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3. 朝食後、国王に挨拶を済ませると、結衣とロイドはパルメと落ち合い、三人でラフルールの街に出た。 休日とあって、ラフルールの商店街はたくさんの人で賑わっていた。 テラスから眺めていた時も、そう思ったが、近くで見てもやっぱりおとぎの国のようだ。 赤茶色のレンガ敷きの道の両脇に、背の低い建物が並び、まるで日本にあるおとぎの国をイメージしたテーマパークにいるような錯覚に陥る。 建物が低いので、科学が発達している割に、エレベータもエスカレータもないらしい。ロイドに尋ねたら、科学は人間が横着をするためのものじゃない、と怒られた。 ただ、荷物用の昇降機はあるし、病院にはベッドごと人を運べる昇降機もあるらしい。必要なところにはちゃんと備えられているようだ。 改めて眺めるラフルールの素朴な街並みに、そういう無粋なものは似合わないと心から思えた。 本屋の前でロイドと別れ、結衣とパルメは商店街を歩き始めた。 「必要なものを一式揃えるように言われてます。まずは何を買いますか?」 歩きながらパルメが、いつもの人懐こい笑顔で尋ねた。 自分はもう王子ではないので、敬語じゃなくてもいいと言ったのだが、彼女が言うには、ロイドは国王と王子の大切な友人で、その妻となる結衣も同様に大切な方だから、礼を欠くわけにはいかないらしい。 ロイドと特別なつながりを持つという事は、それほど大きな事なのだと理解した。 王宮を出る前に、結衣はロイドから、クランベール国民の証となるIDカードを貰った。このカードがプリペイド式の電子マネーにもなるらしく、これで買い物をするように言われた。 カードは国王が特別に許可して、発行してくれたらしい。 カードの表面にはID番号と名前が書いてあるそうだが、結衣には読めない。パルメに読んでもらったら、国王の配慮なのか、おちゃめなのか、名前が「ユイ=ヒューパック」になっていた。 結衣はとにかく服を着替えたかった。 ラクロット氏が用意してくれたドレスは、王宮内の貴賓室で静かにお茶を飲んだりするのには、充分すぎるほど素敵なのだが、街を見物して歩き回るのには、あまり適しているとは言えない。 「まずは服。こういう上品なのじゃなくて、そのまま地べたに座っても平気そうなヤツ。それと歩きやすい靴が欲しいの。すぐ着替えたいから」 結衣がそう言うと、パルメは笑顔で「わかりました」と答え、店に案内してくれた。 パルメが連れて行ってくれた店で、少しゆったりめの綿のパンツと綿のシャツ、スニーカーを購入し、早速着替えると、次に替えの下着を買いに行った。 とりあえず二日分くらいあればいいか、と物色していると、パルメが横から肩を叩いた。 「こういうの、どうです? 時々エロい事言ってるから、ヒューパック様、お好きかもしれませんよ」 イタズラっぽい笑みを浮かべて、パルメは結衣の目の前にショーツを広げて見せた。 赤と黒のコントラストが鮮やかな、レースのハイレグTバックのショーツは、確かにエロ学者好みかもしれないが、結衣が着けているのを見たら、ロイドもビックリするんじゃないだろうか。自分で見てもビックリしそうな気がする。 「いやぁ、それはちょっと……」 結衣が笑顔を引きつらせていると、パルメがクスクス笑って手招きした。 「他にも、すごいパンツありますよ。こっちこっち」 パルメと一緒に奇抜な下着を見て笑った後、ごく普通の下着を買って店を出た。 ロイド用の大きなケーキの焼き型や、二、三の生活用品を買い、一通り買い物を終えると、パルメは結衣の買ったものを持って王宮に引き上げた。 パルメに礼を言って別れた後、結衣は先ほどロイドを置いてきた本屋へ向かう。 大きな本屋なので、捜して歩くのは効率が悪い。入口まで来てもらおうと通信機を取り出した時、入口を入ってすぐの雑誌コーナーにロイドの姿を見つけた。 背の高いロイドは、人混みの中でも頭が飛び出しているので、見つけやすい。 近付くと、科学雑誌と思われるものを脇に挟んで、他の雑誌を立ち読みしていた。 ロイドが手にした雑誌を見て、結衣はゲンナリする。 真剣な顔をして何を見ているのかと思えば、このエロ学者は――! 雑誌の表紙には、セクシーな下着姿の女性の写真が印刷されている。どう見てもエロ雑誌だろう。 結衣は立ち止まると、少し離れたところから大声でロイドを呼んだ。 「そこのエロ学者! さっさと行くわよ!」 結衣の声に気付いたロイドは、ムッとした表情で慌てて雑誌を棚に戻すと、大股で歩み寄り額を叩いた。 「誰が、エロ学者だ!」 「だって、エロ雑誌見てたじゃない」 二人が睨み合っていると、周りでクスクスと笑い声が上がった。 「来い!」 ロイドは結衣の手首を掴んで、逃げるように店を出た。 通りに出て手首を離すと、ロイドは再び結衣の額を叩いた。 「大声でエロ学者とか言うな」 「そっちこそ、エロ雑誌なんか立ち読みしないでよ。恥ずかしいったら」 結衣が額を押さえながら顔を背けると、ロイドはムキになって反論した。 「あれはセクサロイドの専門誌だ。最新のセクサロイドの情報が載ってるんだ」 「セクサロイド?」 耳慣れない言葉に気を削がれ、結衣が不思議そうに尋ねると、ロイドは腕を組んで少し気まずそうに目を逸らした。 「性行為の相手を目的としたヒューマノイド・ロボットだ。そういう意味じゃエロ雑誌には違いないが、あの雑誌には技術情報が惜しげもなく公開されてるんだ。まぁ、そんなとこを見てる奴は、あまりいないだろうけどな」 「それで、あなたの名前は”ロイド”なの?」 エロいロボットの名前の一部かと、素朴な疑問を口にすると、ロイドはすかさず額を叩いた。 「違う。名前の由来は親に訊け」 「ブラーヌさん?」 「いや、本物の親だ。ブラーヌに名前を訊かれて、オレが名乗ったらしい」 「訊きようがないじゃないの」 名前の事は、ほんの冗談のつもりなので、そんな事よりさっきの雑誌の方が気になった。 「もしかして、あの表紙の写真もロボット?」 「あぁ。最新型だ」 結衣の目は、知らず知らず驚愕に見開かれる。どう見ても人間の女性にしか見えなかった。もっとよく見て確認したい。 「もう一度、見てくる」 本屋に引き返そうとする結衣の肩を、ロイドが片手で掴んで引き止めた。 「後にしろ。さっきの騒ぎを見てた連中がまだ中にいる。おまえがあんなもの見てると、また笑われるぞ」 「あ、そっか。じゃあ、帰りに買ってもいい?」 結衣が尋ねると、ロイドは怪訝な表情で見つめた。 「変わった奴だな。女が見る雑誌じゃないぞ」 「別にエロい写真が見たいわけじゃないわよ。悪かったわね、変わり者で」 ふてくされてプイッと顔を背けると、ロイドは結衣の頭に手を添えて抱き寄せた。 「悪くはないさ。そんなところがおもしろくて好きなんだ」 こんな何気ない一言で、すっかり機嫌を直してしまう自分を現金だと思いつつ、ふと周りが気になった。 (周りに人がいっぱい、いるんだけど……) 少し周りを見回したが、誰も気にしていないようだ。 さすが外国、とホッとした時、背後から「あーあ」とか「ちぇっ」と、がっかりしたような声が聞こえた。 不審に思い振り返ると、先ほどの本屋の出入口で、数人の若者がこちらに注目していた。どうやら結衣とロイドが、痴話げんかでも始めるのを期待していたようだ。 ロイドもそれに気付いたらしく、拳を振り上げて彼らに怒鳴った。 「見せ物じゃないぞ! 散れ!」 若者たちは慌てて、店の奥に引っ込んだ。 「ったく、ヒマな奴らだ」 吐き捨てるように言うと、ロイドは結衣の手を掴んだ。 「行くぞ」 「うん」 手を握って歩き始めたロイドに、結衣は素直に従う。 こんな風に男と手を繋いで歩くのは、小学校一年生の遠足の時以来、初めてのような気がする。 手を繋いで歩いているだけで、じわじわとデートの実感が湧いてきて、今さらのようにドキドキしてきた。 少し歩いたところで、腕時計にチラリと視線をくれて、ロイドが立ち止まった。 「おまえ、腹減ってるか?」 「ううん。それほどでも」 結衣が答えると、ロイドは軽くため息をついた。 「だよな。まだ昼には早い。思ったより早く済んだんだな。しかも着替えてるし。それじゃ今までの格好と大差ないじゃないか」 結衣の姿を見て不満を漏らすロイドに、ムッとして反論する。 「だって動きにくいんだもの。街を案内してくれるんでしょ?」 「そうだが、おまえ背が高いから、丈の長いドレスが似合ってたのに」 背が高い事を褒められたのは初めてで、ちょっと嬉しくなった。 「そ、そう?」 「あぁ。第一、そんな服は脱がせにくい」 うきうきしたのも束の間、褒められたのを喜んだのが、途端にバカバカしくなった。 「……脱がせる事を基準にしないで」 いっそのこと自分自身でも脱ぎにくい、ボディスーツの上にレザーのスリムなタイトスカートでも着てやればよかったと思った。 すっかり脱力した結衣をよそに、ロイドは平然と問いかける。 「どこか、行きたいところはあるか?」 「うーん」 そう言われても、クランベールの観光名所など、遺跡くらいしか知らない。ロイドの拾われた遺跡を見てみたい気はするが、街の外だし、テラスから見た限りでは結構距離があった。 昼食時までに街に帰ってこられそうにはない。となると、街の中で行けるところに限られる。 結衣は少し考えて、ふと思い付いた。 「あなたの家は、ここから遠いの?」 「オレの家? すぐ近くだが、そんなものが見たいのか?」 ロイドは訝しげに眉をひそめる。結衣は笑顔で大きく頷いた。 「うん。連れて行って」 王宮ではなく、普通の民家が見てみたかったのだ。 「いいけど、廃屋のようだぞ。ブラーヌがガラクタを持ち込んで所狭しと並べてるし。あいつ、オレがいないと自分じゃ片付けないから、散らかり放題だし」 「……え……」 散らかり放題なのは、あなたの部屋も一緒だから、とは言わずにおいた。やはり血が繋がっていないのに似たもの親子だ。 普通の民家とは少し違うかもしれないが、ロイドが子供時代を過ごした家には興味があった。 「じゃあ、行くか」 ロイドは再び結衣の手を握ると、裏通りに向かって歩き始めた。 |
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