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10. 隣でゴソゴソ動き回る気配を感じて、ロイドは目を開いた。目の前にいるユイが、少し戸惑うような表情で、朝の挨拶をする。 どうしてユイが一緒に寝ているのか、一瞬分からなくて、ロイドは記憶を辿り始めた。 ゆうべ風呂から上がってぼんやりした後、ユイが寝ている寝室へ向かった。 様子を窺うとユイは、敏感だと言っていた首筋を触っても、反応しないほど爆睡していた。 ロイドはホッと安堵の息をつく。ユイが起きていたら、一緒だととても眠れそうにない。 ロイドは安心して隣に潜り込むと、横向きに眠っているユイを背中から抱きしめた。 弾力性には欠けるが、温かくて最高の抱き枕だと思ったのも束の間、少しすると暑くて、じんわり汗ばんできた。 ロイドは寝間着の上衣を脱ぎ捨て、布団から少し肩を出し、改めてユイを抱きしめた。快適温度になった途端、そのまま眠ってしまったようだ。 記憶が蘇り頭が働き始めたので、ロイドは挨拶を返し、時間を確認するため、枕元の時計を取った。 「寝るにも、起きるにも、中途半端な時間だな」 つぶやいて時計を元に戻し、ふと見るとユイが物言いたげな目でこちらを見ていた。 「どうした?」 問いかけてもユイは、ロイドを見つめたまま黙っている。少ししてユイは意を決したように口を開いた。 「どうして一緒に寝ているの?」 予備の寝具などないのだ。一緒に寝るくらいいいじゃないかと思う。第一この部屋の主はロイドだ。 「オレのベッドにオレが寝て何が悪い」 ロイドが不愉快そうに言うと、ユイはおどおどと口ごもる。 「そうじゃなくて、私、ゆうべ……」 「ゆうべ?」 ユイが何を気にかけているのかピンと来た。少しからかってやろうと思い、ロイドはニヤリと笑うと、顔を近付けて囁いた。 「最高だったぞ」 途端にユイは目を見開いて、泣きそうな顔でつぶやいた。 「さ、最高……? って……最低じゃない……私、何も覚えてない……」 あまりにも悲愴な面持ちがおかしくて、ロイドは思わず吹き出した。そして、堪えきれずに、仰向けに転がって大声で笑う。 その様子に怒って、ユイが横から小突いた。 「何がおかしいのよ!」 ロイドは笑いを堪えながら、ユイの方を向いて答えた。 「安心しろ。何もしていない」 「へ?」 安心したというより、面食らったようなユイの顔がおかしくて、ロイドは再びクスクス笑う。 「気付かずに眠っていたと思っていたのか? いくらおまえが鈍くても、そんなわけないだろう。しかも、ニブイのは感情だけで、感度は良さそうだしな」 ユイは勘違いしたのが恥ずかしくなったのか、真っ赤になって怒鳴った。 「からかったのね? もう! なんで裸なのよ、まぎらわしいったら!」 「おまえの体温が高いのが悪い。暑かったんだ」 「だったら離れて寝ればいいじゃない。だいたい何もしないって言ったら、普通、一緒に寝たりしないでしょ?」 床にでも寝ろと言うのか? ロイドはムッとして言い返す。 「そんな事誰が決めた。オレは何もしなくても女を抱いて寝るのが好きなんだ。せっかくオレのベッドで女が寝てるんだから、抱いて寝たっていいだろう」 ユイは顔を引きつらせて、ポツリとつぶやいた。 「……エロ学者」 ロイドはすかさず額を叩く。 「エロじゃない。嗜好の問題だ」 ユイの勘違いのせいで、すっかり目が覚めてしまったので、起きる事にする。ロイドは身体を起こして座り、大きく伸びをした。 「あ、そうだ」 ふと騒動のせいで、昨日のノルマを果たしていない事に気付いた。 振り返るとユイはキョトンとした表情で、身体を起こしかけたまま止まっていた。 「昨日のノルマが、まだだった」 そう言って押し倒すと、ユイはロイドの両肩に手をついて抵抗する。 「ちょっとーっ! 何なのよ、唐突に! キスなら、無理矢理酒を飲ませた時にしたでしょ?」 「あれはキスじゃない。口移しだ」 一緒にされては困る。それに”思う存分”はしていない。 「そんなの、屁理屈ーっ!」 わめきながらユイは、尚も抵抗を続ける。ロイドは不思議に思って尋ねた。 「なんで嫌がるんだ」 このところユイは、抵抗なんかした事がない。むしろ甘んじて受け入れてくれていた。 ユイは照れくさそうに苦笑する。 「この状況が、なんか落ち着かないのよ。ベッドの上に寝てるし、あなた裸だし」 理由が分かり、ロイドは行動を再開した。 「気にするな。些細な事だ」 「気にするーっ!」 ユイの抵抗を無視して、ロイドは両手首を掴みベッドに押しつけると、強引に口づけた。 程なくユイは抵抗を止めた。身体の力が抜けたので、ロイドは手首を離した。手首を離れた両手はゆっくりとユイの腕の上を滑り、肩を掴む。 そのままロイドは、ユイの唇を思う存分味わった。 ユイの甘い吐息と唇が、次第に頭の芯を痺れさせ、ロイドの本能をかき立てる。 肩を掴んだ手が鎖骨を撫でた時、ユイがピクリと身体を震わせた。その反応にロイドはハッと我に返り、慌てて身体を離した。 ユイが目を開き、驚いたようにロイドを見上げて問いかける。 「何?」 ロイドは大きく息をついた。 「やばかった。そのまま、突っ走りそうになった」 「……え……」 ロイドはユイから離れ、ベッドの縁に座った。ユイも身体を起こし、ベッドの上に座る。 「おまえ、どうする? 研究室にいる必要もないが、来るか?」 「うん」 「そうか。じゃあ、もう少ししたら、今日明日のおまえの扱いについて、ラクロットさんと相談してみよう」 ロイドはベッドから下りると、頭をかきながら寝室を出た。 ラクロット氏との協議の結果、ユイの存在はこれまで通り、関係者以外には極秘扱いとなった。 殿下の身代わりに公務をこなさなくてよくなった事と、寝泊まりと食事がロイドの部屋に移った以外、ユイの生活に変わりはない。 捜索隊はゆうべの内に解散したらしい。ローザンも通常業務に戻った。 彼に渡してあった通信機は、殿下に渡した。ユイと殿下が同時に王宮内を好き勝手に歩き回って、鉢合わせしたところを事情を知らない者に目撃されてはまずいからだ。 お互いの居場所を確認後に、移動してもらう事にした。 ユイは朝食の後、いつものように研究室にやって来て、いつものように窓辺の椅子に座り、絵本を見たり小鳥を撫でたりしていた。 ロイドはバタバタと残処理を片付け、報告書を持って陛下の執務室へ向かった。 室内に案内されると、陛下は早速人払いを命じた。殿下の件は極秘扱いだからだろう。 ロイドは報告書を読み上げ、陛下に差し出す。陛下はそれを受け取り、サインをして引き出しに収めた。 そして机の上にひじをつき、両手を組み合わせてロイドを見上げた。 「さて、公務はここまでとしよう。ちょうど誰もいない事だし、少し友人として話をしないか?」 「はい」 ロイドが返事をすると、陛下はおもしろそうにクスクス笑い始めた。 「レフォールに聞いたぞ。ユイは勇ましい女性だな。反省しろと怒られたって言ってた」 「あいつは後先考えてないだけだと思います」 「父上も反省してくださいと私も怒られたよ。出て行こうとしたレフォールを引き止めたのは私だからな。おまえにも心配と迷惑をかけてすまなかった」 「いえ、お心遣い無用です」 途端に陛下はイタズラっぽい目でロイドを見上げた。 「そういえばロイド。おまえがユイの代わりに罰を受けるらしいな」 なんとなく陛下の企んでいる事は想像がつく。ロイドは張り付いたような笑顔を陛下に向けた。 「殿下は不問としてくださいましたよ」 陛下は腕を組んで、わざとらしく眉を寄せる。 「私は不問としていない。愛するひとり息子に手を挙げられたんだからな。本来なら不敬罪で厳罰に処するところだ」 「では、私にどういった罰を?」 陛下の目がキラリと光った。 「ユイとの結婚を申しつける」 やはり、そう来たか。これまでも報告に来る度に言われてきた。 ロイドは軽く息をついて目を伏せた。陛下は不思議そうに尋ねる。 「どうした? おまえにとっては嬉しい罰だろう?」 「……ユイは異世界の人間です。ユイは自分の世界に、家族や友人や仕事を持っています。知らせるヒマもなくクランベールにやって来たユイが、私と結婚してここにとどまれば、失踪した事になってしまいます。ユイの両親に、二十七年間心配し続けている私の両親と同じ思いをして欲しくありません。私は考えても見なかった事ですが、陛下ならお分かりでしょう。ユイに言われました。親とはそういうものなんでしょう? 私はどこから来たのかも分かりませんが、ユイは分かっています。ニッポンに帰って、両親に無事である事を知らせて欲しいんです」 ロイドがそう言うと、陛下は尚も食い下がった。 「それは分かっている。ユイを帰さないというわけじゃない。おまえの事だ。全く方法がないわけじゃないんだろう? 以前話してくれた事があるじゃないか」 確かに、遺跡に探知機を設置する許可をもらう時、時空移動装置の構想について、陛下に話した事がある。まさか覚えているとは思わなかった。 ロイドは思わず、目を細める。 「お見通しでしたか」 陛下は得意げに胸を反らせた。 「当たり前だ。おまえがユイを好きだという事もな」 「それは否定しません。私はユイを愛しています。ですが、結婚となると、私ひとりで決められる事ではありません」 ロイドがうやむやに流そうとすると、陛下はサラリと爆弾発言をした。 「おまえが一言、結婚しようと言えば済む事なんじゃないか? レフォールが何度か見たって言ってたぞ。おまえとユイがテラスでキスしてるのを」 「え……」 ロイドは不覚にもたじろいで、一歩後退してしまった。まさか見られているとは思わなかった。 陛下は大げさにため息をつく。 「まぁいい。二日後の朝、結論を聞かせてくれ。私は五時にはここにいる。おまえ、一月休んでないだろう。明日は一日休んで、ユイとじっくり相談しろ」 研究室に帰ったらユイを呼ぶように言って、陛下は話を切り上げた。 研究室に戻ったロイドは、陛下のお召しをユイに告げた。ユイは小鳥をロイドに預け、陛下の元へ向かった。 しばらくして戻って来たユイが、陛下に結婚の事を聞かれなかったかと尋ねた。彼女も陛下に何度か言われていたらしい。 忙しいとか相談中だと言い逃れてきたと言う。お互いに同じような事を言っていたのがおかしくて、二人で顔を見合わせて吹き出した。 頑固者のユイは、たとえ結婚しようと言っても、ニッポンに帰る決意を翻したりはしないだろう。 それを確かめたくて、ロイドはユイに告げた。 「いつか、しよう」 「何を?」 ユイは不思議そうに首を傾げる。 ロイドはユイの頬に手を添えて、少し笑った。 「結婚だ」 ユイも淡く微笑んで、小さく頷いた。 「うん」 思った通り、ユイは動じない。その心の強さに、置いてきぼりを食らったような気になる。 未だに迷っている自分が情けない。 ロイドはそれ以上告げる事が出来ず、けれどユイを不安にさせないように、ユイと顔を見合わせて笑った。 |
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