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3.雪合戦



 正門を出てすぐ右手で城の雪像作りが行われている。まだ作り始めて間もないので、やっと土台の部分が出来たばかりだった。
 和成が挨拶をすると、作業中の者が皆、紗也に一礼する。今日の雪像担当は塔矢隊と茂典隊。いずれも隊長は不在で、隊員の一部が作業に携わっていた。
「その水、何に使うの?」
 紗也が和成の持ってきた手桶を指差す。
「あぁ、これに雪を混ぜてみぞれ状にしたものを接着剤代わりに使うんですよ」
「へぇ、なんかおもしろそう」
 紗也は笑ってしゃがむと、手桶の中に雪を放り込んだ。
 そのまま紗也は和成と共に、雪像作りの作業を黙々と手伝う。少しして作業に慣れてきた頃、後ろを向いた和成の背中に紗也が雪玉を投げつけた。軽い衝撃に和成は振り向く。
「いきなり、何をなさるんですか」
 非難するような目で見つめる和成を、紗也はいたずらっぽく見つめ返して作業中の隊員たちに号令をかけた。
「茂典隊はこっち来て! 今から塔矢隊と合戦よ。雪玉が当たった者や雪像に当てた者は戦死。茂典隊の大将は私。塔矢隊は和成ね。大将首取った方が勝ち」
「え?! 私が大将ですか?!」
 驚いて問い返す和成と呆然と立ち尽くしている軍人たちに、紗也は再び号令をかける。
「問答無用! 今から開戦!」
 紗也がそう言って走り出すと、軍人たちも雪像の左右に積み上げられた雪の陰にそれぞれの陣営に分かれて身を隠した。
「なぁ、和成。俺ら絶対勝てねーだろ。紗也様に雪玉ぶつけられる奴いるわけねーし」
 雪像の陰で雪玉を丸めながら、先輩隊員が和成にぼやく。
「何か策はないか?」
 別の隊員が和成に問いかけた。
「策ですか? ちょっと奇襲っぽいのならありますけど」
 和成がそう言うと、塔矢隊の面々は少年のように目を輝かせて、和成の周りに一斉に集まる。
「よし、それでいこう。説明しろよ」
「内容は説明しません。とにかく、私の合図と同時に言われた通りに何も考えずに行動して下さい。一瞬のためらいが失敗につながります。ためらわないで下さい。それだけです」
 隊員たちは訳がわからず、困惑した表情で顔を見合わせた。
 隊員のひとりが問いかける。
「で、いつ?」
「とりあえず雪玉をたくさん用意しましょう。むこうの大将はじっとしているのが苦手な方ですからね。ゆっくりと準備を整えていればすぐに好機は訪れます」
 和成は笑って雪玉を丸め始めた。
 少しして和成が様子を窺うと、雪山の上から顔を覗かせる紗也の姿が見えた。予想通りの行動をする紗也がおかしくて思わず笑いをかみ殺す。さらに沈黙していると、とうとう我慢できなくなったのか雪山の陰から姿を現した。
 紗也は両手を腰に当てて胸を反らしながら大声でわめく。
「ちょっと、和成! いつまで隠れてるのよ! 合戦にならないでしょ?!」
 次の瞬間、和成が皆に号令を発した。
「今です! 全員紗也様を集中攻撃!」
 ためらうなと言う和成の言葉に従い、全員がやけくそで紗也に向かって一斉に雪玉を投げつける。
 和成の号令を聞いた茂典隊は焦って反撃も忘れ、雪山の後ろから飛び出すと、なだれ込むようにして紗也の前に壁を作った。
 塔矢隊の投げた雪玉がその壁に次々と当たって砕け、茂典隊の面々を雪まみれにする。
 一斉攻撃が止んだ後、呆然と立ち尽くす紗也の前には、雪まみれで同じく呆然としている茂典隊の隊員が立ち尽くし、その光景を塔矢隊の隊員も呆然と見つめていた。
「停戦!」
 和成が叫んで雪山の後ろから姿を現す。
 紗也は頬をふくらませて、和成を睨んだ。
「ずるい! そっちだけ軍師がいるなんて!」
 和成は腕を組んで意地悪な笑みを浮かべる。
「私を敵に回したのはあなたじゃないですか。今の攻撃であなたは兵の三分の二を失いましたよ。降伏なさいますか?」
 紗也は益々むくれると、意地になって叫んだ。
「絶対、イヤ!」
「不利な時には退く事も肝要ですよ」
 そう言って笑いながら、和成は雪山の後ろに帰って行った。
 戻ってきた和成に先輩隊員たちが呆れたように言う。
「おまえ、紗也様に降伏させて勝ちを取るつもりだっただろう」
「大人げないなぁ」
「紗也様に花を持たせてやれよ」
「ってか、たかが雪合戦でマジになるなよ」
 皆に罵られ和成は幾分ムッとしながら反論した。
「私の策に喜んで乗ったのは皆さんじゃないですか」
 ふと見れば、先輩たちは和成の後ろに注目し、苦笑をこぼしながら固まっている。
 怪訝に思いつつ和成が振り返ると、そこには不機嫌そうな紗也が、塔矢隊の面々を睨んでいた。
「全部聞こえたわよ。手加減したら許さないから!」
 結んだ髪を勢いよく翻し、紗也は自陣へと戻っていく。それを見送り和成は軽く嘆息した。
「――だそうです。奮戦しましょう。幸いこちらは数で圧倒的に有利です。落ち着いて各個撃破していけば、策も必要ありません」
「だが、紗也様ひとりになったらどうする? 紗也様に雪玉はぶつけられねーぞ」
「そうなったら私が一騎打ちを申し出ます」
「まぁ、そういう無礼な事できる度胸のある奴って、おまえくらいのもんだしな。まかせるわ」
 笑って答える和成に、先輩は手を振って配置に付いた。
「どういう意味ですか」
 和成は不愉快そうに顔をしかめた後、前方の紗也陣営に向かって手を挙げる。それを受けて紗也が開戦の号令を発し、雪合戦は再開した。
 数に勝る塔矢隊が優勢なまま、戦局は進む。紗也の陣営がいよいよ旗色が悪くなってきた時、茂典隊の隊員が投げた雪玉が塔矢隊の隊員の横をかすめ、後方の何かに当たった音がした。
 後ろには何もないはずである。
「わっ! やべっ!」
 玉を投げた者が思わず叫んで青ざめる。
 塔矢隊の隊員たちが振り返ると、雪像の進捗状況を確認に来た総務部長が、当たって砕けた雪玉で肩を白く染めながら立っていた。
 総務部長は頬をピクピクと震わせた後、大声で怒鳴る。
「こぉら、軍人ども! 隊長がいないからって子供みたいに遊ぶんじゃない!」
「申し訳ありませーん」
 軍人たちは口々に謝りながら雪像作りの作業に戻っていった。
 その後は総務部長の監視の下、雪像作りは日没間際まで行われ、紗也も最後まで真面目に作業を手伝った。
 作業を終えて共に城に戻りながら、和成は紗也に尋ねる。
「お疲れではございませんか?」
 紗也は笑顔で和成を見上げた。
「ううん。楽しかった。明日また続きやりたい」
 和成は苦笑して問い返す。
「それって、雪合戦の?」
「雪合戦も。今度こそ和成に勝ちたい」
「申し訳ありませんが、明日はご一緒いたしかねます。明日、塔矢隊は国境の見回り当番です。私も塔矢殿も城にはおりませんので」
 和成がそう言うと、紗也は不満げな声を上げた。
「えーっ? じゃあ、私も見回りに行く」
「それは、ご容赦願います。浜崎との国境付近は雪深い山の中ですし、道沿いには崖などもあって大変危険です。道も細く、除雪も充分とは言えませんので、歩くだけでも体力を消耗するような場所です。どうかご理解下さい」
 立ち止まって頭を下げる和成をチラリと見下ろして、紗也はすねたように顔を背ける。
「せっかく久しぶりに和成と長い間一緒にいられると思ったのに。いっぱい話をするのも久しぶりなのに」
「お話でしたら、夕食後にでも、お部屋にお伺いしましょうか?」
 和成が笑って問いかけると、紗也は慌てて断った。
「ダメーッ! 絶対来ちゃダメ! 女官たちが心揺さぶる手紙を渡したらイヤだもん!」
「だから、揺さぶられませんって」
 ため息をついて肩を落とす和成の側から、紗也は急いで走り去る。
「絶対来ちゃダメだからね。おやすみ!」
 最後に駄目押しして、ひとりで城の中に駆け込んでいった。
 紗也を見送った後、和成はふと空を見上げる。昼間は穏やかに晴れていた空が再び厚い雲に覆われている。夕闇の迫る薄暗い空から雪がチラチラと舞い始めた。
 今宵も月は望めそうにない。
 和成は空から視線を戻し、城へ向かって歩き始めた。




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