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2.前触れ



 昼一に予定通り軍議は始まった。冬のこの時期、議題に上るのはおよそ軍事とは関わりのなさそうなものばかりである。
 除雪作業の分担や雪祭り期間中帰省する砦警備兵の交替要員の確保等々。一番大きな議題は雪祭りに城が出品する雪像の案だったりする。
 会議の席に着いた和成は右斜め前に座る紗也をもの言いたげにまじまじと見つめた。
 視線に気付いた紗也がケンカ腰に問いかける。
「何?」
「どうして軍議にあなたが参加していらっしゃるんですか?」
「雪祭りの事話し合うんでしょ? 私がお金出してるんだから運営にも参加したいのよ。悪い?」
「いいえ」
 和成が口をつぐむと軍議は始まった。
 除雪作業の分担、城下の雪像作りの補助要員、砦の交替要員と滞りなく決定し、議題は城の出品する雪像の案へと移る。
 今回の議長は第二部隊隊長の里村秋月(さとむらあきづき)が務めていた。
「雪像についてですが、事前に城内の官吏職員と軍の関係者に案を募りました。集計結果が昨日まとまりまして……」
 そこで一旦言葉を切り、秋月は言いにくそうにチラリと和成に視線を送る。そして気まずそうに言葉を続けた。
「圧倒的多数で”天才美少年軍師”。次点が”城の縮小模型”です」
 未だに例の記事が人々の脳裏に焼き付いているらしい。
 紗也が楽しそうに笑顔で手を打った。
「それいい! 私も作るの手伝いたい!」
「私は反対です。これ以上晒し者になるのは勘弁していただきたいです」
 即座に反対する和成を、紗也が不服そうに睨む。
「なんでよ。”天才美少年軍師”の像であって、和成の像じゃないでしょ?」
「”天才美少年軍師”は三津多和成であると秋津全土に知れ渡ってるんですよ。”天才美少年軍師”といえば、知ってる人は私を思い浮かべるんです」
「金髪の方にすればいいじゃない」
「よけいにイヤです。”天才美少年軍師”が三津多和成であると認識されている以上、肖像権は私にあります。私の承諾なしに使用すると法に訴えますよ」
「も〜ぉ! 難しい屁理屈言われてもわかんない!」
「屁理屈ではなく理屈です。”天才美少年軍師”って私に何度も言わせないで下さい」
 二人の間に挟まれて座った塔矢は、腕を組んで椅子の背にもたれ、いつもの展開に口を出す気にもなれず静観していた。
 ふと周りを見回して、二人の口げんかを見慣れていない部隊長たちが、君主に臆することなく物申す和成をハラハラしながら見つめている事に気付く。
「和成、控えろ。俺は見慣れてるからいいが、皆の心臓に悪い」
 塔矢に言われて和成は改めて周りを見回し、不安げな目で注目を浴びている事に気づき俯いた。
「すみません。つい……」
 二人の口げんかが収まったのを見届けて、秋月が採決を取る。
「では、和成殿に配慮して、次点の”城の縮小模型”でいいですね」
 誰も異議を唱えないので雪像案は決定した。
 唯一紗也が不満げに頬をふくらませる。だがすぐに隣の秋月へ笑顔を向けた。
「ま、いっか。城の模型でも。作るの楽しそう。やっぱり私も手伝うね」
 秋月は困惑した表情で「恐縮です」と答え、軍議を進める。
 最後に意見や報告がないか、秋月が尋ねると、情報処理部隊長が手を挙げた。
「西方砦の警備部隊から、最近国境付近で浜崎の兵を何度か見かけたという報告が入っています。特にこちらの様子を窺っているとか、不審な行動は見られませんが一応浜崎との国境の見回りを強化してはどうかと思います」
 それを聞いて塔矢と和成は顔を見合わせる。
「塔矢殿、浜崎ってこの間の間者の……」
「あぁ。おまえの苦手な女軍師のとこだ」
 塔矢がニヤリと笑うと、和成はうろたえた。
「な、何か裏があるんでしょうか?」
「さあな。雪を踏んでみたかっただけかもしれないし。向こうじゃ、うちとの国境付近まで来ないと雪はないらしいからな」
 冬のこの時期、何か動きがあるとは考えにくいが、一応用心のため各部隊持ち回りで見回りを強化する事として散会となった。





 翌日の午後、除雪作業へ向かおうとする和成を塔矢が呼び止めた。紗也が雪像作りを手伝いたいと言うので、雪像作り担当の塔矢と作業を交替してくれと言う。
「塔矢殿が一緒なら、わざわざ私と交替しなくても大丈夫じゃないですか」
 和成がそう言うと、塔矢は不愉快そうに顔をしかめた。
「おまえをご指名なんだ。四の五の言わずに交替しろ」
 そのふてくされたような態度がおかしくて和成は思わずクスリと笑う。
「まるで恋人に娘を取られた父親みたいですね」
 和成の言葉に塔矢は益々不機嫌な顔になる。
「誰が恋人だ。おまえ俺の知らない間に紗也様と何か進展があったんじゃないだろうな?」
 勘繰る塔矢に少しドキリとしながらも、和成は大きくため息をついた。
「たとえ話じゃないですか。絡まないで下さい。交替するのはかまいませんけど、今日私は雪下ろし担当です。キツイですよ」
「年寄り扱いするな」
 塔矢は和成の額をペチッと叩いて、そのまま除雪作業へと向かった。
 塔矢を見送った後、和成は執務室へ紗也を迎えに行く。
 部屋の戸を開けると、頭の後ろで髪を一つに束ね、着ぶくれてダルマのように丸くなった紗也が笑顔で駆け寄ってきた。和成の姿を見て不思議そうに尋ねる。
「どうしてそんなに薄着なの?」
「あなたが着込みすぎなんですよ」
「だって塔矢が風邪をひかないようにしっかり着込んで行けって言うから」
「そんなに着込んでたら、少し動いただけで汗をかきます。かえってお風邪を召しますよ」
 和成は額に手を当て、ため息をつく。
「塔矢殿の過保護には困ったものです。紗也様に対してこれだと、実の娘さんにはどれだけ過保護な事か思いやられますよ」
 和成が肩を落とすと、紗也が横から指差した。
「塔矢に娘の話振らない方がいいわよ。もう、見てられないくらいデレデレなんだから」
「それはかえって見てみたい気もしますね。私には想像も付きませんし」
「そういえば塔矢って、和成と同じ年にはもう子供がいたのよね? じゃあ、結婚したのはもっと前なんだ」
 紗也が着ぶくれた上着を脱ぎながら尋ねた。
「そうですね。確か、二十五歳の時だと聞いてます」
 更にもう一枚脱ぎながら紗也は尋ねる。
「和成は? どうして今まで結婚しなかったの?」
「別にまだ結婚を焦る年でもありませんし。今までは結婚よりも他の事に興味が向いていただけです」
「じゃあ、今は?」
 和成はほんの少しの間、黙って紗也を見つめた。
 紗也は何を思ってそんな事を聞くのだろう。多分、話の流れでふと聞いてみたくなっただけで何も思ってはいないのだろうけど。
 紗也が君主でなければ、きっと想いに気付いた時点で数年後の結婚を意識していたかもしれない。だが、現実は考えるだけ無駄な事だ。
「……結婚して家族が出来ると、守るべきものが増えます。私はあなたをお守りする事で手一杯なので、守るべきものを増やす事はできません」
「私の護衛じゃなかったら結婚するの?」
「現時点では考えられません。理由はおわかりですよね?」
 きっと今後一生考えられない。他の女との結婚など。たとえ護衛の任を解かれても。紗也が誰かと結婚しても。
 紗也は答えずチラリと和成を見た後、もう一枚上着を脱いだ。
「こんなもんでいい?」
 上着を三枚脱ぎ捨てて軽快になった紗也は、腰に手を当てて和成を見る。
「ええ。充分です」
 二人は執務室を出て、雪像作りの現場へと向かった。





 城の出口で和成は紗也と共に防寒靴に履き替え、防水手袋を嵌めると、手桶に水を汲んで外に出た。
 昨日まで降り続いた雪がやんで、今日は朝から晴天に恵まれている。城の前庭に降り積もった新雪が、柔らかな冬の陽光に照らされて眩しく煌めく。時折、日射しで溶けかけた雪が、自らの重みに耐えきれず梢を揺らしてバサリと落ちた。
 除雪され踏み固められた正門へと続く道の真ん中を、道具を引きずるようにして、老人のように背中を丸めゆっくりと進む慎平の姿が見える。
 あまりにゆっくりと歩いているので、あっという間に追いついた和成は慎平の丸めた背中をポンと叩いた。
 慎平はひとりだけ時間の流れが違うかのように、ゆっくりと振り返り紗也にゆっくり一礼すると、ゆっくりと和成に顔を向ける。
「どうしたんだ? 一気に年を取ったみたいだぞ」
 和成が尋ねると、慎平は力なく微笑んだ。
「全身筋肉痛で痛くて動けないんです。一番若いからって一番キツイ仕事を割り当てられて、手足がガクガクです。昨日なんか手に力が入らなくて、屋根の上で転びました。そしたら雪ごと落ちて、下にいた先輩共々あやうく生き埋めになるところでした。私は戦で命を落とすよりも雪下ろしで命を落とす確率の方が高いような気がします」
 慎平がため息をついて項垂れると、和成はおもしろそうにその顔を覗き込む。
「一番若くなくても当分雪下ろしからは逃れられないぞ。俺なんか未だに三日に一度は回ってくるしな。塔矢殿の年になると回ってこなくなるらしいけど」
「塔矢殿って何歳でしたっけ?」
「三十五」
「十年以上先の話じゃないですか!」
 慎平はわめいた後、再び背中を丸めて項垂れた。
「まぁ、頑張れ。今度から夏の間に鍛えとけよ」
 和成はそう言って笑いながら慎平の背中を叩くと、紗也と共に正門を出て行った。




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