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3.



 翌朝、君主執務室には恒例の和成の怒号が響き渡った。
「紗也様――っ!」
 部屋の戸を勢いよく開け放って現れた和成に塔矢は呑気に問いかける。
「なんだ。今日も来たのか?」
 和成は塔矢の前を黙って素通りし、紗也の机に両手を叩きつけて頭の上から怒鳴りつけた。
「敵に塩を送るようなマネをなさるとは、どういうおつもりですか?!」
 紗也は両手で耳を塞ぎ、机に頬を付けて伏す。
 常にない和成の怒り様に、塔矢は思わず立ち上がって声を荒げた。
「和成! わきまえろ!」
 いつもならすぐに紗也に頭を下げる和成が、今日は険しい表情のまま黙って塔矢を見返す。塔矢は軽く目を閉じて一息つくと椅子に座り直した。
「説明しろ」
「あの記事の情報提供者は紗也様です。お灸を据えて下さい」
 執務室に沈黙が流れる。少しして紗也が机に伏したまま嗚咽を漏らした。その声で和成は、頭に上っていた血が一気に下がっていく。
 紗也はこれまで、和成に怒鳴られて泣いた事は一度もない。
 塔矢はため息をついて静かに言う。
「おまえに怒鳴られて泣くほど怖かったんだ。俺がお灸を据えるまでもないだろう」
 紗也の机から一歩退いて、和成は頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。ですが、ひとつお聞かせ下さい」
 紗也が鼻をすすりながら顔を上げる。
「どうして、あの記事の投稿者に情報を提供なさったのですか? 私の情報は軍事機密だという事はおわかりでしょう?」
「だってあの記事、全然違ってたし。うちの部隊情報は知れ渡ってるから隠しておく事はないって和成言ってたし」
 和成は目を伏せて思わずため息をついた。
「……そういえば、そんな事を申しましたね」
 先の戦の時、紗也に部隊情報が敵に知られてもいいのかと聞かれ、元々知られているからかまわないと答えたのを紗也は覚えていたようだ。
 確かに杉森軍の部隊長の顔や名前は前線にいつもいるので知れ渡っている。しかし、和成は別だ。
 存在こそ知れ渡っているが、名前や顔は知られていなかったのだ。それを紗也に知らせてなかったのは和成の落ち度だ。
 軍事機密を外部に提供すること自体、論外な行為であるとはいえ、今回の事態はある意味自業自得と言えない事もない。
「確かに隠してはおりませんが、わざわざ秋津全土に知らせる必要もございません。今後は、城内や軍の情報を外部に提供するのはお控え下さい」
 和成はそう言って、再び頭を下げた。
 顔を上げた和成を、紗也が上目遣いに見上げて問いかける。
「私のこと、嫌いになった?」
 和成は少しの間紗也を見つめ返した後、顔を背けてつぶやいた。
「嫌いになれるのなら、とっくになってますよ」
 背けた視線の先で塔矢がクスクス笑っている。再び紗也に視線を戻すと、紗也は首をすくめて、はにかんだような笑顔を見せた。
「笑い事じゃありません。少しは反省なさって下さい」
 二人に笑われて居心地が悪くなってきたので和成は執務室を後にした。



 昼食後、和成が自室に戻ろうとしているところへ、前方から怒ったような顔をした紗也がものすごい勢いで駆け寄ってきた。
 目の前で急停止すると和成を見上げて怒鳴る。
「和成! 女官たちの前で笑ったって本当なの?!」
「笑ったのではなく、笑ったところを偶然見られただけです」
「もう! なんで?! せっかく私だけが知ってる和成の秘密だったのに!」
 和成はため息と共にガックリ肩を落とした。
「そんな事で怒られても困ります。第一それって秘密でもなんでもありませんし」
 そこへ後ろから慎平が声をかけてきた。紗也を見て一礼をする。
 和成がこれ幸いと慎平に同意を求めた。
「なぁ、慎平。俺の笑顔って別に珍しくないよな」
「そうですね。別に珍しくは……」
「そういう事です」
 和成がそう言うと、紗也は慎平を睨む。
「慎平、ずるい」
「え? 申し訳ありません」
 紗也に睨まれ、慎平は理由もわからないままとりあえず謝った。紗也は次に和成を睨む。
「和成もずるい。どうして私には怒った顔ばっかりなの?」
「あなたが怒らせるからです。あなたがご自身のお立場をしっかりと自覚なさって責務を全うしていただけるなら、私も笑顔で接する事ができるはずです。どうかご理解ください」
 頭を下げる和成に、紗也は頬をふくらませた。
「ムカつくーっ! もう、知らない!」
 苛々した口調でそう言うと、慎平の横をすり抜け、執務室へと立ち去った。
 慎平は呆気にとられてその後ろ姿を見送った後、和成に尋ねる。
「話には聞いてましたけど、本当に紗也様を毎日怒鳴ってるんですか?」
「最近は毎日じゃないけどな。何か用があったんじゃないのか?」
「ああ、例の記事の投稿領域ですけど、隊長に言われて定期的に確認してるんですが、ついさっきまた怪しい投稿がありました。軍事に関わる事じゃないので今のところ放置してるんですけど削除依頼しますか?」
 慎平は懐から記事の写しを取りだし、和成に渡した。記事を見た和成は俯いて拳を握りしめる。


”天才美少年軍師は城内の女の子にモテモテ!!”


 和成は顔を上げると、記事の写しをクシャクシャに握りしめて叫んだ。
「あのヤローッ! 今度会ったら、ぜってーたたっ斬る!」



(完)




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