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2. その日の夕方、和成は城下の繁華街に立っていた。右近が久しぶりに城下に帰ってくるので一緒に飲みに行く約束をしたのだ。 程なくやって来た右近が、目ざとく和成の腰の刀を指摘する。 「おまえ、飲みに行くのに刀はいらねーだろ」 「俺もそう思う。けど、ふざけた記事のせいで丸腰禁止令が出てんだ」 「ああ、あの金髪美少年か」 右近が笑って和成を指差した。 「それはもう古い。見ろ」 和成は今朝塔矢に見せた写真入りの記事の写しを右近に突きつける。右近は記事を凝視して、塔矢同様感嘆の声を上げた。 「うわっ! 似てんなー。合成?」 そう言って記事を和成の顔の横に並べてみる。 「あ、でもこの記事……」 「なんだ?」 「びっくり記号が多すぎないか?」 和成はガックリと肩を落とした。 「そんな事どうだっていいだろう。塔矢殿と同じとこに食いつくなよ」 「この記事まだ晒されてんの?」 「もう削除されてる。今朝の三時間限定の特報だ」 「え――っ?! 見たかったな――」 そう言って右近は、残念そうに頭をかかえる。 「今見てんだろ」 「それで敵の目に触れてたらヤバイから丸腰禁止なのか」 「そういう事。実際、襲われた事あるしな」 「有名人はツライな――っ」 右近がおもしろしそうに笑った。 「他人事のように笑ってるけど、今襲われたらおまえも、とばっちり喰らうんだぞ」 「え?」 右近は一瞬絶句した後、しなを作って和成の腕にすがりつく。 「護衛の和成様が守ってくれるんでしょ?」 「おまえの護衛になった覚えはない」 和成が振りほどくと、右近は再びすがりつく。 「いや〜ん。イケズ」 「気持ち悪いから、いい加減やめろよ」 そう言うと、右近は和成から離れて問いかけた。 「で、どこ行く?」 「前に慎平と三人で行ったとこ」 二人は居酒屋に向かって歩き出す。 店の前まで来ると、入り口前で突然和成が立ち止まった。 「何やってんだ? 早く入れよ」 右近が後ろから覗き込むと、和成は入り口の戸に貼られた紙を見て固まっている。紙にはこう書かれていた。 ”天才美少年軍師 御用達の店” 右近は和成の背中を叩きながら大声で笑った。 和成はため息と共に戸を開け店に入る。すかさず奥から威勢のいい声が出迎えてくれた。店の主人が和成に気付いて、親しげに笑いながらやってくる。 「いらっしゃい、和成さん。久しぶりですね」 「ご主人、表の張り紙は何なんですか。”御用達”って、俺、今日で二回目ですけど?」 「固い事言わないで下さいよ。和成さんと私の仲じゃないですか」 そう言って笑いながら、店主は和成の背中をバシバシ叩いた。 いつから、どういう仲なのか教えてもらいたいものである。商売人は調子がいい。 「もしかして今朝の記事を見たんですか?」 和成が問いかけると、店主は笑顔で答える。 「ええ。あんたが話題の人とは知らなかったよ。一杯奢らせてもらうから今後もごひいきにお願いしますよ」 そう言って店の奥へ引っ込んだ。 二人で席に着くと、右近が不思議そうに尋ねる。 「なんで、おまえの名前知ってんだ?」 「前に来た時、身分証明書見せたじゃないか。それと今朝の記事だろ」 和成は見た目が未成年に見えるので、飲食店で酒を注文すると十中八九、年齢確認のため身分証明書の提示を求められる。夜に繁華街をうろついているだけで警察に職務質問を受ける事もよくある。それが面倒で不愉快なので出不精の引きこもりになったのかもしれない。 店主の奢りの酒と注文した料理が机に並び、乾杯すると右近が和成に問いかけた。 「で? その後どう? 告ったんだろ?」 「けど、ふられたんだよ」 「ふられた?」 右近が意外そうに目を見開く。 「気に入られてるように見えたけどな。好きじゃないって言われたのか?」 「好きだって言われてる。何度も」 酒を飲みながら淡々と答える和成を、右近は呆れたように見つめた。 「それのどこがふられてるんだよ」 「あの方は塔矢殿も好きなんだ」 「え? 恋多き女?」 右近が眉をひそめる。 「そうじゃない。俺を好きな気持ちと塔矢殿を好きな気持ちの違いがわからないらしい。だから、俺を好きな気持ちは恋じゃないと思うって言われたんだ」 「なんか微妙だなぁ、それ。んで、それ以来素っ気ないとか?」 「素っ気ないならいいんだけど……」 和成が口ごもると、右近が何かを察して目を輝かせた。 「お? 何かあったな?」 「何もねーよ。ってか、あったらまずいだろ」 素っ気ないどころか、変わらず紗也は無邪気で無防備だと言いたかったのだが、右近には何かを感付かれてしまったらしい。紗也を抱きしめた夜を思い出して、和成は思わずうろたえた。 何か言わない事には右近が引き下がってくれそうにないので、毎晩のように紗也が和成の部屋の前にやって来るのを塔矢に注意してもらった事を話した。 話し終わって黙って酒を飲みながらチラリと右近を見ると、ニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。 「ふーん。ま、いっか。二人だけの秘密よってとこ?」 「勝手に言ってろ」 和成が顔を背けた時、斜め後ろの席から女の子の甲高い笑い声が響き渡った。思わず右近と共にそちらに目を向ける。 こちらに背を向けて男がひとり座り、目の前に座った三人の女の子になにやら力説している。 「にぎやかだな」 和成がそう言うと、右近が机に頬杖をついて、ふてくされたように言う。 「ほんと。ひとりで三人も女いらねーだろ。二人こっちに回せっての」 「何の話だよ」 和成が呆れたように右近に向き直った時、男がひときわ大きな声でわめいた。 「本当だって! あの記事書いたの俺なんだよ!」 和成は右近と顔を見合わせて聞き耳を立てる。 「今朝、もっと詳しい記事を投稿したのにソッコー消されちまったんだ。実名載せたのがまずかったかな。ねぇ、三津多和成って知らない?」 それを聞いて女の子たちはクスクス笑っている。 どうやらこの男が例の記事の投稿者に間違いなさそうだ。 和成は刀を持って立ち上がり、男の背後に立って肩を叩いた。 「あんたが天才美少年軍師の記事書いたの?」 「そうだけど、誰?」 男が訝しげな表情で和成を振り返る。 和成は笑って男を見下ろした。 「俺の顔に見覚えない?」 男は少しの間、和成の顔を凝視した後、これ以上ないというくらい目を見開く。 「あ……! まさか、本人?!」 男が立ち上がろうとして腰を浮かせた途端、三人の女の子が和成を指差して悲鳴のような歓声を上げた。和成は思わず目を閉じて顔を背ける。三人の女の子は口々に和成に問いかけた。 「さっき笑いましたよね」 「和成様、笑いましたよね」 「笑いましたよね」 和成は片手で顔を覆うと大きくため息をつく。まさか城外で出会うとは思ってもみなかった。 「城の女官の方ですか?」 和成の問いかけなど彼女たちの耳には届いていない。すでに誰が一番だったかでもめている。 和成が女官たちに気を取られている隙を突いて、男が席を立って逃げ出した。 「逃がすな、右近!」 「おう!」 右近が立ち上がって男の進路を塞ぐ。男は立ち止まって後ろを振り返った。すぐに駆け寄った和成が男の腕をとらえる。 「ちょっと話聞かせてもらいたいんだけど。返答次第じゃ、たたっ斬るよ」 和成は笑ってそう言うと、男の目の前に刀を差し出し、親指の先で鯉口を切って見せた。 もちろん民間人を斬るつもりなど毛頭ない。――が、脅しとしては充分効いたみたいで、男は泣きそうな顔で叫んだ。 「わかった! 何でも話すから!」 騒ぎを聞きつけた店主が店の奥から声をかける。 「和成さーん。店の中で 「お騒がせしてすみません。ちょっと外で話してきます。すぐ戻りますので」 そう断って、和成は右近と共に男を連れて店の外へと出て行った。 外に出ると店の壁際に置かれた長椅子の真ん中に男を座らせる。逃げられないように男を挟んでその両脇に右近と和成が座り、男と腕を組んだ。男は緊張した面持ちで和成を見つめている。 右近が面白そうに笑いながら、男の顔を覗き込んだ。 「こいつの御用達の店に現れるなんて、あんたいい度胸してんなぁ」 男は気まずそうに少し右近を見た後、すぐに和成に視線を戻した。和成は笑顔で静かに男を見つめる。その妙に穏やかな様子が後ろめたい事のある男にしてみれば、よけいに凄みを増して見えた。 「俺、あの記事のせいで迷惑してんだけど。そもそもなんで俺の事記事にしたわけ?」 和成が問いかけると、男はおどおどした様子で和成の顔色を窺いながら答える。 「杉森の軍師について嗅ぎ回ってる奴がいたんだ。ちょうど飲み屋で城に勤めてるって女の子から、城にいるかわいい男の子が軍師なんだって話を聞いてたから記事にしたらうけると思って」 「それが金髪美少年か」 軍師について嗅ぎ回っていたのは、先日捕らえた間者かもしれない。 「で、今朝の記事だけど情報提供者は誰?」 「それは言えない」 顔を背ける男の目の前で、和成は再び鯉口を切った。 「ってか、知らないんだ!」 刀を見つめて、男は焦ったように大声でわめく。 「どういう事?」 「電信で似顔絵と情報が送られてきたから、相手の事は何も知らない」 「そう。じゃあ、そいつの電信の宛先教えて」 「え? でも、それじゃ相手に迷惑かかるし……」 男はうろたえるように目を泳がせた。 和成は組んだ腕を乱暴に引き寄せ、顔を近づけて睨みつける。 「ふざけんな! 俺の情報は秋津全土の不特定多数にバラまいたくせに! 非常識な事しときながら今さら常識ぶった事言ってんじゃねーよ!」 和成の剣幕に気圧されている男の肩を右近が軽く叩いた。 「素直に吐いとけ。こいつの剣の腕知ってんだろ?」 「上級者って事くらいは……」 右近はニヤリと笑い、男に耳打ちする。 「まあ、たたっ斬られても痛いと思う間もなくあの世に行ってるし」 右近を見つめたまま、男は硬直した。おもしろそうに笑いながら、右近はさらにもう一押しする。 「もっとも、今は少し酔ってるし、手許狂ったらちょっと痛いかもな」 「わかった! 教えるよ! 教えるからもう勘弁してくれよ」 男は泣きそうな顔をして項垂れた。それを見て和成と右近は、顔を見合わせて笑う。 二人が拘束していた腕を離すと、男は懐から手帳を取り出し、そこに書かれた電信の宛先を書き写して和成に渡した。和成と右近は同時にそれを覗き込む。 右近が不思議そうに首をかしげた。 「これって、城内じゃないか?」 和成にはその宛先に心当たりがあった。 |
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