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幕間2 「特報!!」

1.



 杉森国に初霜が降りた朝、君主執務室には久々に和成の大声が響き渡った。
「塔矢殿――っ!」
 部屋の戸を勢いよく開け放って現れた和成に、塔矢と紗也は同時に注目する。すぐに塔矢が冷めた調子で問いかけた。
「怒鳴り込む相手を間違えてないか?」
「ちょっとぉ! どういう意味よ。私だって怒鳴られる心当たりないわよ」
 すかさず紗也が反論する。
「間違いではありません。軍事に関わることで塔矢殿に内密にお話があります」
 和成がそう言うと塔矢はため息と共に席を立った。
「だったら、もう少し静かに来い」
 塔矢は紗也に一言断りを入れて、和成と共に執務室を出た。廊下で立ち話というわけにもいかないので経理の会議室に向かう。会議机に二人で向かい合わせに座ると塔矢が問いかけた。
「で? なんだ?」
「以前、城内で話題になってたふざけた三面記事があったじゃないですか」
「ああ、金髪の天才美少年軍師か」
「あれが今朝更新されてたんです。見て下さい」
 和成は懐から紙を取り出し、塔矢の前に広げた。写真は相変わらず合成だが、髪の色、長さ、目の色、表情が変わっている。
 風になびくほど長い、くせ毛の金髪碧眼から、肩に届くか届かないかの直毛で明るい栗色の髪、栗色の瞳へ。
 一番変わっているのはその表情だ。金髪美少年は眩しいほどの輝く笑顔だったのに対して、栗色の髪の少年はおすまし顔になっている。
 塔矢は差し出された紙を手に取ると、思わず感嘆の声を上げた。
「これはまた……。よく似てるな」
「問題なのは、その下の記事の方です」
 和成が指差した記事にはこう書かれていた。


”杉森国天才美少年軍師、続報! なんと! 名前が判明!! 三津多和成! 実は見た目は少年だが青年だった! 軍師なので頭が切れるのは当然ながら、剣の腕も上級者! 写真は合成だが本人を知る人物からの情報提供により、かなり本物に近いはず!!”


 記事に目を通した後、塔矢がつぶやいた。
「感嘆符が多すぎないか?」
「そんな事はどうだっていいんです! 私を知る人物って誰なんですか?!」
 和成が机を叩くと、塔矢は顔をしかめる。
「俺じゃないぞ」
「わかってますよ。そんな事」
 その記事を最初に見つけたのは慎平だ。内容が内容なので情報処理部隊長に報告したところ、隊長が記事の配信元に記事の削除依頼と問い合わせを行った。
 問い合わせの結果、情報の出所は結局わからなかった。――というのも、記事を書いたのは配信元の関係者ではなく、一般の閲覧者だったのだ。
 配信元は元々、新聞や雑誌を扱う出版社で、記事の表示されていた領域は一般閲覧者が自由に記事を投稿できるように遊びで設けられた領域だった。もちろん定期的に内容は確認されて、問題のある記事は削除されるようになっている。情報処理部隊長が問い合わせた時には、件の記事もすでに削除されていた。
 記事がどこで書き込まれたかはある程度追跡できるが、誰が書き込んだのか個人の特定は難しい。
「前回は女官の噂話でも聞いた誰かの仕業だろうと思ってましたけど、今回はちょっと違うような気がします。考えたくはないんですけど……」
 和成が言い淀むと、塔矢がその後を受けて言う。
「城内に敵の間者か、或いはその内通者がいるってことか?」
「可能性はあります。電話では無理なので、今、情報処理部隊長が直接配信元の出版社に出向いて調査中です。あと、情報処理部隊に特別班が結成されて、城内の情報収集と聞き込みに当たっています」
「話がでかくなってきたな」
 そう言って塔矢は、腕を組んでうなった。
「問題は、この記事が敵の目に触れたかどうかだ」
「何とも言えません」
 和成はため息と共に詳細を説明する。
 配信元は三時間ごとに記事の内容を確認しているらしい。慎平が記事を目にしたのが午前八時五十分、隊長が問い合わせの電話をしたのが九時ちょうどだったので、その直前に記事が削除されたというから、最長で朝の六時から表示されていたことになる。早朝なので広域情報通信網の閲覧者自体それほど多くはないと思われるが、敵の目に触れてないとは言い切れない。
「面が割れてしまえば標的がはっきりしてるから、おまえ今度は間者どころか刺客に命を狙われるかもな」
 そう言って塔矢はニヤリと笑う。和成は机の上にひじをついて頭をかかえた。
「笑い事じゃありませんよ。なんか塔矢殿おもしろがってませんか?」
「おまえが深刻に考え過ぎなんだ。相変わらず自分の事になると視野が狭くなるな」
「だって、護衛の私が命を狙われてたんじゃ、ご一緒すると紗也様に危害が及ぶ恐れがあるじゃないですか」
 塔矢はひとつ嘆息する。
「そっちを心配してたのか」
 おもむろに顔を上げて、和成は塔矢に尋ねた。
「これって護衛解任の理由になりませんか?」
「まだ諦めてなかったのか。そんなもん却下だ、却下!」
「どうしてですか? 私より腕の立つ先輩はいくらでもいるじゃないですか」
「おまえ以上に紗也様のわがままをうまくあしらえる奴がいないからだ」
 それを聞いて、和成は再び頭をかかえる。
「あしらえてませんよ。ちっとも言う事聞いてくれないし」
 塔矢は椅子の背にもたれて腕を組んだ。
「護衛の件は置いといて根本原因の記事について少し冷静になって考えろ。俺は記事の投稿者は前回同様おもしろ半分の民間人だと思うぞ」
 顔を上げた和成は、黙って塔矢を見つめる。
「考えてもみろ。敵の間者だったら、わざわざ秋津全土に情報を知らせる事に何の意味がある。こっそり自国に情報を持ち帰った方が有意義だろう。投稿者が民間人だとすると、そいつに情報を提供した人間も敵の間者である可能性は極めて低い。間者が民間人に情報を提供しても意味がないからな。今回の一件で問題なのはあの記事が敵の目に触れたかどうかだけだ」
「そう言われれば、そうですね」
「案外また女官の噂話が元かもしれないな」
 そう言って笑う塔矢に、和成はため息をついて否定した。
「女官じゃないと思いますよ。彼女たちは私の剣の腕なんか知りませんし、興味もないと思います」
「なぜそう言えるんだ」
 和成は顔をしかめて目をそらす。
「だって、彼女たちの間で今流行ってることっていったら……」
「なんだ?」
 塔矢が身を乗り出して先を促した。和成は横目で塔矢を見ながら嫌々口を開く。
「……誰が一番に私の笑顔を見るか競争してるそうです」
 案の定、塔矢は大声で笑った。
「笑い事じゃありませんよ。別に意識して笑わないようにしてるわけじゃないのに、そんな事聞いたら、うかつに笑えないじゃないですか」
 このところ、和成は城内で雑談をする相手が増えてきたため、以前に比べて笑うようになってはいた。
 ところが女官たちは紗也の身の回りの世話が主な仕事なので紗也の周りにいる事が多い。紗也の側にやってくる和成は怒鳴り込んでくる事が多いので大概不機嫌顔だ。
 最近は技術局にこもりっきりで紗也の側に来る事も稀なので、女官たちの間では相変わらず和成の笑顔は幻となっている。
 塔矢が笑いながら提案した。
「女官たちを全員集めて笑って見せたらとうだ?」
「茶化さないで下さい。どっちにしろ、投稿者や情報提供者が敵の間者じゃないとしても、私の身が危険に晒されてるかも知れない事実は変わらないんですよね」
「そうだな。調査の結果、城内に情報提供者がいたら俺がお灸を据えてやろう。おまえは引き続き用心してろ」
「わかりました」
 和成はため息と共に席を立つ。
「戦でもないのに刀を持ち歩くの嫌いなんですよね。座る時邪魔になるし」
 塔矢と共に会議室を出ながら和成がぼやくと、その後頭部を塔矢が軽く小突いた。
「軍人が刀を嫌がるな」
「すみません」
 そう言って少し首をすくめると、和成は塔矢と別れて技術局へと帰って行った。




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