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2.それぞれの近況 夕方、和成と右近は城下で待ち合わせて和成の”御用達”の店へ行く事にした。 貼り紙は店主が勝手に貼ったものとはいえ、和成の噂で迷惑がかかっているかもしれないので一応様子見がてら行ってみる事にしたのだ。 店の前にたどり着いた和成は、またしても固まる。 「なんだ? まだ貼ってあるのか?」 右近が覗き込んだ貼り紙にはこう書かれていた。 ”鬼神の申し子 天才美少年軍師 御用達の店” 「大層な 右近は大声で笑いながら和成の背中を叩く。 和成がため息と共に店内に入ると、店主が気付き以前と変わらぬ笑顔で二人に近付いて来た。 「いらっしゃい、和成さん。また、ずいぶんと久しぶりですよね」 「ご主人、表の貼り紙ははがした方がいいですよ。怪しい人が来るかもしれませんし」 和成がそう言うと、店主は笑顔を崩すことなくサラリと言ってのける。 「あぁ、二、三人来ましたよ。陰気そうな他国の奴が」 「えぇ?! 大丈夫でしたか?! 危ない目に遭いませんでしたか?!」 慌てて問いかける和成に、店主は事も無げに言う。 「注文もしないで立ち話だけしようとするような奴は適当にあしらってやりましたよ。あんたの事を聞こうとしてたから、なんなら呼んでやろうかって言ったらケツまくって逃げて行きました」 「はぁ……」 連絡先なんか知らないはずなのに、呼んでくれと言われたらどうするつもりだったのか。店主のたくましさと機転に和成は言葉を失った。少しして気を取り直すと、無線電話の番号を書いた紙を店主に渡す。 「もしも、俺の事で困った事になったらそこに連絡して下さい」 「いやぁ。貼り紙のおかげで来た客は怪しい奴より女性客の方が圧倒的に多いですからね。気にしないで下さい。私が勝手にやってる事ですし。和成さんも今度彼女と一緒に来て下さいよ」 そう言って店主は和成の肩を叩いた。 「え?」 和成が不思議そうに店主を見ると、店主はからかうようにひじでつつく。 「またまたぁ。雪祭りの夜にかわいいお嬢さんと手をつないで歩いてたじゃないですか」 「あ……」 あの人混みと薄明かりの中で、まさか知人に見られているとは思っても見なかった。言い訳できるわけもないのに、いかにして取り繕うかに考えを巡らせ絶句していると、横から右近がニヤニヤしながら顔を覗き込んだ。 「へぇ〜ぇ」 和成は黙ったまま右近を睨む。 「じゃあ、ごゆっくりどうぞ」 そう言って店主は、火種を残したまま店の奥へと引っ込んだ。 席に付いた途端、右近は笑いながら頬杖をついて問いかける。 「で? 誰と手をつないでたって?」 「うるせーよ。わかってるくせに聞くな」 吐き捨てるように言って、和成は右近から顔を背けた。 料理と酒を注文した後、和成は大きくため息をついて項垂れる。その様子を右近が不思議そうに尋ねた。 「なに、暗くなってんだよ」 「後悔してんだよ。軽率だったなと」 「手をつないだくらいで?!」 右近が驚いて目を丸くする。 「だって、誰が見てるかわからない所で、たとえあの方の方から握ってきたとはいえ、俺は臣下なんだ。見たのがここの主人じゃなくて塔矢殿だったらその場で殴られてるだろうし、城の大臣たちだったらもっと大事になってたと思う」 「ちょっと待て」 右近は片手を挙げて和成を制した。 「あの方の方から握ってきたって?」 「あぁ」 右近は目を細くして、和成を哀れむように見つめながらため息をつく。 「おまえの気持ちを知っていながら、そういう事するなんて小悪魔だなぁ」 和成は突然思い出したように顔を上げた。 「あ、そういえば言ってなかったな」 事情を話そうとした時、注文した料理と酒がやってきた。ひとまず話を中断して乾杯する。そして和成は紗也に想いを告げられた事を右近に話した。 「なぁーんだ。眠り姫がようやく目覚めたのか。よかったじゃないか」 右近が自分の事のように嬉しそうに笑うと、対照的に和成は浮かない表情になる。 「気持ち的には嬉しいけど手放しで喜べない。あの方は普通の女の子じゃないんだ。あの方の想いに答えるって事は、後ろにあるもの全てを共に背負うという事だ。俺にはその器量がないように思う。現に先代から仕えている臣下の中で一番俺を理解している塔矢殿が俺の事を”殿”と呼びたくないって言ったんだ」 右近は酒を飲みながら横目で和成を見る。 「まぁ、呼びたくないだろうな。部下を”殿”とは」 「塔矢殿がそういう私情だけで言ってるとは思えない。塔矢殿でさえ認めていないのに、俺のような若輩者を他の重臣たちが認めるわけないだろ」 「じゃあ、どうすんだよ。今度はおまえがあの方をふるのか?」 「考え中」 話を打ち切って和成は料理に箸を伸ばした。しばらく二人とも黙ってそれぞれ何かを考えながら黙々と飲食を続ける。少しして酒が底をついたので和成が追加を注文していると、右近が話しかけてきた。 「いっそ塔矢殿に相談してみたらどうだ?」 注文を終えた和成は、右近に向き直る。 「それダメ。塔矢殿に言わないでくれって頼まれてるんだ。自分が言うからって」 「で? 話したような気配はないのか?」 「わかんね。ずっと技術局にいたから、ほとんどお会いしてないし」 右近はひとつため息をつき、黙って和成を見た。和成は少し笑みを浮かべて、視線を落としながら言う。 「……忙しさを理由に逃げてるだけだよな。今までのままの方が俺は気楽なんだ。元々、あの方に想いを返してもらおうとは思ってなかったし、ずっとお側にお仕えして、時々お話ができるならそれでいいと思ってた」 「おまえ、もしかして一生結婚しないつもりだったのか?」 驚いて問い返す右近に、和成は平然と答える。 「あぁ。どうしても他に目が向かないし。だからあの方から”ずっとそばにいて”って言われた時はすっげー嬉しかったな。ずっとお側にお仕えする事を許されたわけだから」 「ちょっと待て」 右近は再び手を挙げて和成を制した。 「それって求婚じゃないのか?」 「違うだろ。あの方は感情も行動も言葉もまっすぐなんだ。裏はない。求婚だったら”結婚して”って、おっしゃるはずだ」 「そうなのか?」 右近は疑わしげに和成を横目で見る。そして、ふと思いついたように問いかけた。 「なぁ。ぶっちゃけ、さらって逃げようとか思った事ないか?」 和成は天井を見上げて少し考える。 「実際にはないなぁ。でもあの時、塔矢殿の言う通りに、ごまかして想いを告げないままだったら、考えるだけじゃなくて本当にさらって逃げてたかもな。あの頃は俺、余裕なかったし。今は絶対考えられない。そんな事したらあの方を泣かせる事になるし、俺自身もその後ずっと後悔するだろうし。なにより、泣くのはあの方だけじゃ済まない。杉森の国中の人が泣く事になる。そんな大勢の不幸の上にある幸せなんて、俺はいらない」 「ふーん」 右近は意味ありげにニヤニヤ笑いながら盃を傾けた。 「何だよ」 和成が少しムッとして問いかける。 「いや、すっかり人間っぽくなったなと思って」 「だから、俺は元々人間だっての」 からかわれて少し不愉快になったので、和成は反撃に出た。 「俺の事はもういい。おまえに聞きたい事があったんだ。彼女とどうやって知り合ったんだよ」 右近は笑って平然と答える。 「あぁ、気付いてたのか。おまえにしちゃ目ざといな。まぁ、色々あって」 「彼女、軍人嫌いじゃなかったっけ?」 「あぁ、嫌い嫌い。でも俺は別なんだってさ」 ニヤリと笑う右近に和成はひとつため息をついた。 「俺も同じ事言われた」 「ようするに相手が軍人かどうかは、好きになるかどうかの基準じゃないって事なんだろうな」 「あ、もしかして俺を呼び出したのって彼女の事?」 和成が尋ねると、右近はおもしろそうに目を見張る。 「お? 鋭くなってきたな。その通りだけど」 「まさか結婚するとか言うんじゃないだろうな」 「いやぁ、まだまだそんな段階じゃないって。もうちょっとイチャイチャさせろよ」 照れくさそうに笑う右近に和成は釘を刺す。 「あんまりベタベタまとわりつくなよ。またふられるぞ」 「彼女はそんな懐の狭い女じゃねーよ」 「だろうけど、ふられた後、まとわりつかれる俺が迷惑なんだよ」 「おまえは懐の狭い奴だな」 「だっておまえ、ふられた後普段の三倍まとわりつくし。うぜぇんだよ」 迷惑そうに眉を寄せて、和成は酒を飲みながら右近に視線を送る。 「ひっでーっ。傷心の友を慰めてくれたっていいじゃねぇか」 右近はわめきながら、刀の鞘で向かいに座った和成の頭を軽く叩いた。 「いてっ! だから黙ってまとわりつかせてやってるだろ?」 「ちくしょーっ! 今度はぜってーふられねーからな!」 腕を組んで高らかに宣言する右近に、和成は軽く手を振りながら冷めた調子で言う。 「あぁ、是非そうしてくれ。俺もその方がありがたい」 その後二人は他愛のない世間話をしながら飲食し、九時に店主に挨拶をして店を出た。 店を出た和成は、立ち止まって周りを見回す。それを見て右近が問いかけた。 「何か、いそう?」 「いや。大丈夫だと思うけど、一応家まで一緒に行こうか?」 和成の申し出に、右近は手を振って苦笑する。 「いいよ。そこまで警戒しなくても。無事に帰り着いたら連絡するし」 「わかった。くれぐれも家に帰って”ただいま”って言うまで気を抜くなよ」 真顔で言う和成に、右近はガックリ肩を落としてつぶやく。 「学校の遠足かよ……」 右近は軽く手を挙げて別れを告げると、大通りの雑踏の中へ消えていった。 姿が見えなくなるまで見送った後、和成は大通りに背を向ける。そして城に向かって歩き始めた。 |
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