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7.



 一日の仕事を終えて自室に戻ると、ロイドはそのまま部屋を素通りしてテラスに向かう。
 ガラス戸を開け、手すりに縋って外を眺めているその姿を認めると、歩み寄りながら声をかけた。
「ユイ」
 ユイは笑顔で振り返り、こちらにやってきた。
 互いに抱きしめ合った後、ロイドは早速メガネを外し、思う存分ユイに口づける。
 これがあの日以来、毎夜の恒例行事となっていた。
 毎日ユイは、夕食まで研究室で過ごし、夜中になるとテラスに出て、外を眺めながらロイドの帰りを待っていてくれた。
 地下遺跡の発見から、すでに十日が経っていた。依然として殿下は見つかっていない。
 遺跡の奥には予想通り、王宮地下の霊廟に続く別の出入口が存在した。
 ローザンにブラーヌの足止めを頼んで、ユイと共に再び戻った時には、遺跡の中にも霊廟の中にも、不審人物はいなかった。
 遺跡に続く霊廟の棺のふたは開いていたので、あのロボットはそこから出入りしていたのかもしれない。
 遺跡発見の翌日から、ブラーヌが王宮にやってきた。柱や壁面に刻まれた古代文字を見て、彼は酷く興奮した。遺跡が造られた経緯や古代の文化が、解明されるかもしれないからだ。
 しかし今は、そんな事より、装置そのものの操作方法や、計器類の機能を知る事の方が先決だ。
 ロイドは操作パネル周りの古代文字を優先して、ブラーヌに解読してもらった。
 その結果、ユイの仮説通り、王宮地下の遺跡は、全遺跡のメイン制御装置である事が判明した。
 これで異世界の捜索が出来る期間が延長できると喜んだのも束の間、遺跡の稼働エネルギーの残量が、あとわずかしかない事が分かった。
 おまけに同期時に使用されるエネルギーと残量から計算した結果、延長どころか一日短縮される可能性が高い。
 残り時間は二十秒になってしまった。
 広域人物捜索装置の高速化は、全世界の検索にかかる時間が、一秒を切るまでになっていた。終了サインは出るようになったが、殿下は見つからない。
 ロイドは検索条件を変更しながら、地道に検索を繰り返していた。
 最初は焦りと不安に支配されていた心が、ユイの決意を聞いて以来、妙に穏やかに落ち着いてきている。
 諦めたわけでも、投げ出してしまったわけでもないが、時間が削られていく度に、肝が据わってくる。
 毎夜ユイを抱きしめて口づけるごとに、想いは強固なものとなり、ユイが信じてくれるなら、何の根拠もなくても、自分自身を信じられるような気がした。
 少しの間、ユイを抱きしめたまま、他愛のない話をすると、互いに自室に戻る。
 ユイの温もりが心を落ち着かせ、ロイドは酒を飲まずに眠る事が出来るようになっていた。



 ユイは毎朝、厨房でお菓子の準備をした後、研究室にやって来る。今日もロイドより少し遅れて研究室にやって来た。
 今日は二十時に同期がある。それに合わせて、ローザンは昼前に来る事になっていた。
 研究室に入ったユイは、挨拶もそこそこに給湯室に姿を消した。ロイドは気にも留めず、作業に戻った。
 少ししてユイが、茶を淹れた事を知らせて、声をかけてきた。壁の時計に目をやると、いつもより三十分ばかり早い。
「今日は少し早いな」
 ロイドがそう言いながら休憩コーナーに着くと、ユイは茶を促しながら席に着いた。
「うん。ちょっと気になる事があって……」
 ユイの向かいの席に着き、ロイドは茶をすすりながら尋ねた。
「何だ?」
 ユイは身を乗り出して問いかける。
「あの人捜しマシンって、毎回、王宮内も検索してるの?」
 以前ロイドは、王宮内は捜索隊が王宮外は自分のマシンが、捜索を行っていると話した事がある。
 ユイはロイドのマシンが、王宮外しか検索出来ないのではないかと思ったらしい。話した当時は確かに検索範囲に限定があったが、今は限定が解除されている。異世界も含めた全世界が検索対象だ。
 だが範囲の限定はないものの、王宮内の検索結果は無視するようにプログラムされている。
 転送機能オンにして検索すると、検索対象がヒットする度に転送確認が入って、処理が中断されるからだ。
 王宮内には検索対象にそっくりなユイがいる。毎回ユイがヒットしていては、十秒以内に終わらない。
 ユイは実質検索対象外となっている王宮内に、殿下がいるような気がするという。
「確かに盲点ではあるな。転送なしで検索だけ、してみる価値はある」
 そう言うと、ユイは嬉々として尋ねた。
「今から?」
「今は無理だ。それを試すには内蔵プログラムの変更と、基盤への焼き付けが必要になる。大した変更じゃないが、もしもバグってデグレードしたら、今夜の異世界検索に支障がある。明日の朝、試してみよう」
「うん……」
 ユイは思い切りガッカリした表情で俯いた。相変わらず分かりやすい奴だ。
 ロイドはクスリと笑い、身を乗り出してユイの頭を撫でた。
「おまえは、やっぱりおもしろい。かなりニブイ奴だと思っていたが、案外鋭いな」
 ロイドの言葉に、ユイは不服そうに口をとがらせた。
「それって褒めてるの? けなしてるの?」
 ロイドはクスクス笑いながら、カップを持って立ち上がる。
「もちろん、褒めてる」
 そして流しへ向かう途中、ユイの横で立ち止った。
 王宮内の捜索が先延ばしになった時、思い切りガッカリしていたが、ユイは覚えているのだろうか。
 殿下が見つかったら――という約束を。
 それを確かめたくて、ロイドは聞こえるようにつぶやいた。
「明日の朝、殿下が見つかったら、夜が楽しみだな」
「……え……」
 横目で様子を窺うと、ユイは戸惑いがちに見上げていた。どうやら忘れてはいないようだ。
 照れ屋のユイをちょっとからかってみたくて、もう一言付け加えた。
「あぁ、今夜見つかるかもしれないな。どっちにしろ楽しみだ」
 ユイは困惑した表情で、引きつり笑いを浮かべた。予想通りのユイの反応がおかしくて、ロイドは笑いながらその場を後にした。



 その夜二十時の異世界検索は、またしても失敗に終わった。ユイの提案を実行するため、プログラムの変更をしなければならないが、ロイドは毎夜の楽しみにしているノルマを果たすため、ユイと共に一旦自室に戻った。
 廊下でユイと別れ、部屋を素通りすると、そのままテラスに向かう。ところが、いつもはほぼ同時にテラスに出てくるユイが、出て来ない。
 少し待ったが来ないので、殿下の部屋の方へ向かった。
 灯りは点いている。
 ガラス戸を叩こうと手を伸ばした時、中からユイの悲鳴が聞こえた。同時にもうひとり分の声も聞こえたような気がする。
 ロイドは慌ててガラス戸を開けた。あっさり開いたので、そのままリビングに駆け込むと、浴室からユイが飛び出してきた。
「ユイ! どうした?!」
「ロイド!」
 駆け寄って抱き止めると、ユイはロイドにしがみついた。
「おまえ、また鍵が開いてたぞ。何があった?」
 ロイドの問いかけに、ユイは黙ってロイドを見上げたまま、浴室の中を指差した。
 訴えかけるようなユイの眼差しを不思議に思いながら、彼女の指差す先に顔を向ける。
 一瞬言葉を失ったと同時に、一気に目が見開かれた。
 浴室の脱衣所には、長い黒髪から滴を滴らせたレフォール殿下が、腰にタオルを巻いただけの格好で立っていた。
「殿下……?」
 ロイドがやっとの思いで声を絞り出すと、殿下は腰に片手を当てて、照れくさそうに笑いながら首をすくめた。
「見つかっちゃったね」




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