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13.刑罰の真意 君主執務室では、静かな攻防が繰り広げられていた。大きな執務机の前で待ち構えている塔矢に紗也が食い下がっている。 「どうしても罰を与えないといけないの?」 いつもは紗也に甘い塔矢も、この件に関しては折れるわけにはいかない。 「いけません。本来なら極刑に値する程の罪です。全くの不問では他の者への示しもつきません」 「だって、私が全面的に悪いのに。和成は何も悪くないし、ちゃんと私を守ってくれたのに。みんなも知ってるんでしょ? それでもなの?」 「それでもです」 「う〜」 紗也は机の上に置かれた書面を睨んでうなる。 そこには和成の名前と罪状が書かれ、後は紗也がそれに対する刑罰と署名を書き加えればよいだけだった。 渋々筆を取ると、紗也は書面を完成させ、塔矢に差し出した。 「向こう一年間二割の減俸と来年度昇給なし。これでいい? 三人分くらい働いてる和成には結構厳しい罰だと思うけど、甘すぎると受け取ってもらえないんでしょ?」 「確かに承りました」 塔矢は微笑んで、恭しく書面を受け取った。受け取った書面を封筒に収め、小脇に抱えると紗也に問う。 「初陣はいかがでしたか?」 紗也は目を逸らして少し考えて後、答えた。 「いろいろと怖かった。一番怖かったのは、私の勝手な行動が和成の命を奪いそうになった事だけど、他にも目の前で人が死ぬとこも初めて見て怖かったし、和成がためらいもなくその人を斬ったのも怖かったし、それで血まみれになった和成も怖かった」 「全部、和成がらみですね」 苦笑する塔矢を一瞥して、紗也は少し頬を膨らませる。 「鬼のように怒って和成を殴った塔矢も怖かった」 「それは失礼いたしました」 塔矢は声を出して笑った後、更に指摘した。 「でもやっぱり和成がらみなんですね」 「だって考えてみれば、こんなに長い間和成と一緒にいたのって初めてなんだもの。何もかも和成がらみになっちゃうわよ。城内だと、和成はいつも忙しそうにあちこち飛び回っててほとんど私のそばにいないし。まぁ、城内じゃ護衛の必要ないしね。今、何してんの?」 「自室で謹慎です」 「ふーん」 ふと紗也の脳裏に、戦場で見た血まみれの和成が浮かぶ。そして、あの時気まずくて聞きそびれたことを塔矢に尋ねた。 「そういえば、血まみれの和成を見てみんなも驚いてたの。友達の右近も。それでみんな”怪我したのか”って聞くのよ。どうしてなの?」 「血まみれの和成というのは珍しいですからね」 笑顔で答える塔矢に、紗也は首を傾げる。 「軍師だから? でも和成は今まで何人斬ったか覚えてないって言ってたけど」 「まぁ、軍師になってからは確かに人を斬ってませんが、あいつは返り血を浴びるのが大嫌いで、そりゃあ見事によけるんですよ」 それを聞いて紗也は、椅子の背にのけぞりながら、大げさに声を上げた。 「えぇ? だって全然よけてなかったわよ?」 「もしかして、あなたは和成のすぐ後ろにいらっしゃいませんでしたか?」 「うん。いた」 「だからですよ。あなたに血がかかるから」 「あ……」 紗也は目を見開いてしばし絶句する。そして呆然とつぶやいた。 「私、ためらいもなく知らない人を斬って、血まみれになっても平然としてる和成が怖くて、非難しちゃった」 紗也を守るために人を斬り、紗也の代わりに血を浴びた。その挙げ句に、和成は極刑で命を奪われるところだったのだ。 自分の軽はずみな行動を、紗也は改めて後悔した。俯いて目を伏せながら、ため息をもらす。 「なんか私、和成にたくさん迷惑かけて、色々傷つけちゃったんだね。すっかり嫌われちゃったかも」 その気落ちした様子がかわいそうになった塔矢は、少しだけ和成の気持ちを教えてあげる事にした。 「ご安心ください。私は先程まで和成と色々話して参りましたが、紗也様を嫌っている素振りは見受けられませんでした。嫌われてはいないと思いますよ」 逆に惚れられているとは、口が裂けても塔矢には言えない。 紗也は疑わしげに塔矢を見上げた。 「えー? 遠慮して言わないだけじゃないの?」 「おや。君主のあなたを遠慮なく怒鳴りつけるような奴が、私ごときに遠慮などするとお思いですか?」 わざとらしく驚いたように目を見張る塔矢に、紗也は思わず吹き出した。 「確かに。でも嫌われてないならよかった」 笑顔が戻った紗也を見つめて、塔矢は自分の見解の真偽を確認してみた。 「紗也様は和成がお気に入りですね」 満面の笑みを浮かべて、紗也は答える。 「うん。大好き」 塔矢は思わずこめかみを押さえると、軽く目を閉じて嘆息した。 眩しいほどの無邪気な笑顔が、和成にはかえって酷だろう。そう思った塔矢は苦言を呈する事にした。 「ですが、抱きついたりなさってはなりませんよ。和成が困っていました。誰かに見られてあらぬ噂が立てば、和成が城にいられなくなります。それはあなたもお嫌でしょう?」 「うん。わかった」 少し不満げに眉を寄せたものの、紗也はすぐに好奇心に目を輝かせて塔矢に尋ねた。 「ねぇ、塔矢。和成の剣の腕ってどうなの? 返り血を見事によけるってすごい事なんでしょ?」 「そうですね。なかなかなものですよ。上の中……寄りの下ってとこですかね。私を特上とした場合ですが」 そう言って塔矢はにっこり笑った。 塔矢は他国にも名を知られるほど、杉森軍で最強を誇る剣の使い手だ。敵兵の間では鬼のように恐れられている。その事実は自身も認めていた。 その塔矢に「なかなかなもの」と認められている和成の腕に紗也は驚いた。思わず机の上に手を付いて立ち上がる。 「そんなに腕が立つの?!」 「腕に覚えのない者をあなたの護衛にはできませんよ。実は軍師にしておくのも惜しいんですがね」 「じゃあ、なんで軍師にしておくの?」 「あいつと同等かそれ以上の剣の使い手は他にもおりますが、あいつと同等かそれ以上の軍師になれる者は他にいないんですよ」 「という事は、和成って頭は切れるし、腕は立つし、顔はかわいいし、超優秀な人材なんじゃないの」 「顔がかわいいのはあまり関係ありませんが、そういう事になりますね」 苦笑する塔矢をぼんやりと見つめながら、紗也は力が抜けたように椅子に座り直した。 少しの間俯いてなにやら考え込んでいた紗也が、おもむろに顔を上げた。目を細くして探るように塔矢を見据える。 「ねぇ、塔矢。私、わかっちゃったんだけど」 塔矢は穏やかな笑みを浮かべて静かに尋ねた。 「何のことでしょう」 「元々和成を極刑に処するつもりはなかったんじゃないの?」 表情を変える事なく、塔矢は静かに問い返す。 「なぜ、そう思われますか?」 「だって、戦には勝ったし、私は無事だし、結果的に何も悪いことは起きてないのに和成の様な優秀な人材を死なせるのはもったいないじゃない。だけど本当なら極刑に値する罪だから公然と恩赦を与えるわけにいかないし。だから大義名分の為に署名を集めたりしたんじゃないの?」 塔矢は相変わらずの笑顔を浮かべたまま拍手をした。 「なかなか素晴らしい推理です。しかし、それはあなたの憶測にしかすぎません。公言なさらないようにお願いいたします」 恭しく頭を下げる塔矢を横目に、紗也は小さくため息を漏らす。 「わかってるわよ。いくらもったいなくても和成だけ特別扱いはできないって事なんでしょ?」 塔矢はそれには答えず、一方的に話を切り上げた。 「私はこれで失礼いたします。書類を総務に届けなければなりませんので」 そう言って紗也に一礼し、塔矢は執務室を出て行った。 |
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