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15.謎々の答 翌日、寝不足で鈍く痛む頭を抱えながら、和成は公務に復帰した。動いている間はいいが、座って考えていたり、油断すると意識を持って行かれそうになる。 結局、眠ろうと思えば思うほど目が冴えて、ようやく眠りについたのが明け方近かったからだ。 こんな事になるなら、塔矢の言葉に甘えて、もう一日休ませてもらえばよかったと後悔した。 ようやく昼休みの鐘が鳴り、早々に昼食を済ませた和成は、仮眠を取るため自室に戻った。こんな時、城内に居室があるのはありがたく思う。 部屋について椅子に座り、机に突っ伏した途端、懐の電話が鳴った。 『よぉ。死に損なったってな』 右近の呑気な声が聞こえる。 「もう、砦まで情報が流れてるのか」 『署名がきいたらしいけど、頭の固そうな官吏の上層部がよく首を縦に振ったよなぁ。』 「あ、おまえもしかして知らないのか?」 貧乏な杉森国には余分な人を雇う余裕がない。そのため、戦のない時手空きとなる軍人たちが、城の官吏を兼務していた。 城内官吏の三分の一は軍人で、部隊長たちは官吏の上層部に当たる要職に就いている。 『なんだ。そうだったんだ。そりゃ、多数決に強いよな。いや、うちって自分からよそに攻め込んだりしないからさ、ヒマな時ホントにヒマじゃん? 城勤めの軍人って何してんだろって、ずっと不思議だったんだよ。これで謎が解けた。人手不足様々だな』 「あぁ」 『でさ。さっそくだけど、約束果たそうと思って。俺、三日後に休みなんだけど、おまえどう?』 「あぁ、俺も休み。飲みに行くんだっけ。城下にもどるのか?」 『おぅ。それで、おまえどっか店捜しといてくれよ』 「それって、やっぱり……」 言い淀む和成に、右近が楽しそうに答えた。 『いい女が来そうなとこ』 あまりにも予想通りすぎて、和成は思わずため息混じりに言う。 「俺がいればいいんじゃなかったっけ?」 『それは第一条件だ。女は追加条件。おまえがいると女が寄ってくるし』 「俺はエサか。でも俺、いい女が居そうな店なんて知らないし。減俸くらったからそんな高そうなとこ行けないし」 和成が愚痴をこぼすと、右近は慌てて訂正した。 『バカ! 間違えんな! 居るとこじゃなくて来そうなとこだ。いくらいい女でも玄人にちやほやしてもらったって、当たり前すぎて嬉しかねーよ』 「あ、なるほど。ようするに女の子に人気の居酒屋でいいわけだ」 納得したものの和成はすぐにガックリと肩を落とす。 「でも、どっちにしろ俺、そういうとこ知らないし」 塔矢に指摘された通り、和成は城下の繁華街を出歩く事がほとんどない。居酒屋はおろか、どこにどんな店があるのか、全くと言っていいほど把握していないのだ。 右近に探してもらおうにも、彼は砦に常駐して長いので、情報量は和成と大して違わないだろう。 いっそ毎日城下から通っている塔矢にでも訊こうかと考え始めた時、ふと思いついた。 「なぁ、ひとり若い奴連れてっていいか?」 『お? 珍しいな。城勤め五年目にして初めての友達か?』 「友達ってわけじゃないけど、俺の命の恩人。情報処理部隊だから情報収集は得意だろう。俺よりいい店捜してくれるはずだ」 『おー。連れて来い。おまえの初友見てみたい』 「だから、違うって」 なんだか照れくさいので否定してしまったが、それはそれで慎平には失礼かなと和成は思った。 話がついたので電話を切ろうとして、塔矢から”釘を刺しとけ”と言われたことを思い出す。 「あ、そうだ。右近」 話しかけて少しためらう。和成の紗也に対する想いに、右近が気付いているという確証はない。どうやって確認すればいいのか考えながら、もうひとつの疑問が頭をよぎった。右近ならわかるかもしれない。 「ちょっと訊いてみるんだけど、抱きつかれてドキドキする女としない女の違いってなんだと思う?」 『なんだ。そんなの決まってんじゃねーか』 そう言っただけで右近は黙った。少し待ったが応答がないので促してみる。 「何?」 『なぁ、おまえ。それ自分で考えろって塔矢殿に言われなかったか?』 ギクリとして和成は息を飲んだ。塔矢が先回りして右近に手を回したのだろうか。 しかし、たかが謎々でそこまでするとは思えない。 「なんでわかるんだよ」 『だって、おまえがそんな事聞くの変だし。じゃ、誰かに言われたのかなって。ってことは塔矢殿あたりかな。おまえ、交友関係狭いし。そんで答えを知らないって事は自分で考えろっていわれたんじゃないかと。で? 紗也様に抱きつかれたのか?』 おもしろそうに問いかける右近の声に、和成は益々うろたえる。 「なんでわかるんだよ」 『おまえに抱きついて、しかもそれをおまえが気にする女って紗也様しかいないだろ。あ、もしかしておまえ、やっと自分で気が付いたのか?』 やはり右近は感付いていたようだ。思いがけず確認できたが、自然にため息がこぼれる。 「なんか、おまえには何もかもお見通し過ぎて薄気味悪い。けど、この話は俺以外にはするなよ。紗也様に迷惑がかかる」 『あたりまえだろ、こんなおもしろいネタ。よそでバラしたらそれきりおしまいじゃないか』 「ってか、俺にもするな」 ムッとしながら釘を刺した後、和成は改めて尋ねる。 「結局、答えは教えてくれないのか?」 『簡単じゃないか。少しは自分で考えろよ』 「考えたけどわかんないから訊いてるんだろ?」 『じゃ、手がかりだけ教えてやる。相手に違いがあるんじゃなくて、おまえの気持ちに違いがあるんだ。もうわかっただろ』 和成は首をひねる。 「益々わかんね」 考えもしないで答える和成に、右近は苛々したようにわめいた。 『あーっもう! 俺が教えたって言うなよ。相手がおまえにとって恋愛対象になるかどうかの違いだ』 しばらく絶句した後、和成はポツリとつぶやく。 「もしかして俺、塔矢殿にカマかけられたのかな」 そして、塔矢によって自分の気持ちを気付かされた経緯を話した。話を聞いた右近は呆れたように言う。 『おまえ、そこまで直接言われないと気付かなかったのか?』 「なんで紗也様だけ斬れないのか謎が解けたのはいいんだけどさ」 『ニブすぎんだろ。ちなみに俺が敵だったらどうする?』 からかうように尋ねる右近に和成は即答する。 「ソッコー斬る」 『ひっでーっ』 少しの間二人して笑った後、和成は今度こそ電話を切ろうとした。 「じゃ、店と時間が決まったらまた連絡する」 『あぁ。飲みに行く時、ついでに手ぬぐい返せよな』 ついでのようにサラリと言われ、和成は密かにうろたえる。 「あ、あれ。新しいの買って返すよ」 『いや、あれじゃないとダメなんだ。大事な母の形見だし』 「ウソつけ。おまえの母親、城下でピンピンしてるじゃないか。なんであれにこだわるんだよ」 見え透いたウソに軽く苛つきながら尋ねる和成に、右近は意地悪な声で答えた。 『だってアレ、おまえの辞世の句が書いてあるハズだから』 図星だ。短歌などではないが、右近に当てた最期の言葉を確かに書き込んだ。 「なんで、そういうよけいな勘が働くんだよ」 『あ、アタリ? なんか照れくさいこと書いたんだろ。是非見たいね』 「今際の際に見せてやる。じゃあな」 そう言って和成は一方的に電話を切った。 時計に目をやると昼休みが終わろうとしている。結局仮眠は取れなかった。 |
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