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第2話 月に願いを

1.天才美少年軍師第一報


「誰? これ」
 電算室の席に着いた途端、目の前に差し出された紙を見て、和成は怪訝な表情を浮かべた。
「和成殿だそうですよ」
 笑いながら慎平が示したその紙には、眩しい笑顔を湛えた金髪美少年の合成写真が印刷されている。写真の下には紹介記事も書かれていた。
”負け戦知らずの杉森国! その影には謎の天才美少年軍師の存在があった!(※写真は想像図)”
 記事を読んだ和成は、思い切り顔を引きつらせる。
「何? これ。想像図って、何をどう想像したらこうなるんだよ。そもそも俺、少年って年じゃないし。これどこで手に入れたんだ?」
「広域情報通信網の三面記事で配信されていました」
 それを聞いて、和成はげんなりしながらため息をついた。
「あぁ、そう。秋津全土に流れてんのか」
「苦情の電信でも送っておきましょうか?」
「放っとけ。これ見て俺だと思う奴いないだろ」
 和成が吐き捨てるように言うと、慎平は目を輝かせて手を打った。
「なるほど。敵の目を撹乱する事ができますね」
「まぁ、そういう利点もあるかな」



 大海に浮かぶ小さな島、「秋津島」の中央に位置する杉森国は、島の中で最も小さな国だ。
 四方を好戦的な大国に囲まれ、常に侵攻の危機にさらされている。
 特に目立った産業も資源も持たない国だが、島の中央という要衝を押さえているので、他国にしてみれば他に攻め込むのに邪魔でしょうがない。
 交渉によって取り込もうにも杉森国は拒否し続けてきた。おまけに五年前から全ての国との国交を断絶し、もはや聞く耳持たぬ状態である。
 それというのも、五年前から杉森国には外交を行える者がいなかったからだ。
 現君主杉森紗也が、先代の急逝により即位した五年前には、わずか十三歳だった。
 外交に関する決定権は全て君主にある。だが当時の紗也にその判断力はなかった。そのため先代からの重臣たちが、他国との国交を凍結したのだ。
 彼らは紗也が成人し、自ら政治を行えるようになるまで、彼女を支えて国を維持する事で先代と誓約を交わしている。
 十八歳になった紗也が、はたして政治を行えるようになったかというと甚だ疑わしいところだが。
 元々、裕福でなかった杉森国は、国交が途絶えた後、益々国の懐事情は厳しくなっていった。
 まわりはすべて大国なので、対抗するには軍事費をこれ以上削る事ができない。
 そのため城内出入りの軍人は国の官吏も兼務することで国家予算の人件費削減に努めている。
 貧乏をこじらせた杉森国では”時は金なり”が国家の標語だ。何事も無駄な時間をかけずに効率よくこなすことを目標として、あらゆるものを効率化していった結果、他国より数多(あまた)の分野で突出した最新の技術力を誇っていた。
 杉森国の唯一の資産は、この技術力とそれを担う人材と言っていいだろう。他国もこの資産は、のどから手が出るほど欲している。
 杉森を無傷で落とせば、島の要衝と共に最新の技術力が手に入るのだ。それはその後の戦を優位に導く切り札となるだろう。
 そういう思惑があるからか、全面攻撃を仕掛けてきたりはしない。
 他国の思惑をよそに、涙ぐましい経費削減の努力をしながら、貧乏な杉森国は細々と国を維持し続けていた。



 電算部の仕事に一区切りつけて、和成は総務部に向かった。こんな風に各部署を巡るのが、彼の日課となっている。
 五年前に紗也の護衛官に就任した時、和成には城内に居室が与えられた。そのため城にいる時間が長いので、あちこちの部署で便利に使われている。五年経った今ではそれが全て通常業務となっていた。
 元々は所属部隊長、坂内塔矢の元で通称”経理”と呼ばれている財務局の官吏だが、いったいどこの所属だかわからない状態になっている。
 総務部長から塔矢当ての書類と言伝てを受け取り、和成は君主の執務室へと向かった。
 塔矢は財務局国庫部部長なので、局内にも自分の席を持ってはいるが、日中は大概執務室にいる。
 書類に署名をするだけとはいえ、紗也にしかできない仕事があるにもかかわらず、放っておくと紗也は居眠りしたり、執務室から出て帰ってこなかったりするからだ。
 彼女が即位して間もない頃は、そんな事が度々あった。最近は落ち着いたとはいえ、飽きっぽい性格は相変わらずなので、塔矢が目を光らせているわけだ。
「失礼します。塔矢殿こちらですか?」
 声をかけて和成が戸を開けると、塔矢が返事をするより先に部屋の一番奥から紗也が笑いながら駆け寄ってきた。
「和成。髪を金色に染めてみない?」
「全力でお断りいたします」
 間髪入れずに和成が拒否すると、紗也は不服そうに眉根を寄せて両手で和成の腕を取る。そして駄々をこねるように和成の腕を左右に振りながら口をとがらせた。
「なぁ〜んでぇ〜? 絶対似合うと思うのに〜」
 和成は紗也を振りほどいて、思い切り不愉快そうに睨む。
「大方、あのふざけた三面記事を御覧になったんでしょう?」
 それを聞いて紗也がパッと笑顔になった。
「和成も見たの? だったらわかるでしょ? あんな偽物の合成写真より金髪にした本物の方がずーっとかわい……」
 そこまで言って、紗也は慌てて両手で口をふさぐ。和成は益々不機嫌顔になって怒鳴りつけた。
「絶対に染めません! なんで私が偽物のマネをしなきゃならないんですか! 私は塔矢殿に用事があるんです。邪魔しないでください」
 紗也を避けて塔矢の机に向かおうとした時、塔矢がこちらを見てため息混じりに言う。
「和成。何度も言わせるな」
「はい。すみません」
 和成は振り返り、紗也に頭を下げた。
「怒鳴って申し訳ありませんでした」
 そして紗也の反応を待たずに塔矢の机に向かう。紗也はそれを黙って見送り、諦めて自分の机に戻った。
 塔矢に言伝てと書類を渡して、和成は早々に執務室を出ようとする。それを塔矢が呼び止めた。
「おまえ、急ぎの仕事でもあるのか?」
「いえ、別に」
「じゃあ、昼一に経理の会議室に来い。話しがある」
「わかりました」
 急ぎの仕事はないと言った割りに、和成は忙しそうに部屋を出て行く。和成が出て行った後、紗也は机に頬杖を付いて塔矢に問いかけた。
「ねぇ、塔矢。和成って最近、私を避けてない?」
 そろばんを弾こうとしていた塔矢が、顔を上げて紗也を見つめる。
「そうですか? 普通に怒鳴ってたじゃないですか。それに夕方からは毎日、あいつに電算機の操作を教わってるんでしょう? 何か思い当たる節でもおありですか?」
 逆に問い返され、紗也は腕を組んでうなった。
「うーん。そう言われると特にないんだけど。強いて言うなら女の勘」
 塔矢は思わず吹き出しそうになるのをグッとこらえて笑顔で返す。
「おやおや。だったら私にはわかりようがありません。女じゃないので」
 紗也は頬を膨らませて塔矢を睨んだ。
「もう! 塔矢はいつも私を子供扱いする!」
「これは失礼いたしました」
 頭を下げながらもまだ笑っている塔矢から目を逸らし、紗也はひとつため息をついた。



 昼食後、食堂を出た和成は昼休みの残りを読書に当てるため、自室に戻ろうとしていた。そこへ後ろから、慎平が声をかけながら走ってきた。
 和成が振り返ると、慎平は人目を気にするように周りを窺う。そして人影が途絶えた隙に、懐から封書を取り出して両手で和成に差し出した。
「これ、読んで下さい」
 和成は受け取った封書の裏表を確認する。どちらにも何も書かれていない。
「何? これ」
 不思議そうに首を傾げる和成に、慎平は再び周りを気にしながら耳元で囁いた。
「恋文です」
「は?」
 和成は一瞬絶句した後、眉をひそめて尋ねる。
「おまえ、そういう趣味の人?」
 和成はまだ出会った事はないが、圧倒的に男の多い軍部にはそういう趣味の人がいると聞いた事がある。
 やたらとまとわりついてくる右近を、実はそういう人ではないかと昔は疑った事もある。もっとも彼が女好きである事は、すぐに判明したのだが。
 慎平は目を丸くして一瞬言葉を失ったが、すぐに手を振って思い切り否定した。
「ち、ちがいます! 私が書いたんじゃありません! 頼まれたんです!」
「わかってるよ。悪いけどこれ、返しといて」
 笑いながら封書を返す和成を、慎平は不思議そうに見つめる。
「え? 読まないんですか?」
「相手が誰だろうと、どんな事情があろうと断るつもりだから読む必要ないし。読んだ挙げ句に断る方が失礼だろ?」
 和成がそう言うと、慎平は残念そうに軽く嘆息した。
「そうですか。和成殿とお似合いだと思ったんですけど」
「何? 慎平の知り合い?」
 意外そうに尋ねる和成に、慎平が笑顔になった。
「興味わきましたか?」
「いや、これ以上聞かない事にする」
 再び落胆した慎平は、和成に問いかけた。
「誰か、心に決めた方がいるんですか?」
 核心を突かれてドキリとした和成の脳裏に、紗也の姿が浮かぶ。それを慌てて打ち消し、和成は曖昧な笑みを浮かべた。
「いないよ。今は恋愛する気がないだけ」
「そうですか」
「面倒な事、押しつけてごめんな」
 慎平を後に残して、和成は改めて自室へ向かった。




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