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4.堂々巡り



 翌朝、和成は塔矢に呼ばれ君主執務室でいきなりげんこつを食らった。
「休みの日とはいえ、たるんでるぞ! 用心しろと言ってあるだろう」
「すみません」
 頭をなでながら謝る和成の後ろで、クスクス笑う紗也の声が聞こえる。
「紗也様には謝罪したのか? 随分心配なさってたんだぞ」
 塔矢が睨みつけながら問いかけた。
 チラリと紗也に視線を向けると、おもしろそうにニヤニヤ笑いながらこちらを窺っている。
 ものすごく、きまりが悪い。
「ゆうべ帰ってすぐに謝罪しました」
「ゆうべ? 飲みに行ってたんだろう? 遅かったんじゃないのか? そんな時間にお部屋を訪ねたのか?」
 塔矢が訝しげに和成を見つめた。うっかり余計な事を口走ってしまったらしい。
「あ……いえ……その……」
 和成が言い淀んでいると、後ろで紗也が椅子から立ち上がる音が聞こえた。
 紗也はつかつかと和成に歩み寄り、眉を寄せて睨みながら腕を叩く。
「なに、バラしてんのよ!」
 和成は真下を向いて小さな声でつぶやいた。
「申し訳ありません。そんなつもりじゃ……」
 塔矢は声の調子を少し低くすると、紗也を見据えて静かに問いかける。
「どういう事ですか?」
 紗也は面倒くさそうに昨夜和成の部屋を訪れた事とその理由等、和成に話したのと同じ事を塔矢に話した。
 塔矢は納得してひと息つくと今度は和成に目を向ける。
「おまえも、やましい事がないなら変に隠そうとするな」
「すみません。紗也様が叱られるかと思って」
 やましい事が全くないわけでもない。
 和成はもう一度紗也と塔矢に頭を下げて、執務室を出た。
 技術局へ向かおうとしていると、後ろから塔矢が声をかけてきた。
「おまえ、何か悩みでもあるのか?」
「いえ、別に……」
 そう言って目を逸らす和成の肩を、塔矢が拳で軽く小突く。
「ウソつけ。紗也様に関する事だろう」
 和成は黙って俯いた。すると塔矢の声が低く凄みを増す。
「まさか、一線を越えたとか言うんじゃないだろうな」
 落とした視線の端で塔矢がゆっくりと拳を握るのが見えて、和成はあわてて顔を上げると思い切り否定した。
「とんでもない! ありえません!」
「じゃあ、何だ?」
 和成は再び塔矢から目を逸らす。
「……時期が来れば、必ずお話しします。今はもう少し時間を下さい」
「そうか」
 塔矢はひとつ嘆息すると、和成の肩をポンと叩いた。
「まぁ、あまり考え込むな。どうもおまえは自分の事になると視野が狭くなるな。問題の中心ばかり見てないで、たまにはその周りにも目を向けてみろ。その逆もまた然りだ。ひとつ所ばかり見ているから手詰まりになる。戦略だってそうだろう。なぜ、同じようにできないんだ」
 和成は塔矢を見つめてクスリと笑う。
「その通りですね。少し気が楽になりました。ありがとうございます」
 その様子に塔矢も少し微笑んで、再び和成の肩を叩いた。
「よし。じゃあ、軍師に戻れ。午後一に臨時の軍議だ。灘元(なだもと)浦部(うらべ)に動きがあるらしい。詳しくはその時報告があるはずだ」
「わかりました。あの、それとは関係ないんですけど、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
 直接聞くわけにはいかない。和成はどさくさ紛れで遠回しに聞いてみる事にした。
「きのう右近に”すっかり人間っぽくなった”って言われたんですけど、塔矢殿から見てどうなんでしょう? 私はまだ中途半端ですか?」
 塔矢はニヤリと笑って腕を組む。
「完璧な人間なんていないだろう? そういう意味じゃ、俺もおまえもみんな生涯中途半端なんだ。だが、あの頃に比べてどうかという意味なら、おまえはかなり男前になったぞ」
「へ? 男前ですか?」
 尻の辺りがむず痒くなって思わず笑顔が引きつった。
「”かわいい”よりは進化したという事だ」
 塔矢はひとりで納得したように頷いているが、和成には中途半端よりも意味がわからない。
 和成はガックリと肩を落としてため息をつく。
「なんか塔矢殿と話していると、時々うまく煙に巻かれているような気がします」
「わからないからといって、また右近に聞くなよ」
 そう言うと塔矢は執務室へ引き上げていった。



 昼一に軍議は始まった。
 情報処理部隊長の報告によると、東と南に国境を接する灘元国と浦部国が冬の間から頻繁に行き来をしているという。
 秋津島で一、二を争うこの二つの大国は、元々大変仲が悪い。隣同士で絶えず戦を繰り返しては、時々腹いせに杉森にちょっかいを出してくる。
 そんな二国が争うことなく穏便に特使の行き来を続けているというのも、なんだか薄気味悪い。
 薄気味悪いが目立った動きがない以上とりあえず静観する事となった。
「浜崎や沖見(おきみ)の様子はどうですか?」
 和成の質問に情報処理部隊長が答える。
「沖見は先の戦での山西数馬の負傷により、主力部隊の統制がとれてないようで、冬の間隣の灘元と小競り合いはあったようですが、本調子ではない様子です。現在はおとなしくしています。浜崎はあれ以来沈黙しています。冬に国境で何を画策していたのかは不明のままですが、どうやらそれに対して大きな打撃を与えてしまったようですね」
「そうですか。私が暴れたのも無駄ではなかったのなら幸いです」
 和成がそう言うと部隊長たちは小さく笑い声を上げた。
 その後は技術局からの要請による新型軍用無線電話の、実機での運用試験を兼ねた大規模な軍事演習の日程を決めて会議は終了した。



 夕食後、和成は約束通り紗也の居室を訪れた。謁見の間に通され、一時間程話をして自室へ戻る。その足で風呂に行き、戻ると自室前の中庭へと降りる石段に腰掛け、中天にかかるぼんやり霞んだ月を見上げた。
 塔矢に言われた通り、視野を広げて考えてみる事にする。
 紗也にも塔矢にも誰にも嫌な思いはして欲しくない。当然、自分自身もしたくない。
 和成が紗也の想いを受け入れた場合、嫌な思いをするのは誰か。それは未知数だ。
 紗也と和成以外皆が嫌な思いをするかもしれないし、誰一人嫌な思いをしないで済むかもしれない。全ては和成の器量次第。
 塔矢は「かわいいよりはかなり男前になった」と言った。本当の意味はわからないが、中身が大人になったという意味だろうか。だとしたら、「殿と呼びたくない」と言われた当時より、少しは認めてもらえているのだろうか。しかし、全ては憶測でしかない。
「俺が今までのままでいたいって言ったら、泣かせる事になるんだろうな」
 和成が紗也の想いを受け入れなかった場合、嫌な思いをするのは紗也ひとり。
 他の誰を差し置いても、紗也にだけは嫌な思いをさせたくない。
 どちらにせよ、紗也の想いを知ってしまったからには今までと全く同じというわけにはいかないだろう。
 和成はひざをかかえて項垂れた。
「俺に誰にも文句を言わせないだけの器量があればなぁ……」
 結局、堂々巡りに陥る。どうすれば八方丸く収まるのか。そもそも八方丸く収める事に無理があるのか。せめて自分に対する評価がわかれば……。
 和成は未だ結論を出せずにいる事に焦りを感じ始めた。




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