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2.



 研究室に戻るとローザンが話しかけてきた。
「ロイドさん。科学技術局から電話がありましたよ」
「副局長か?」
「はい」
 やり場のない苛立ちが湧いてきて、ロイドはついつい声を荒げる。
「行けないって何度も言ってるのに、しつこいぞ、フェティの奴! だいたい急ぎの仕事は昨日片付けたばかりじゃないか」
 ローザンは自分が叱責されたかのように、おどおどと言い訳をする。
「えぇ。だから、陛下の勅命による最優先の仕事で忙しいから、当分は手が取れませんよって言ったんですよ。そうしたら、それは分かっているが”当分”では、外部からの問い合わせの返答に困るので、具体的にいつ頃メドが付くのかだけでも教えて欲しいって……」
「それでおまえ、何と答えたんだ?」
 ロイドが不機嫌そうに問い質すと、ローザンは様子を窺うように、上目遣いで答えた。
「十五日後にはって……。余計な事でしたか?」
 ロイドは目を伏せ、フッと息をついた。
「いや、いい。オレの代わりに何度も災難だったな」
「いえ……」
 ローザンはホッとしたように、少し笑顔を見せた。
 それぞれ、いつもの席に着く。今までとは逆に、ローザンがサブコンピュータの前で、ロイドかメインコンピュータの前だ。
 時々、言葉を交わしながら、しばらくの間作業を行っていると、研究室の扉が開く音がした。
 ローザンと同時に振り返ると、ユイが立っていた。
 ローザンが心配そうに声をかける。
「ユイさん、寝てなくて大丈夫なんですか?」
「うん。もう平気。大したことないから」
 ユイは苦笑して答え、休憩コーナーに向かって歩いていった。
 先ほどの事で落ち込んで、てっきり部屋で泣いているものと思っていたが、ユイは案外平然としている。
 どれだけ立ち直りが早いんだろうと、ロイドは驚いた。
 休憩コーナーの側で立ち止まり、ユイはこちらを向いて話しかけてきた。
「ロイド、紙とペン貸して」
 ロイドはプリンタから用紙を数枚抜き取り、机の上のペンを持ってユイの側まで行く。ユイが何を考えているのか分からず、無表情のまま尋ねた。
「文字の勉強でもするのか?」
 手渡した紙とペンを受け取り、礼を言うと、ユイは椅子に座り、ロイドを見上げて言った。
「色々考えてみようと思って。王宮内の怪現象や、王子様の失踪の事や、遺跡の事とか」
 何度も危険な目に遭っていながら、まだ懲りてないのかと思うと、ロイドは自然に顔をしかめる。
「余計な事はするなと言っただろう」
「何もしないわ。考えるだけ。気になる事や知りたい事は、自分で動かず、あなたに訊くから。それならいいでしょ?」
 ユイが勝手に動かないというのは、今ひとつ信用できないが、ロイドは渋々承諾する。
「まぁ、それならいいが……。本当に考えるだけにしとけよ」
「うん」
 ユイは満足そうに笑って頷くと、笑顔のままサラリと告げた。
「それと、さっき言った事撤回。大嫌いじゃなくて、大好きだから」
「な、何を言い出すんだ、おまえは!」
 予想もしていなかったユイの言葉に、ロイドは思い切り動揺する。
 すると、遠くから様子を窺っていたローザンが、突然大声を上げた。
「あーっ。そういう事だったんですか」
「何が、そういう事だ」
 ロイドが振り返って尋ねると、ローザンはわざとらしく大きなため息をついて立ち上がり、出入り口に向かって歩き始めた。
「ユイさんのところから帰って、なんかロイドさんの機嫌が悪いと思ったら、やっぱりケンカしてたんですね。仲良すぎるのも目の毒ですけど、仲悪いのはもっと迷惑ですから、勘弁してくださいよ」
「こら待て。仲良すぎるって事はないだろう。どこへ行く」
 扉の前で立ち止まったローザンは、微笑んで答えた。
「ちょっと医務室に行ってきます。ユイさんに鎮痛剤を処方しますので、三十分くらいで戻りますよ」
 そう言ってローザンは研究室を出て行った。ロイドはローザンを見送ると、気まずそうにユイを見下ろす。
「おまえが妙な事を言うから、あいつに変な気を使わせたじゃないか」
「妙な事じゃないわよ。本当の事だもの」
 ロイドはひとつ嘆息すると、ユイの前の椅子を引き、横向きに座った。目を合わさないように、そっぽを向いたまま腕を組み、吐き捨てるように言う。
「ったく。とことんオレの言う事を聞かない奴だな」
「言ったじゃない、できないって。嫌いにはなれないわ。でもニッポンに帰らないとは言わないから安心して」
 意外な言葉に、ロイドは少し目を見開いて、ユイに視線を向けた。ユイはイタズラっぽい笑みを浮かべ、ロイドを上目遣いに見つめて言う。
「私がニッポンに帰らないって、駄々捏ねたら困るから、あんな事言ったんでしょ?」
「そんな風に考えていたのか」
 確かにユイがニッポンに帰らないと、言いだしたら困る。それはロイドにとっては、渡りに船だからだ。自分がユイを連れ去る口実を、与えてもらっては困るのだ。
 自分の意見が否定されたと思ったのか、ユイが恐る恐る尋ねてきた。
「……違うの?」
 ロイドは目を逸らすと、俯いてひとつ息をついた。
「いや、それもある」
「他にもあるの?」
 不思議そうに問いかけるユイに、ロイドは一瞥をくれる。
 ユイがニッポンに帰ると決めたなら、大丈夫だろう。
 ロイドは再び目を逸らして、とつとつと話し始めた。




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