを手伝っているらしい。
 食事を終え、ランシュと共に部屋を移動しようとすると、ユイが茶を乗せたトレーを差し出した。
「私は邪魔しない方がいいんでしょう? だから先に渡しておくわ」
 ロイドはトレーを受け取り、礼を言う。
「あぁ、すまない。おまえの話を聞くのは、後でもいいか?」
 本当はユイの方が先約だった。申し訳なく思いながら問いかけると、ユイはなぜかニコニコしながら答える。
「うん。かまわないわ。私は後片付けの後、明日の準備があるし。気にしないでランシュとゆっくり話して」
「じゃあ、後でな」
 そう言ってロイドは、ランシュと共に二階へ上がった。
 自室に入って、作業机の前の椅子に座り、ランシュには予備の椅子を出して座らせた。
 椅子に座ったランシュは、黙ったまま探るように見つめている。ロイドの生体反応から、心理状態を探っているのだろう。
 ロイドは静かに口を開いた。
「腹を割って話さないか? オレは本音で話すから、おまえもそうして欲しい。どうせオレがウソをついても、おまえには分かるんだろう?」
「そうですね。今のあなたは落ち着いています。少し脈拍が早いようですが、異常な発汗は見受けられません。脳内ベータエンドルフィンの値が上昇しています。緊張しているというより、少し心が高揚していますか?」
 ランシュの性能の一端に触れ、ロイドの心は少しどころか益々高揚する。
「その通りだ。おまえの性能を確認できる事に、ワクワクしている」
 無表情だったランシュが、クスリと笑った。
「オレの思考能力のテストってわけですね」
「それだけじゃない。色々聞きたい事があるんだ」
「わかりました。あなたがウソをつかない限り、オレも本音で話します」
 ランシュにはロイドの心理状態は筒抜けでも、ロイドにはランシュのウソは見抜けない。
 だが今は、ランシュの言葉を信じる事にした。




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