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11.コ・ワ・シ・テ・シ・マ・エ 翌日昼過ぎに、和成は刀を携えて執務室を訪れた。戸を開けた途端、紗也が満面の笑顔で駆け寄ってくる。 飛び付こうとした紗也を目と鼻の先でよけると、空振りに終わった紗也が不服そうに振り返った。 「ちょっとぉ。なんでよけるのよ。私は返り血じゃないのよ」 「そういう事はなさらないで下さいと申し上げたじゃないですか。お迎えにあがりました。お支度はお済みですか?」 紗也はすぐに笑顔に戻ると、嬉しそうに財布を掲げて見せる。早くも不機嫌はどこかへ飛んでいったらしい。 「うん。おこずかい貰っちゃった。お金使うの久しぶり」 このお気楽な切り替えの早さは、飽きっぽい性格に由来しているのかもしれない。 和成は苦笑して、塔矢に尋ねた。 「塔矢殿からですか?」 「気にするな。貯蓄されてる紗也様の給料だ」 「あぁ、一応働いてますもんねぇ」 皆が忘れているが、一応働いているので紗也にも毎月給料が支払われている。ただ、使うことがないので城の金庫にずっと蓄え続けられているのだ。 塔矢が書類を持って立ち上がった。 「二時間程度で帰って来いよ。あと、あまり物騒な所にはお連れするな」 「心得ております。塔矢殿は経理に戻られるんですか?」 「あぁ、会議がある。普通の電話には出ないから、緊急の場合は専用回線使え。俺への土産はそっちで適当に決めてくれ」 真顔でサラリと面妖な事を言う塔矢に、和成は肩を落として、ため息をつく。 「なんで毎日城下から通ってくる人に城下の土産を買わなきゃならないんですか」 「紗也様が買ってくるとおっしゃったんだ」 「わかりました。だったら紗也様に”お父上”にふさわしい物を選んでいただきますよ」 三人が執務室を出ると、塔矢は部屋に鍵を掛け、それを和成に渡した。 「紗也様、楽しんでらして下さい」 紗也に笑顔を送り、塔矢は財務局へ足を向ける。 「行ってきまーす」 紗也は立ち去る塔矢に手を振ると、和成のそばに駆け寄った。 二人は城の出口へ向かう。並んで歩きながら、和成はどこを案内するか考えていた。自他共に認める”ひきこもり”の和成は、自分自身が城下町をあまり把握していない。和成がよく行く本屋に連れて行っても、紗也が満足するかどうかは微妙だ。 紗也に希望を聞いたところで、箱入り城主の彼女も似たようなものだろう。 先日、佐矢子に付き合って城下の商店街をうろついたのが、こんなところで役立つとは思わなかった。 佐矢子に連れられて行った雑貨や小物の店なら、紗也の気に入るものがあるかもしれない。塔矢への土産も何かあるだろう。 和成の頭の中で行き先が決定した時、紗也が和成を見上げて問いかけた。 「ねぇねぇ、どんな設定にする?」 「設定って何ですか?」 「だって、お忍びだから君主と護衛じゃマズイでしょ?」 「えー? じゃあ、お屋敷のお嬢さんと従者でいいじゃないですか」 和成が面倒くさそうに言うと、紗也は不満げな声をあげた。 「そんなの、つまんない。佐矢子さんとは恋人同士だったのに私はダメなの?」 どうやら噂の事を紗也に追及されて、塔矢が事情を説明したのだろう。真相を知っているのは塔矢だけだ。和成はため息と共に、やんわり拒絶する。 「敵の目を欺くためですよ。結局欺けなかったので恋人同士は勘弁してください」 まねごととはいえ紗也と恋人同士だなど、自分の想いを押さえ込んでおける自信が和成にはなかった。佐矢子の髪の香りが紗也と同じだっただけで、激しく動揺したのだ。 不服そうな顔で少し考えた後、紗也はふいにイタズラっぽい笑顔を向けた。 「じゃあ、和成お兄ちゃんで、私妹ね」 「え?」 「今から妹に対して”様”と敬語は禁止ね」 「無茶をおっしゃらないで下さい。いきなり言葉は変えられませんよ」 別の意味で動揺する和成を指差して、紗也が指摘する。 「もう、いきなり敬語だし」 「妙な設定なんか別にいいじゃないですか」 「ダメ。和成のタメ口聞きたいもん」 二人は言い争いながら城を出て正門へと向かった。 正門にたどり着くと門番が和成に挨拶をする。和成も挨拶を返して、門の横にある認証機に認証札をかざした。続いて紗也も札をかざすのを見て門番が問いかけた。 「紗也様もお出かけですか?」 「うん。ちょっとお忍び」 紗也はにっこり笑って和成を促す。 「行こう。”お兄ちゃん”」 それを聞いて門番は不思議そうに和成を見つめた。 「それでは、行ってまいります」 苦笑をこぼしながら和成は門番に会釈すると、紗也に続いて門をくぐった。 門を出た二人は城下町に向かって歩き始める。城から少し歩いたところで七、八歳の男の子が紗也に駆け寄ってきた。 男の子は紗也を見上げて問いかける。 「お姉ちゃん、お城の人?」 「そうよ」 少し腰をかがめて男の子を見つめながら紗也が答えると、男の子は四つに折り畳まれた紙を両手で紗也に差し出した。 「これ。殿様に渡して」 受け取った紙を、紗也は不思議そうに眺める。その隙に男の子は、走って城下町の方へ消えていった。 紗也は和成を振り返り、首を傾げて尋ねる。 「殿様って、私の事?」 「拝見します」 和成は厳しい表情で、紗也の持った紙を半ば奪うようにして受け取ると、広げて内容を確認した。 それは、新聞や雑誌の活字を切り抜き、貼り合わせて作られた脅迫状だった。 ”こどもの命がおしければ 西の関所のぞうきばやしにひとりでコい” 横から覗き込んだ紗也が大声を上げる。 「子供ってさっきの子――――?!」 「違うと思います。この手紙には不審な点が多すぎます。塔矢殿に相談しましょう」 そう言って和成は踵を返した。紗也も後に続いて、さっき出てきたばかりの門をくぐる。 「あれ? お早いお帰りで」 せわしげに認証札をかざし、物も言わずに早足で城内に向かう二人を、門番が不思議そうに見送った。 執務室へ戻ると部屋の鍵は掛かったままだった。和成は鍵を開けて紗也と共に部屋へ入る。 「少しお待ち下さい。塔矢殿を呼び出しますので」 そう言って和成は懐から電話を取り出し、専用回線で塔矢を呼び出した。 和成の言葉に返事もせず、紗也は眉間にしわを寄せ、落ち着かない様子で自分の髪先を弄んでいる。 少ししておもむろに、 「私、西の関所に行ってくる」 と言うと、部屋をかけ出して行こうとした。 「なりません!」 和成はあわてて電話を取り落とすと、とっさに紗也の腕を掴む。 腕を引かれ、その反動で紗也が背中から和成に倒れ込んできた。和成はそれを両手で受け止める。 「もう! 離して!」 無理矢理引き戻されてムッとした紗也が、和成の手を振りほどいて逃れようとした。和成は逃すまいと、両腕でつかまえる。 紗也をひとりで城外に出す事自体もっての外なのに、その上危険とわかっている場所に行かせるわけにはいかない。 「行ってはなりません!」 「なんで?! 子供が危ないんでしょ?! 助けなきゃ!」 なおも抵抗を続ける紗也を、和成は両腕の中に押さえ込む。 『和成?! 何があった?! 和成!』 首に下がった回線がつながったままの電話から、焦ったような塔矢の声が聞こえた。両手が塞がっているので、和成は大声で叫ぶ。 「塔矢殿ーっ! すぐ執務室に来てください!」 電話が切れた。塔矢がこちらに向かっているのだろう。それまではなんとしても紗也を引き止めなければならない。 「離してよ!」 「あなたが行く必要はございません! たまには私の言う事もお聞き下さい」 紗也は和成の腕の中でさらに暴れる。 「お願いです!」 そう言って紗也を押さえ込んだ腕に力を込めた時、和成の頭の中で何かが弾けたような気がした。 自分の腕の中に愛しい紗也を抱きしめていることに、和成は今更ながら気が付いたのだ。 紗也を危険の中に行かせて、そのまま会えなくなったらと思うと堪らなくなって、さらに強く抱きしめると絞り出すようにつぶやく。 「……俺は、あなたを失いたくない……」 和成の異変に気付いたのか、紗也がピタリと抵抗をやめた。 至福の時を噛みしめるように、そのまま紗也を抱きしめる。すると心の奥底から真っ黒な感情がわき上がってきた。 ――――コ・ワ・シ・テ・シ・マ・エ―――― それに気付かぬフリをして、愛おしげに髪に頬を寄せた時、紗也が掠れた声でつぶやいた。 「……わかったから……どこにも行かないから……離して」 その声で和成は、一気に現実へ引き戻された。 弾かれたように紗也から離れると、三歩下がって床に額を付け平伏する。 「申し訳ございません! とんだ御無礼をつかまつりました!」 紗也の返事はない。 恐る恐る顔を上げると、紗也は先程と同じ体勢で背中を向けたまま立ち尽くしていた。こちらからでは、その表情を伺い知ることはできない。 怒るでも、泣くでもなく、何の反応も返さない紗也にいたたまれなくなった。 和成は立ち上がり「失礼します」と一言言い残して、紗也の顔を見ないようにしながら、その横をすり抜け執務室から駆け出した。 部屋から出た途端、駆けつけて来た塔矢とぶつかりそうになる。 「和成! どこへ行く?! 何があったんだ?!」 わめく塔矢の声を背に、和成はそのまま自室へ向かって走り去った。 塔矢は眉間にしわを寄せて走り去る和成を少し見送った後、部屋の中に目を移す。 入口近くに紗也が呆然と立ち尽くしていた。 「紗也様、また和成とけんかでもなさったんですか?」 塔矢が問いかけると、紗也は糸が切れた操り人形のごとく、崩れるように床にひざをついて座り込んだ。 「紗也様! いかがなさいました?!」 塔矢はあわてて駆け寄る。 「和成と何かあったんですか?」 問いかける塔矢に、紗也は激しく首を振る。 「なんでもないの。和成は関係ないから」 あきらかに二人とも様子がおかしいのに関係ないはずがない。 塔矢は人を呼んで紗也を任せると、和成の部屋へ向かった。 |
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