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17.会計情報消失事件



 慎平と共に電算室に向かう途中、和成は事の次第を聞いた。
 会計の情報が電算機の中から全消去されたという。
 外部から何者かが電算機に干渉し、意図的に消去したわけではないらしい。城内の誰かが、誤って削除してしまったのだろうという事だ。
 だが各種情報を呼び出すには、認証番号ごとに権限が設けられている。全消去を実行できる認証番号は城内でもごく限られた人間にしか与えられていなかった。
 その事実と先ほどの不審な態度。状況証拠から和成には犯人の目星がついていた。
 あとは物的証拠を押さえて怒鳴り込むのみ。そのために呼ばれたようなものだろうと和成は推測していた。
 電算室に足を踏み入れた和成は、不覚にも一瞬たじろぐ。ある程度予想はしていたが、電算室の中は蜂の巣をつついたような大騒ぎで、予想以上に混沌としていたのだ。
 有線無線を問わず電話が鳴り響き、職員たちはバタバタと対応に追われている。
 その中から和成の姿を認めた電算部長こと情報処理部隊長が足早に歩み寄ってきた。
「和成殿、助けてください。今日は運悪く佐矢子くんが休みで、私ひとりでは手が回らない状況です」
 戦の時とか、情報処理部隊長が不在の折、部長代理を務めている女性官吏が今日は休みだという。そのため城内各部署から殺到する苦情や問い合わせの対応に追われていて、肝心の情報復旧作業に着手できないらしい。
「私は何をお手伝いしましょうか?」
「一応、障害についてのお知らせは一斉電信で行ったので、もう少ししたら落ち着くと思いますが、それまでの間、復旧作業の段取りと指示をお願いします」
「わかりました。ところで犯人の目星は?」
「あ……はぁ……まぁ、その……」
 部長が言い淀む様から、物的証拠も挙がっている事を和成は確信する。
「名前を挙げにくい人物なんですね。私も先ほど挙動不審の人物を見かけました。そちらも私におまかせ下さい」
「よろしくお願いします」
 部長は頭を下げて苦情対応に戻って行った。
 物的証拠となる消去直前の会計情報呼び出し履歴と会計主機の認証履歴の印刷を慎平に頼み、和成は電算部職員を集めて復旧作業を分担する。
 電算部職員の三分の二は情報処理部隊員が兼任しているので、和成とは気心の知れた者たちばかりだった。
 作業分担が終わると、職員たちはそれぞれ復旧作業に着手する。和成は端末に向かい、以前自分が作った命令の中を探り始めた。
 そこへ慎平がやってきて、二枚の用紙を差し出す。
「和成殿、各履歴です」
「ありがとう」
 和成は用紙を受け取って席を立つ。そして今まで見ていた画面を指差した。
「慎平、命令組むの得意だって言ってたよな。これ、昔私が試験用に作った情報復旧の命令なんだけど、使えそうか見てもらえるかな」
「和成殿が作った命令を拝見できるなんて光栄です」
 目を輝かせる慎平に、和成は苦笑する。
「いや、”拝見”するような大層なものじゃないから。試験用に作ったその場しのぎの命令だから注釈もなくて読みづらいだろうし」
 そう言った後、未だに目をキラキラさせている慎平を見て、ひとつため息をついた。
「なぁ、もう少しくだけてもらえないかな? 今度一緒に飲みに行くことだし」
 慎平は困惑した表情で首をすくめる。
「はぁ。ですが私は和成殿を尊敬してますし……」
「尊敬してもらえるのは嬉しいんだけど、へりくだってもらうほど私もエラくはないし」
「エラいと思いますけど。この春入ったばかりの私から見れば」
 尚も食い下がる慎平を見上げながら、和成は腕を組んでうなる。
「う〜ん」
 そしてふと閃いた。
「じゃあ、私も少しくだけよう。今後慎平には右近と同じようにタメ口でいくから」
「は?」
 慎平がきょとんとして目を見張る。和成は苦笑を湛えて説明した。
「実はさ。俺、所属部隊じゃ一番下っ端だからタメ口きける相手がいないんだ」
「そういえば和成殿は第一部隊でしたっけ。新兵の配属が滅多にないんでしたね」
「そうそう。城内には年下もいるけど、タメ口きけるほど親しい人っていないし。慎平にタメ口きけるなら俺も気楽なんだけどな」
 慎平がようやく納得して、笑いながら頷く。
「わかります、それ。私も一番下っ端なので。わかりました。失礼にならない程度に私もくだけさせていただきます」
 まだ少し固いなと思いながらも、和成もホッとして再び画面を指差した。
「じゃ、その命令”拝見”しなくていいから普通に見といて。使えそうだったら好きに改造していいから」
「わかりました」
 慎平が返事をして席に着くと、和成は彼に渡された用紙を振って出口へ向かった。
「俺、ちょっと行ってくるから」
 そう言って電算室を後にした。



 いったん自室に戻り刀を置いて、和成は君主執務室へと足早に向かった。いつものように、執務室の戸を勢いよく開けながら怒鳴る。
「紗也様ーっ!」
 すると間髪入れずに紗也が怒鳴り返してきた。
「和成ーっ!」
 いつもと違う展開に和成はたじろぐ。
「な、なんですか?」
 紗也は席を立ってツカツカと和成に歩み寄った。いつもなら塔矢が和成を諫めるのだがその隙も与えない勢いで紗也が和成に詰め寄る。
「ひどいじゃないの! よくも女官長に告げ口したわね!」
 紗也が何を言っているのか納得した和成は平静を取り戻した。いつもの不機嫌顔になり、紗也に毅然と言い放つ。
「あたりまえです。真夜中に徘徊なさるなど言語道断です。私はあやうく守るべき対象を斬り捨てるところでした。業務に支障を来す事をなさっては困ります」
 しかし紗也はひるむ事なく言い返した。
「真夜中に殿方の部屋を訪れるとは何事かと延々二十分も説教されたのよ! 和成のとこなんだから、いいじゃないの!」
 キッパリと断言する紗也に、和成は大きなため息をつく。
「どうして私だといいんですか」
 二人の様子を黙って見ていた塔矢も同時にため息をついた。そして和成に助け船を出す。
「和成。電算機の方はどうなってるんだ?」
 その声に本来の目的を思い出して、和成はすかさず反撃に出た。
「あやうく問題をすり替えられるところでした。紗也様。いったい何をどう思って会計情報を全消去なさったのですか?」
 途端に紗也は、顔を引きつらせて目を泳がせる。
「なんにもしてないもん。ただ見てただけだし」
「なんにもしてないのに壊れてもいない機械から情報が消えることはございません! あなたがなさったという証拠もございます」
 和成はそう言って、二つの履歴情報を紗也の目の前に突きつけた。紗也は用紙を見つめて絶句する。
「だいたい、消去前に警告文が二回も出るでしょう。二回とも”はい”を選択したのはどうしてなんですか?」
 和成が用紙を持った手を降ろすと、紗也は項垂れて答えた。
「なんだかわからなかったから」
「わからなかったら塔矢殿とか周りの人にお聞き下さい。今後この様なことが続けば国が傾きかねませんのであなたの認証番号に制限をかける事になりますよ」
 俯いたまま黙り込んだ紗也を見て、塔矢がもの言いたげに険しい表情で和成を見据える。
 少し立場を越えて厳しく言い過ぎた事に和成も気付いた。
「……私にそのような権限はございませんが」
 そして一息つくと、静かに提案してみる。
「剣をお教えすることは致しかねますが、電算機の操作でしたら喜んでお教えいたします。いかがですか?」
 紗也はすぐさま顔を上げて、パッと笑顔をほころばせた。
「うん。教えて」
「かしこまりました。では、日中は公務に追われておりますので、明日から業後に一時間程度でよろしいですか?」
「うん。それでいい」
 すっかり機嫌が直った事に安堵して、和成は紗也に一礼し出口へ向かう。戸口で振り返り塔矢に告げた。
「塔矢殿、私はこの後はずっと電算室を手伝いますが、いいですか?」
「おぅ。会計情報が使えないんじゃ、経理は仕事にならないからな。俺はこれがあるから電算機は必要ない」
 そう言って塔矢はそろばんを振ってみせた。




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