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第3話 寒椿 |
1.雪祭りへの誘い 杉森国の冬は深い雪に閉ざされる。秋津島の内陸部に位置するため、他国よりも標高が高く、周辺の山岳地帯にぶつかった冷たい空気が雪を降らせるのだ。 雪に閉ざされる冬の間、杉森国は戦もなく、一年の内最も平和でのどかな時期となる。 雪道の歩き方もよく知らない平野部に住む他国軍にしてみれば、雪深い杉森国に攻め込むのは自殺行為に等しい。そのため、冬の間の停戦は暗黙の了解事項となっていた。 冬の最も雪深い時期に、杉森国では国の公式行事として雪祭りが行われる。 雪のために閉じこもりがちになる国民を活気づけるために国を挙げてのお祭り騒ぎをしようというのだ。 幸いこの時期、戦がないので戦時下にあっても途絶えることなく毎年執り行われてきた。 城下中央を貫く大通りを中心に、有り余る雪を使って作られた雪像が立ち並び、夜ともなれば色とりどりの灯りで照らし出され幻想的な雰囲気を醸し出す。 会場周辺の商店や露店では、猛吹雪にでも見舞われない限り、期間中夜遅くまで暖かい食べ物や飲み物が売られ、国中が昼夜を問わずお祭り騒ぎに沸き返る。それが一週間続くのだ。 冬の停戦期間中は軍人たちも国境の見回りくらいしかすることがないので、砦の警備部隊以外は道路の除雪や民家の屋根の雪下ろし等、奉仕活動の他、雪祭りの会場設営や雪像作りの手伝いなどで駆り出される。 元々、雪祭りの立案者が過去の君主だったので、祭りの費用の大半は君主の私財でまかなう事になっていた。 雪祭りを一週間後に控えた朝、和成は紗也に呼ばれて君主執務室へと赴いた。 部屋に入ったと同時に、一番奥にある机の向こうから紗也が笑顔で手を振る。 「和成、雪祭りに連れてって」 「雪祭りは一週間も先ですよ」 「だから今の内に予約しとくの。結局未だに城下に連れて行ってもらってないし、和成が誰かと約束する前に私が約束するの」 「雪祭りは一週間もあるんですよ。私も毎日誰かと出かけたりはしませんよ」 交友関係の狭い和成は、毎日違う誰かと出かけたとしても、日の方が余ってしまうだろう。 ため息をつく和成を、紗也は椅子の背にもたれて指差す。 「甘いわね。女官たちの間で不穏な動きがあるのよ」 「不穏って、また大げさな……。今度はなんの競争ですか?」 和成が苦笑すると、紗也は机を叩いた。 「競争だったら私も放っとくわよ。雪祭りで灯りの行進を和成と一緒に見ようという計画があるのよ。だから先手を打っとくの。行進のある初日と最終日は終日私が予約ね」 「終日ですか?! 私の一存では……」 そう言いながら和成は、助けを求めるように塔矢の方を見る。すると紗也は皆まで言わせず答えた。 「塔矢はいいって言ったわよ」 それを聞いて和成は、呆れたように塔矢を見つめる。 「相変わらず紗也様には甘いんですね。終日、私自身と紗也様と二人分の用心をしなきゃならない私の身にもなってくださいよ」 「何を言ってる。それがおまえの仕事だろう」 和成の世迷い言など、塔矢は相手にしない。 「わかってますけど……」 納得は出来ないものの、この 「じゃ、そういう事でよろしく」 紗也は和成に向かって軽く手を挙げる。その脳天気な笑顔を見ていると、完敗を認めるのがシャクな気がして少し抵抗してみたくなった。 「紗也様。立場を利用して先手を打つというのは、少し意地悪ですよね」 途端に紗也は不機嫌を露わにする。 「だって、女官たちが和成の心を揺さぶる手紙を鋭意制作中って言ってたし、慎平をどこで捕まえるか相談までしてたのよ。万が一揺さぶられちゃったら、私が雪祭りに行けなくなるじゃない」 和成は大きくため息をついた。 「揺さぶられませんよ。それに、慎平には手紙を受け取らないように言ってあります。慎平以外にも頼まれた人はいましたけどね」 和成が佐矢子の手紙を受け取った事が知れ渡って、最近勇気を出す女の子が増えてきたのだ。 「俺も頼まれたぞ」 横から塔矢が口を挟んだ。 「塔矢殿もですか?」 「自分で渡せって返したけどな。あいつはニブイから俺が渡したら俺からの手紙だと勘違いするぞって言ってやった」 おもしろそうにニヤニヤ笑う塔矢を見て、和成は脱力する。 「いくらニブくても、そんな勘違いしませんよ。とにかく、本人が直接手渡したものでなければ受け取りませんと言って全部返してます」 「じゃあ、直接手渡されたらどうするの?」 「お断りするつもりですが、今まで直接渡しに来た人はいません」 「えーっ? どうして? せっかく書いたんだから渡せばいいのに」 不思議そうに目を見張る紗也を、和成は腕を組んで見下ろした。 「甘いですね。私からは”近寄るな光線”が出てるんですよ。近寄るにはかなりの勇気がいるそうです」 紗也は呆れたように、冷めた目で和成を見る。 「その光線、最近威力が弱まってるみたいよ」 「え?」 「だって、女官たちが最近の和成は親しみやすくなったって言ってたもん」 「えぇ?!」 紗也の言葉に、和成は思いきり動揺する。 「笑ってタメ口きいてるとこを見られたりするからじゃないの?」 「見られた時は右近と一緒だったんですよ。右近とは昔から笑ってタメ口きいてますし」 和成がうろたえながら言い訳をしていると、再び塔矢が横から口を挟んだ。 「俺も似たような事を聞いたぞ。おまえが以前に比べて人当たりが機械的じゃなくなったって」 「えぇ?! 別に何か変わったつもりありませんけど?!」 すっかり混乱して頭をかかえる和成を見て、塔矢は少し笑みを浮かべる。 「人形から人間に近付いてるって事じゃないか?」 「よくわかりませんけど、そうなんですか?」 和成が塔矢と視線を交わしていると、紗也が苛々したように机を叩いた。 「もう! また男同士の話してる! とにかくこれ以上女官たちに和成の秘密を知られたくないのよ。だから、雪祭りの和成は私が独占するの!」 それを聞いて、塔矢が不思議そうに尋ねる。 「おまえの秘密ってなんだ?」 苦笑しながら和成は答えた。 「笑顔やタメ口だそうです」 「そういうのも秘密になるなら、俺はおまえの秘密で一冊本が書けるぞ」 声を上げて笑う塔矢に、紗也が笑顔でねだる。 「塔矢、今度こっそり教えて」 「教えないで下さい」 塔矢が返事をする前に和成が遮った。特に初陣の時の話など絶対に知られたくない。 「ケチーッ! じゃあ、和成が教えてよ」 「お断りいたします。紗也様の秘密を教えていただけるなら、お教えしますが?」 和成がそう言うと、紗也は不思議そうに問い返した。 「私の秘密って何?」 「え……あの……」 思いもよらない反撃に、和成は言い淀む。 聞いてみたい事は三つあった。毎夜のように訪れて何を確かめていたのか。そして、紗也を抱きしめた夜いったい何を確かめていたのか。紗也の想像と違っていたという感覚とは何なのか。 だが、それを今ここで問い質すと紗也との約束を破る事となり、同時に塔矢に殴られる。 和成は大きくため息をついて、 「……それでは、私は道路の除雪作業がありますので、これで失礼いたします」 と、何食わぬ顔で一礼し、紗也に背を向けた。 「あーっ。ごまかしたー」 紗也が背中に向かって指摘する。それを無視して和成が執務室を出ようとした時、塔矢が声をかけた。 何か感付かれたのかと、思わず和成の心臓は跳ね上がる。 努めて平静を装いつつ振り返る和成に、塔矢は淡々と告げる。 「昼一に軍議だからな。忘れるなよ」 和成は戸口で一礼し、執務室を後にした。 部屋を出た後、紗也の態度を思い出して思わずため息をつく。 紗也は和成が女の子から手紙をもらう事を特段気にしていない様子だった。 元々、自分の想いが一方通行である事をわかってはいるが、全く気にしてもらえないというのもなんだか寂しい。 紗也が和成を独占したがるのは、お気に入りのおもちゃを取られたくないという子供の心理と同じなのだろう。それもわかってはいるが、自分が塔矢とは別格のような気がしてちょっと嬉しい。 紗也の言動に一喜一憂してしまうのは我ながらバカバカしいとは思うものの、ついつい気にしてしまう。 (結局、振り回されてるよなぁ) 和成は再びため息をついて、軍手に手を突っ込みながら除雪作業へと向かった。 |
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