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5. ロイドの家を後にして、二人は再びラフルールの繁華街に戻った。 ロイドは今後、結衣がクランベールにやって来た時のために、病院や警察等、公共施設の場所を案内してくれる。文字の読めない結衣は、確かにそれらを見た目で判断するのは困難だ。 もう二度と来る事はないと思い敬遠してきたが、真剣に文字を覚えなければならない時が来たようだ。 大きくため息をつくと、ロイドが立ち止まり問いかけた。 「疲れたか?」 結衣は首を振って、笑顔を作った。 「ううん。次はどこ行くの?」 「もう必要なところは回った。後はおまえの行きたいところに連れて行ってやる。ちょうどいい時間だ。甘い物でも食べていこう」 結衣の頭をひと撫でして、ロイドは近くの喫茶店に入った。 ちょうど、おやつ時とあって、店内はほとんど満席状態だった。店員に案内されて席につくと、メニューの読めない結衣は、注文をロイドに任せて周りを見回した。 どう見ても、普通の喫茶店のようだ。 周りの客たちが食べている物も、ワンピースのケーキか、小さな器に入ったゼリーのような物で、ロイドが満足するほどの甘い物があるとは思えない。 という事は、甘い物は結衣のためで、自分はいつものように砂糖十五杯の激甘茶だけなのだろう。結衣がそういう結論に落ち着いたところで、注文を終えたロイドが話しかけてきた。 「どこか行きたいところはあるか?」 「うーん」 またしても同じ質問に、結衣は考え込む。 行ってみたいところといえば、ロイドが拾われた遺跡に、海の見える港の辺り、それから飛空挺を間近で見られる飛行場。どれも街外れで、結構遠い。 あと行ってないところと言えば――。 「ねぇ。科学技術局は?」 考えてみれば、どうして連れて行ってくれないのだろう。ロイドは局長なんだから、他の施設より、よほど気楽で、勝手知ったる場所のはずだ。 ロイドは途端に不愉快そうな顔になった。 「あんなところ、見てもおもしろくないぞ。今日は休日だから、一般人は中に入れないし」 「え? 誰もいないの?」 「誰もいなくなる事は、まずない」 科学技術局は、クランベール王国の国家機関だ。あらゆる分野の最先端科学を駆使して行われる、技術開発や研究では、当然ながら国家の重要機密も多く扱われている。 そのため、セキュリティもかなり厳しい。 一般人が立ち入る事が出来るのは、事前の申し込み承認の後、決められた見学コースと、建物の外にある守衛所横の面会応接エリアのみとなっている。 たとえ局長のロイドの知人でも、突然行っては中に入れてもらえないのだ。 「中に入れなくてもいいわ。外から見るだけでいいから」 「だから、ただの建物だ。見たっておもしろくない」 なぜかロイドは行く事自体、嫌がっているようだ。 「どうして嫌がるのよ。自分の職場でしょ?」 「おまえは休みの日に、職場に行きたいと思うのか?」 「思わないけど。仕事しにいくわけじゃないんだから、いいじゃない」 「副局長と鉢合わせでもしてみろ。仕事のつもりじゃなくても、仕事を押しつけられて、帰れなくなったらどうする」 嫌がっている理由が判明し、結衣は目を伏せて軽くため息をついた。 「帰れなくなるほど仕事をため込むからでしょ? マシンで転送してもらったら、すぐ行けるんだから、マメに片付けなさいよ」 「なるほど。その手があったな。今度からそうしよう。で、他に行きたいところはあるか?」 どうやら意地でも、科学技術局に行くつもりはないようだ。 そこまで反対されると、かえって行きたくなってしまう。多分行ったところで、中に入れない以上、ロイドの言うように、おもしろい所はどこもないのだろうが。 結衣はロイドを見据えて繰り返した。 「科学技術局」 ロイドは結衣を睨んで腕を組んだ。 「おまえ、そんなにオレに抱かれるのがイヤなのか」 「どうして、そっちに話を持って行くのよ。っていうか、こんな所でそんな話しないで」 結衣は焦って周りを見回したが、幸いこちらの話を気にしている人はいないようだった。 ホッとしてロイドに視線を戻すと、彼はそんな事などお構いなしに話を続ける。 「だってそうだろう。オレが副局長に捕まって帰れなくなったら、今夜もお預けになる。三ヶ月もお預け食らった上に、これ以上待たされるのは、ごめんだぞ」 「わかったわ。すぐ側まで行かなくていいから、少し離れたところから場所と建物を確認するだけでいい」 結衣の譲歩にも、頑固なロイドは返事をしようとしない。 結衣は軽く苛ついて、ポケットから切り札を出した。IDカードをロイドの目の前に突きつけて、強く言う。 「クランベールの住民情報では、私はあなたの妻なんでしょ? 妻として、夫の職場を知っておきたいの」 ロイドは忌々しそうにIDカードを見つめた後、小さく舌打ちした。 「……パルメに読んでもらったのか。仕方ない。連れて行ってやる。その代わり今夜こそ、名実共に妻になってもらうからな」 ロイドが吐き捨てるようにそう言った時、注文した物がやって来た。やって来た物を見て結衣は驚いた。 自分の前に置かれたのは、ワンピースのチーズケーキとお茶だったが、ロイドの前には、洗面器くらいある器に、色とりどりのアイスクリームと様々なフルーツが、うずたかく積み上げられ、チョコレートがたっぷりかかった、クランベール流の巨大チョコレートパフェだった。 さすがに店中の人が、珍しそうに注目している。 「何? それ」 結衣が呆気にとられて尋ねると、ロイドはスプーンを手に取り、嬉しそうに答えた。 「一度挑戦してみたかったんだ。十分以内に食べきると、おまえの分も合わせてタダになる。おまえは、ゆっくり食べていいぞ」 「……うん」 言われなくても、そうする。まさかクランベールにも、こういう大食い早食いイベントがあるとは思わなかった。量的には、ロイドにとって楽勝だろうが、早食いの方は大丈夫なんだろうか。 店員が時間をセットしたタイマーを、パフェの横に置いた。ボタンに指を乗せて、ロイドに尋ねる。 「準備はいいですか?」 「あぁ」 「用意、スタート!」 合図と共にタイマーのボタンが押され、同時にロイドも食べ始めた。 結衣はケーキを一口食べて、フォークをくわえたまま、その様子に見入る。いつもよりは若干ペースが速いが、それほど慌てて食べているようには見えない。間に合うんだろうかと、ちょっと心配になる。 ロイドが半分くらい食べ終わった時、店員が時間を告げた。 「三分経過」 途端に周りで、歓声が沸き起こった。 結衣が驚いて周りを見回すと、店中の人たちが半立ちになって、こちらに注目している。 ロイドって、そんなに早食いだっただろうかと思い返してみる。 よく考えれば、いつも結衣がワンピースのケーキを食べる間に、彼はワンホールを平らげていた。充分早食いだと納得した。 そんな事を考えている間に、ロイドが最後の一口を食べ終わり手を挙げた。 店員が素早く器の中を確認し、タイマーを切る。それを持ち上げて、経過時間を告げた。 「八分三十二秒です」 店中から一斉に、歓声と拍手がロイドに降り注ぐ。時間を計っていた店員まで、笑顔で拍手をしている。 この異様な光景に、ロイドは動じることなく、店員に問いかけた。 「もう一回、十分以内に食べきったら、それもタダになるのか?」 店員は笑顔を崩すことなく、やんわりと断った。 「一度時間内に完食なさった方は、次回から有料となっております」 当たり前だ。これだけ材料費のかかる物を、何度もタダで食べられては、店が傾いてしまう。 結衣が呆れてため息をついていると、後ろの席の男が肩を叩き、興奮した様子で話しかけてきた。 「ダンナ、すごいじゃないか。妻なら喜んで抱かれてやれよ。三ヶ月もお預けじゃ、かわいそうだ」 「……え……」 誰も聞いていないと思ったら、ちゃっかり聞いている人がいたようだ。 確かに、すごいとは思う。だが大食いで早食いだからといって、どうして喜んで抱かれなければならないのか、意味が分からない。 結衣は苦笑を湛えて曖昧な会釈をすると、ロイドに向き直った。ロイドは店員の差し出した紙に、サインをしている。多分、記録を店内に貼り出すのだろう。 店員が器を持って下がると、店内は少し落ち着きを取り戻した。 平然とお茶をすするロイドに、結衣は自分のケーキを差し出した。 「ロイド、足りないなら私のを食べて」 「いらないのか? ほとんど食べてないじゃないか」 「うん……。あなたが食べてるのを見てたら、お腹いっぱいになっちゃった」 「そうか。じゃあ、もらおう」 そう言ってロイドは皿を引き寄せると、わずか三口でケーキをペロリと平らげた。 胃袋が四次元にでも、繋がっているとしか思えない。 お茶を飲み終わり、店員に声をかけると、二人は店を後にした。 |
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