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5.



 いつにも増して予想外で突拍子もない推理に、ロイドは呆気にとられた。
 ユイは得意げに、自分の仮説を一気にまくし立てる。
 ケータイやロイドは遺跡のすぐ側に現れたのに、遺跡から遠く離れた王宮でユイが現れたり料理が消えたりするのは不自然だと言う。
 だが王宮に遺跡があるなら、説明がつく。
 現存する遺跡には、稼働スイッチがない。もしも自然エネルギーによる稼働スイッチがあるなら、過去に一度も周期に狂いが生じていないのはおかしい。
 そもそもユイが現れた日に、全世界規模の天変地異や気候変動がなかったにも拘わらず、一斉に全遺跡の活動期の周期に狂いが生じた事が、それを裏付けている。
 ユイはどこかに全遺跡を制御する装置があるはずだと主張した。現存する遺跡にないなら、王宮にある遺跡にその機能がある可能性が高いと言う。
「オレはここに住んで、かなりになるが、そんなものは見た事も聞いた事もないぞ」
 ロイドが半信半疑で言うと、ユイは平然と答える。
「地下にあると思うの」
「地下には霊廟があるだけだ」
「だから、もっと地下。東屋の下に古い穴が空いてるって言ってたじゃない」
「あぁ、なるほど!」
 ユイが転落しかけた東屋の穴は、かなり古いものだ。ロイドが話した事を、ユイは覚えていたらしい。
「私、あの石段は王子様が壊したんじゃないかと思うの」
 東屋によく行っていた殿下は、たまたま石段を踏み抜き、地下の遺跡を見つけたのではないかと、ユイは言う。
 そして、穴が見つからないように元通りに戻しておいたのだ。今回、遺跡の活動期が早まったのは、殿下が遺跡の操作パネルを触ってしまったためだろう。そして本人はそのまま異世界に飛ばされたのかもしれない。
 話を聞いて、ロイドは大きく頷いた。
「殿下は好奇心旺盛だからな。充分あり得る話だ」
「あの穴、もう塞いじゃったの?」
 ユイを巡って物騒な事件が続いたので、城の出入りが厳しく規制されている。信頼の置ける業者の手が取れないので、穴は放置されたままだ。
 早速明日調べてみようと言うと、ユイは恐る恐る尋ねた。
「私も行っていい?」
 ユイも殿下同様、好奇心旺盛だ。来るなと言っても、おとなしくしているはずがない。こっそり後をつけられる方が、よほど危険だ。
 ロイドは少し笑って、ユイの頭を撫でた。
「あぁ。おまえの仮説だ。自分で立証して見せろ。それに、遺跡が見たいと言ってたじゃないか」
 ユイは嬉しそうに笑って頷いた。
「うん。楽しみ」
 ユイの笑顔にロイドも頬を緩める。
 少しの間見つめていると、先ほど一気に飲んだ酒が回ってきたのか、ユイの目がトロンとしてきた。ほんのり頬も染まっている。
 無防備で無自覚なくせに、その表情は充分すぎるほど、ロイドを煽っていた。
 何を思ったのか、突然ユイはゆっくりと腕を伸ばして、ロイドの頬に手を触れた。
「痛かった?」
 今朝の平手打ちの事を言っているようだ。ロイドはユイの手に自分の手を重ねて微笑んだ。
「あぁ。おまえに嫌われるのが、あんなに痛いとは思わなかった」
「ごめんね」
「いい。自業自得だ」
 囁くようにそう言うと、ロイドはメガネを外した。ユイは静かに目を閉じる。
 ロイドはユイを抱き寄せ口づけた。
 唇の感触を確かめるように、優しく軽く小刻みにキスを繰り返す。自然に身体が傾き始めると、ユイはロイドの背中に腕を回して、しがみついてきた。
 ロイドはそのまま口づけながら、ソファに倒れ込む。時々漏れる小さな甘い声と吐息が、次第にロイドの理性を溶かしていった。
 ユイの頬を両手で包み夢中で口づけているうちに、とうとう外れかけていた歯止めが、音を立てて弾け飛んだ気がした。
 頬を包んでいた手が首筋を滑り、鎖骨を撫でて、ユイの着ているベストに阻まれた。ベストのボタンを外しながら、少し身体を浮かせた時、背中に回されたユイの腕が滑り落ちた。
 ユイは身動きひとつせず、腕はソファの横にだらりと垂れ下がったままだ。
 覚悟を決めて身を任せているにしては、あまりに無抵抗すぎる。
 不審に思って目を開き、ロイドは至近距離でユイの顔を覗き込んだ。
 明らかに眠っている。
 これからという時に、眠ってしまう女は初めてだ。こんな予想外はいらない。
 愕然とすると同時に、言いようのない憤りが湧いてきて、
「オレのキスは寝てしまうほど退屈だとでも言うのか!」
と言いながら、ユイの額を叩いた。
 途端にユイはパッチリと目を開いた。ロイドは身体を離し、ユイの両脇に手をついて、上から睨みつけた。
 ユイはまだ、ぼんやりとロイドを見つめている。
「起きろ」
 そう言って、もう一度額を叩くと、ロイドは身体を起こし、ソファの背にもたれ腕を組んだ。
「私、寝ちゃったの?」
 間の抜けた声で言いながら、ユイはのろのろと起き上がった。
「ったく。急に力が抜けたと思ったら……。寝るか? 普通、このシチュエーションで」
 ロイドがぼやくと、ユイはとぼけた言い訳をする。
「私、お酒飲んだら眠くなるのよ」
「だから一気に飲むなと言ったんだ。もう、おまえには酒は飲ませない」
「ごめん……」
 謝って俯いた後ユイは胸元に目を留め、ベストのボタンが外れている事に気付いた。目を細くして、探るようにロイドを見つめる。
「何しようとしてたの?」
「訊くな」
「触ったの?」
 柔らかいところは頬と首筋しか触っていない。他はまるで骨格標本のように、骨の形がわかった。
 触ったと言えるような色気のあるものではないが、状況からしてロイドが不利だ。
 ベストのボタンを、元通りにしておかなかった事を少し後悔しながら正直に白状した。
 肋の数を数えているような気がしたと冗談めかして言うと、ユイは叫ぶように非難する。
「断りもなく触ったのね?!」
 普通あの状況で「触ります」と断りはしないだろう。それよりも案外早い段階から、眠っていた事に驚いて、ロイドは反論する。
「って、気付いてなかったのか? その方が問題だろう。ったく、緊張感のない奴だな」
「もう! 油断も隙もあったもんじゃないんだから、このエロ学者!」
 ブツクサ言いながらベストのボタンを留めるユイを横目に、組んだ足のひざで頬杖をつきながらロイドは言い返す。
「油断も隙もありすぎる奴が何を言う」
「だいたい、王子様が見つかったらって約束でしょ? あなたが自分で言ったんじゃない」
 余計な事は、よく覚えている奴だ。ロイドは思わず舌打ちする。
「ちっ! そういえば、そんな事言ったっけな。仕方ない。おあずけにしといてやる」
 だが、無意識とはいえ、散々煽っておきながら、手を出したロイドが悪いように言われるのはシャクに障る。
 少しムッとして、ロイドはユイの身体を強引に引き寄せた。
「そのかわり、毎日思う存分キスしてやるからな」
「思う存分って、どのくらい?」
「オレの気が済むまでだ」
「……え……」
 ユイは困惑した表情で絶句した。
 ロイドはユイから手を離すと、背中を軽く叩いた。
「目が覚めたなら、さっさと部屋に戻って寝ろ。でなきゃ、約束無視して真剣に襲うぞ」
「うん。帰る」
 ユイは立ち上がり、明日の遺跡探検の時間を聞いて、部屋を出て行った。
 テーブルの上にユイが残したグラスを手に取り、中身を一気に飲み干す。
 果実酒の甘さが、ユイの唇を思い出させ、ロイドはクスリと笑った。
 殿下が見つかるまでユイに手を出さないという歯止めは、ユイとの約束で以前よりも強固なものになってしまった。けれどあの甘い唇を、毎日思う存分味わう事が交換条件なら悪くはない。
 残り十五日間、ユイと共に過ごす時が、より一層幸せなものに感じられた。




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