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6.



 蔓植物でできた緑のトンネルをくぐり、ロイドはユイと共に庭園の外れにある東屋に来ていた。
 十四時の異世界探索はまたしても失敗に終わり、検証は後回しにしてユイの仮説を確かめる事にしたのだ。
 ユイが転落しかけた穴はあの時のまま放置され、東屋の周りをぐるりとロープが取り囲んでいる。
 側に立てられた立て札には「危険。立入禁止」と書かれていた。
 少しの間立ち止まっていると、横でユイがクスリと笑った。
 別に笑うようなものは、何もない。
「何だ?」
 ロイドが訝しげに尋ねると、ユイは笑いながら答えた。
「前にここから帰る時、あなたがふてくされてたのを思い出したの」
 本当に余計な事ばかりよく覚えている奴だ。
「余計な事を思い出すな」
 そう言ってユイの額を叩き、ロイドは顔を背けた。するとユイは益々おもしろそうにクスクス笑う。
 どうせまた、余計な事を思い出しているに違いない。そう思うと照れくさくなって、ロイドは声を荒げた。
「笑うな!」
 再び額を叩くと、ユイは気にも留めず、おもしろそうにロイドを見上げる。
「だって、おかしいんだもん。ローザンも言ってたけど、あなたって、いつもは自信満々で冷静なのに、時々子供っぽいのよね」
「あいつ、余計な事を……」
 小さく舌打ちして、ロイドは顔をしかめる。そして、ユイの腕を掴んで引き寄せた。
 これ以上余計な事ばかり言って、からかわれては不愉快だ。
 腕の中にユイを捕まえて、メガネを外しながらロイドは意地悪な笑みを浮かべた。
「おまえもだ。余計な事ばかり言ってる口は塞いでやる。今日のノルマはまだ果たしてないしな」
 顔を近付けると、ユイは慌ててロイドのあごを手で押さえ、顔を背けた。
「ダメ! そんなノルマは後回しよ。地下の探検の方が先決でしょ?」
 ロイドは動きを止め、ユイを放すとメガネをかけ直した。
 どうせなら、約束通り思う存分味わいたい。
「それもそうだな。地下の方が邪魔が入らなくていい」
 そう言うと、ユイはガックリ肩を落とした。
「だから、そうじゃなくて……」
「ほら、行くぞ」
 ロイドはユイの背中を軽く叩き、先に立って歩き始めた。
 東屋の裏手に回り、ロープを跨いで石段を上がると、表側に空いた穴の側までやって来た。
 ユイが踏み抜いた穴は、ユイより一回り大きなサイズで、それほど大きいものではない。ロイドが入ろうとすると、途中で引っかかってしまいそうなので、踵で蹴り崩して穴を広げた。
 早速中に下りて、ユイに手を貸し、穴の中に下ろした。
 穴の中には、王宮の方に向かって横穴が穿たれている。
 ロイドは白衣のポケットからペンライトを取り出し、横穴の奥を照らした。少し先で横穴は、垂直な壁に突き当たっている。ライトを少し動かすと、突き当たりの壁の下に穴が続いている事を発見した。
「先がありそうだな。行ってみるか」
「うん」
「足元気をつけろよ」
 ロイドはユイの手を握り、先に向かってゆっくり進み始めた。
 少し天井の低い横穴を、背の高い二人は身を屈めてゆっくり進む。やがて突き当たりにたどり着き、ロイドはライトで下を照らした。
 壁の下には、更に地下へと続く狭い石段が、暗闇の中に消えていた。
「明らかに人工物だ。おまえの仮説が、いよいよ信憑性を帯びてきたな」
 そう言って振り返ると、ユイは楽しそうに目を輝かせていた。
 まさかとは思っていたが、この先にはユイの言う通り、未知の遺跡が眠っているのかもしれない。そう思うと、ロイド自身もなんだかわくわくしてきた。
 古い石段はいつ崩落するとも限らない。ロイドは一段ごとに足元を確認しながら慎重に下りて行った。
 狭い通路は何度か折れ曲がりながら、確実に地下へと向かっている。やがて通路の終わりが見え、ロイドはユイの仮説が正しい事を確信した。
 ぼんやりと青白い光に照らされた、終着地点の床を見て、ユイが後ろから尋ねた。
「灯りが点いてる。誰かいるの?」
 ロイドはそのまま石段を下りながら答える。
「いや、おそらく遺跡だ。遺跡の装置は常に青白く光っている」
「本当? じゃあ、この下に……!」
 興奮した声を上げるユイに、ロイドは立ち止まって振り返り、頭をひと撫でした。
「自分の目で確かめろ。行くぞ」
 再び慎重に歩を進め、ほどなく石段の終点に到着した。
 通路から一歩踏み出すと、そこには青白い光に包まれた巨大な空間が広がっていた。他の遺跡とは桁違いに広い空間には、古代文字の刻まれた太い円柱が林立している。
 聞き覚えのある低くうなるような駆動音のする方に目を向けると、通路の左手に例の装置が鎮座していた。
 大きな円盤状の台座の上に太い円柱の立つ謎の装置は、形状こそ他の遺跡のものと同じだが、大きさは一回り大きい。
 そして装置を取り囲むように丸く抉られた壁には、一面にビッシリと古代文字が刻まれていた。他の遺跡には、内部に古代文字は一切刻まれていない。
 あらゆる事が、この遺跡が別格である事を物語っているようだ。
 文字の刻まれた壁の中心辺りに、それを決定づけるものを見つけて、ロイドは足早に歩み寄った。
 操作パネルと思しきそれは、ボタンやレバー、計器類が並び、その機能名と思われる文字が刻まれている。指差しながら辿ってみるものの、残念ながらロイドには古代文字はほとんど読めず、意味までは把握できない。
 すぐそばでユイの声がしたが、ロイドは気のない返事をする。
 操作パネルの機能が分かれば、今後の異世界検索に利用できるかもしれない。
 ロイドは興奮して、側に来たユイを抱きしめた。
「すごいぞ、ユイ! おまえの言った通りだ。この遺跡は、おそらくメイン制御装置だ」
 ユイは驚いて小さく悲鳴を上げた後、問いかけた。
「他の遺跡とは違うの?」
「あぁ。第一、天井が抜けてない」
 ロイドはユイから離れて、円柱の上の天井を指差した。
 他の遺跡は、装置の真上の天井に穴が開いていて、そこから時々天に向かって光を放っている。他にも、今見てきた相違点を述べると、ユイは周りの壁を見回した。
「これ、やっぱり文字なの?」
「古代文字だ」
 ロイドにはほとんど分からないので、考古学者のブラーヌに解読してもらう事にした。
 地下では通信不能なので、一旦地上に出てローザンに連絡を取ろうと言うと、ユイは先に奥を調べなくていいのかと問いかけた。
 一刻も早く足止めしておかなければ、ブラーヌはいつも、ロイドに何も言わず、フラリと出かけてしまう。
 別にブラーヌでなくても、それなりの考古学者なら古代文字の解読は出来るが、新発見の遺跡を真っ先にブラーヌに知らせてやりたいと言うと、ユイは笑って納得した。
 装置の側を離れ、元来た通路にロイドが足を踏み入れた時、後ろからユイが、白衣の背中を引っ張った。
「ロイド、何かいる!」
「何? どこだ?」
 ロイドは通路から出て、ユイの横に並んだ。ユイの指差す奥の薄闇を共に見つめる。
「そこから三つめの柱の影を何かが横切ったの」
「人か?」
「わかんない」
 二人で黙ったまま、しばらくの間奥の暗がりを凝視していると、件の柱の影から何かがこちらに向かって飛んできた。
 近付くにつれて姿が露わになったそれを見て、ロイドは目を見張った。飛んでくる手の平ほどもある大きな昆虫型ロボットは、以前ロイドが作ったものだ。
 そうとは知らないユイは、本物の昆虫だと思ったらしく、ロボットが腕に留まると、半狂乱で叫びながらロイドにしがみついてきた。
「落ち着け。ロボットだ」
「え?」
 ユイは顔を上げて、ロイドの持つロボットに視線を移した。正体を確認し納得したユイは、ロイドから離れて、ホッと安堵の息をつく。
 飛んできた昆虫型ロボットは、以前ロイドか殿下に差し上げたものだ。それがこの遺跡の中にいたという事は、殿下がここにおいでになったという事だ。ユイの仮説はほぼ立証された事になる。
 突然ユイが思い出したように、こちらを向いた。
「ねぇ。もしかして、王子様がジレットに教えるって言った秘密って、この遺跡の事じゃないの?」
 目に見えるもので、見たら驚くものだとユイは言っていた。確かにこの遺跡はその通りだが、東屋の穴はジレット嬢を案内するには無理がある。第一ユイが踏み抜くまで塞がれていた。
 他にも不審な点はある。
 昆虫型ロボットは小鳥ロボットと同じように、熱エネルギーで動いている。遺跡内に熱源はない。
 殿下が持ち込んだとしても、その後十六日間、どこからエネルギーを得ていたのだろう。
 人工知能は搭載しているが、小鳥ほどの知能はない。奥にあるかもしれない出入口から、外と行き来していたのかもしれないが、奥に誰か、殿下の――ユイの身を脅かす者が潜んでいる可能性もなくはない。
 ブラーヌの足止めも必要なので、奥の探索は後回しにして、ロイドはユイと共に、元来た通路を地上に向かって引き返した。




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