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6.恋心、女心



 佐矢子を見送った後、先輩隊員たちはさっそく和成にかけ寄り、取り囲んで口々にからかった。
「かわいい子じゃないか、和成」
「おまえ、女に興味ないのかと思ってた」
「とうとう結婚すんのか?」
 和成は黙って目を合わせないようにあさってを向く。後からやって来た塔矢が一喝した。
「こら、おまえら仕事しろ! 和成、間者は?」
 間者から奪った無線電話を塔矢に渡しながら、和成は雑木林の奥を指差す。
「むこうに。全部で五人です。四人は斬りました。ひとり統率者と思われる男は峰打ちで捕らえております。これは彼の電話です」
 塔矢が頷いて目で合図すると、先輩隊員たちは和成の示した雑木林に入っていった。林の奥から先輩隊員が感嘆の声を上げる。
「相変わらず見事だなぁ。俺、峰打ちなんてできねぇし。前線に戻って来いよ、和成」
 それを受けて和成は塔矢にお伺いをたてる。
「あんなこと言ってますけど?」
「却下! おまえが剣の腕を上げろ」
 塔矢に一蹴され、先輩隊員がわめいた。
「げーっ。やぶ蛇ーっ」
 塔矢はそれを横目に、笑いながら和成に言う。
「おまえが女連れとは珍しいな」
「複雑な事情があるんですよ。いつから見てたんですか?」
「口づけのあたりから」
「え?」
 和成は一瞬絶句した後、少し赤面する。
「ほとんど全部じゃないですか。なんで早く声かけてくれないんですか」
「おまえが他に目を向ける気になったんなら邪魔しちゃ悪いと思って」
 それを聞いて、和成は目を伏せた。
「違います。彼女とはそういう間柄じゃありません」
「口づけしといてそれはないだろう」
 非難する塔矢に、和成は全身で否定する。
「してません! うしろからはそう見えたかもしれませんけど、取引だったんです。ちょっと耳貸して下さい」
 そう言って和成は、作業中の隊員たちに背を向け、小声で塔矢に事情を説明した。
「なるほどな。女の勘は恐ろしいな」
「彼女は私がしらを切っていると思い込んでます」
「元々言いふらすつもりはないんだろう。どうせ根拠はないんだ。しらを切り通せ。ところでおまえ、頬に付いた赤いものは返り血には見えないが?」
 塔矢がおもしろそうに笑って指摘する。
「あっ!」
 和成は佐矢子が口づけた頬をあわてて手で押さえた。
「鏡ないですか?!」
「この面子でそんなものを持ち歩いている奴がいると思うか?」
「もう! 先に言って下さいよ。人が悪いな」
 鏡は諦めて手の平でごしごし頬をこする。
 塔矢がその様子を見てクスクス笑っていると、作業を終えた隊員が報告した。
「作業終了しました」
「よし。引き上げる」
 間者の亡骸と捕虜を乗せた幌付きの荷車を引いて、塔矢隊の面々は城へと引き上げた。



 夜、城の中庭で和成は月を見上げて立っていた。
 今日は城下で人を斬ったから。
 戦場でしかした事のないこの儀式を、城内で行うのは二度目だった。
 一度目は紗也への想いに気付いた時。
 血の(けが)れを清めるように、決して叶う事のない想いも洗い流してくれればいいのにと願った。
 想いは消えるどころか益々募るばかり。
 紗也は和成を好きだと言った。和成の想いとは全く意味が違うけれど。
 いっそ嫌われていれば、こんなに想いが膨らむこともなかったのだろうか。
「こんなとこが中途半端なのかな?」
 問いかけても三日月は、昨日と同じように黙って和成を嘲笑い、やがて雲間に姿を隠した。



 翌日昼前、和成は珍しく紗也直々に呼び出しを受け執務室を訪れた。
「失礼します。紗也様、お召しによりまかり越しました」
 いつも怒鳴り込むことの多い執務室の戸を、丁寧な挨拶と共に開けるのは本当に久しぶりのような気がした。
 部屋に入ると、正面の机で何やら不機嫌そうな表情の紗也が、机に片ひじついている。
 無言で手招きされ側まで来た和成を、睨み上げてうなるように言う。
「和成、不潔――!」
 意味が分からず、和成は問い返した。
「戦の時以外は毎日風呂に入ってますけど、変な臭いでもしますか?」
 紗也は相変わらず睨み付けたままで問い詰める。
「昨日、城下のはずれで電算部の女の子と人目を忍んでチュウしてたって本当?」
 思わず隣の机を見ると、塔矢は「俺じゃない」と片手を挙げて否定した。噂の出所はおそらく一緒にいた先輩たちの誰かだろう。
 和成は一息ついて紗也に視線を戻す。
「どこでお聞きになったのか存じませんが、その情報は正しくありません。そもそも、なんでチュウしたら不潔なんですか。愛する人とするなら不潔でもなんでもないでしょう?」
「和成、その人を愛してるの?」
「違います。だからしてません」
「本当に?」
 疑わしげな表情で和成を見つめて、紗也はさらに追及した。
「今までした事ないの?」
「今までっていつからの事ですか?」
「え? した事あるの?」
 紗也が椅子から立ち上がって身を乗り出す。隣で塔矢が吹き出した。
「あ……」
 墓穴を掘った事に気が付いて、和成は口を押さえる。しかし、すでに紗也の好奇心に火が点いてしまっていた。
「ねぇ、いつ? 誰と誰と?」
「誰だっていいじゃないですか。そんな事聞かないで下さい」
 助けを期待して横を見ると、塔矢はずっと笑いをかみ殺して俯いている。
 仕方がないので勝手に話を切り上げる事にした。
「もしかして、御用はそれだけですか?」
「うん」
 邪気のない目で見つめる紗也に大きくため息をつく。
「つまらない噂話でいちいち呼び出さないで下さいよ」
「だって気になったんだもん。和成最近私を避けてるし。だから噂が本当だったら好きな人ができたから他の女の子を避けるのかなって思ったの」
「避けてなんかいませんよ。ただ仕事が忙しいからあまりお話する機会がなかっただけです。無用に気を揉ませてしまったようですね。紗也様、恋心なんておわかりにならないでしょうに」
 子供扱いされたようでムッとしながら、紗也が反論した。
「相変わらず失礼ね。私だって好きな人くらいいるもん!」
 胸の奥がざわついて、和成は黙って紗也を見つめる。ふと見ると塔矢も笑うのをやめて真顔でこちらを窺っていた。
「初耳ですね。城内にいるんですか?」
 心が騒ぐのを押さえつつ、平静を装って尋ねると、紗也は少し照れくさそうに上目遣いで和成を見上げながら言う。
「うん。和成が好き」
 一瞬、呼吸が止まったような気がして、和成は密かに息を飲む。しかし、すぐに自分に言い聞かせた。
 紗也の”好き”と自分の”好き”とは意味が違う。隣で塔矢も睨んでいる。
 気を取り直して聞いてみた。
「ちなみに他には?」
 紗也は少し考えるように天井を見上げる。そしてポツリと答えた。
「塔矢」
 塔矢が再びクスクスと笑い始める。
 和成はガックリ肩を落としてため息をついた。
「それは恋ではありませんよ」
 紗也が不服そうに反論する。
「なんで? どこが違うの?」
「教わるものじゃありません。違いがわかったらそれが恋ですよ。それでは他に御用がないのでしたら失礼します」
 そう言って和成は執務室を辞した。



 部屋を出て電算室に向かおうとしていると、後ろから塔矢が声をかけてきた。
「おまえも言うようになったな」
 おもしろそうに笑う塔矢に少し眉を寄せる。
「私も恋心はわかりますよ」
「そうだったな」
「女心はわかりませんけどね。今でも佐矢子殿が本当に意地悪をしたかっただけなのか半信半疑です」
 塔矢がいたずらっぽく笑った。
「まぁ、あわよくばおまえの口づけは狙ってただろうけどな」
「それが一番わかりません。私は彼女に愛していないとはっきり言ったんですよ。でも”かまわない”って言われたんです。本当にかまわなかったんでしょうか」
「かまわないかどうかは人によって違うだろうけどな」
 和成は大きくため息をつく。
「敵がもし、女性部隊や女性軍師だったら私は太刀打ちできませんよ。動きが読めません」
 それを聞いて、塔矢が思い出したように手を打った。
「そういえば、おまえが捕らえた間者が言ってたらしいぞ。おまえに自分のとこの軍師が剣ができないことを見抜かれて驚いたって」
 そして、芝居がかった口調で続ける。
「少年とは思えぬその洞察力、さすが天才軍師と言われるだけの事はある。だとさ」
「やめて下さいよ。言葉尻を捕らえて挑発しただけです。こっちから斬りかかるより、向かって来る方が倒しやすいから。あの人、結局私を少年だと決めつけてるんですね」
「あそこはどうやら女軍師らしいぞ」
 和成は大げさにのけぞった。
「げっ! 本当にいるんですか?! 女軍師」
 そして、塔矢の腕を掴んで訴える。
「宣戦布告されたら、和平交渉に持ち込みましょう」
「最初から逃げ腰になるな、天才軍師のくせに。うちはどことも同盟しないと言っただろう」
 和成を軽くあしらって、塔矢は本題に戻った。
「こんな話するために声かけたんじゃなかった。おまえ技術局の仕事はどうする?」
「受けます」
 塔矢は意外そうに少し目を見開く。
「彼女が一緒なんだろう? いいのか?」
「彼女は気にしないと言いました。彼女がかまわないのなら私も気にしない事にします。元々、手紙には今まで通りでいてくれと書かれてましたし」
「そうか。じゃあ伝えておく」
 そう言って塔矢は、執務室へと引き返していった。




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