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5.激震



 三日後の正午過ぎ、軍部に激震が走った。不穏な動きを見せていた灘元と浦部が同盟したという。
 昼休み返上で部隊長たちが招集され、再び臨時の軍議が開かれた。
 元々仲の悪い二国のこと、対杉森同盟である事は明白である。いずれ、同盟という名の降伏を迫ってくるだろう。
 もちろん杉森側としては端からそんなものに応じるつもりはない。ということは秋津で一二の大国を同時に相手として厳しい戦を強いられる事になる。
 仮に杉森が和平に応じたとしたら、今は静観している浜崎や沖見も黙ってはいないだろう。どちらにせよ戦は避けられないのだ。
 杉森が灘元浦部同盟軍の要求を受け入れなかった場合でも、浜崎、沖見が動く可能性はある。
 援護を申し出て恩を売る作戦だ。聞いてしまったら断れなくなる。断ったら同時に戦う敵を増やしてしまうからだ。
 聞かないようにするため、同盟軍の要求が来る前に杉森国は国民に対して非常事態宣言を発令、明日正午を持って全ての国境を完全封鎖し、他国からの通信を一切遮断することとした。
 これにより灘元浦部同盟軍の要求も聞けなくなる。事実上、要求を拒否したも同じだ。近々宣戦布告されるだろう。
 杉森国内、特に城内は今までにない大きな戦の予感に、にわかに慌ただしくなった。
 意外な事に、今まで他国が協力して戦うという事は一度もなかったのだ。
 杉森国以外は皆大国なので手を組めば杉森のような小国はひとたまりもない事くらい容易に想像がつきそうなものだが、周りの国々は皆お互いに大変仲が悪い。
 何につけても互いに一歩も譲ろうとしないので、それぞれの主張はいつも平行線で交わる事がない。
 今回、灘元国と浦部国がどんな協定を結んで同盟したのかは謎だが、同盟自体ある意味奇跡に近い事なのだ。
 とりあえずは情報を確認し合う事で軍議は終了した。夕方にもう一度集まって具体策を検討する事になる。
 和成はそれまでにある程度の戦略を練っておかなければならなくなった。



 会議室を出て、廊下を歩きながら塔矢が和成に話しかけた。
「敵さんも、ようやく頭を使う事に気付いたようだな」
 他人事のように言う塔矢に、和成は思わず顔をしかめる。
「感心してる場合じゃないですよ」
 塔矢はそれを聞き流して、唐突に話題を変えた。
「技術局の方は大丈夫なのか?」
「今は実機での試験に入ってるので、私はほとんどする事がなんいですよ。今回の戦には間に合いませんでしたね。新型は随分と性能が上がってるんですよ。情報処理部隊の斥候班に試験がてら先行して使ってもらってるんですが、情報送信時の通信速度が前よりかなり速いって好評を得てます。画面も大きくなったので戦況図も見やすくなりました。見た目は大きくなったんですけど、以前より軽くて薄いんです。通話品質も向上してますよ。敵に見せびらかしてやりたいくらいなんですが、残念でしたね」
「まぁ、不安定な物は使えないからな。ところで、何かいい策はありそうか?」
 塔矢が話を元に戻すと、和成は途端に表情を曇らせる。
「正直、かなり厳しいです。戦力差がありすぎますからね。まぁ、色々考えてみますが」
 そう言って和成は、塔矢と別れて一旦技術局へ顔を出した後、戦略を練るため自室へ引き上げた。
 戦が終わるまでは技術局の仕事に戻る事はできないだろう。和成が戻る前に新型無線電話は完成してしまうかもしれない。
 それを思うと、せっかく開発に携わったのに完成の瞬間に立ち会えないのはなんだか寂しい気がした。



 夕方、再び軍議の席についた和成は思い切り不機嫌な顔をしていた。
 右斜め前の上座にどういうわけか紗也が座っていたからだ。
 和成は不機嫌顔のまま、声の調子を低くして静かに問いかける。
「どうしてあなたがここにいらっしゃるんですか? 雪祭りは一年くらい先ですよ」
 和成のイヤミに、紗也も不機嫌を露わにしてむっとしたように答えた。
「私も出陣するからよ」
「承服いたしかねます!」
 和成は机を叩いて立ち上がる。
「先の戦とは規模が桁違いなんですよ?! 司令所にいたからといって安全とは言えません。本陣まで攻め込まれる可能性は充分にあるんですから!」
 上から怒鳴りつける和成に、紗也はひるむことなくまっすぐ見つめて指差した。
「だったら、城にいれば安全なの? 城の軍人はほとんど出払うんでしょ? 私だったら、みんなが前線にかまけてる隙に手薄な城をこっそり落としに行くわよ。その時、中に城主が護衛も付けずに丸腰で座ってたらそれこそ思うつぼなんじゃないの? そもそも戦時下に安全な所なんてどこにあるのよ」
 会議室に奇妙な沈黙が流れる。
 二人の言い争いをハラハラしながら見つめていた部隊長たちが皆、目を丸くして固まっていた。塔矢と和成も呆気にとられて、同様に紗也を見つめる。
 少しして塔矢が和成に尋ねた。
「おまえ、紗也様と戦略の話でもしてるのか?」
「いえ、もっぱら女官たちの噂話をお伺いしておりますが……」
 和成が呆けたように返答すると、塔矢は大声で笑った。
「おまえの負けだ。紗也様の方に理がある」
「……わかりました」
 和成は渋々承諾して、椅子に座り直す。
 それと同時に今度は部隊長たちが口々に紗也に懇願した。
「紗也様、今回はなにとぞ和成殿の指示にお従い下さるようお願い申し上げます」
「どうか軽率な行いだけはお控えいただくよう重ねてお願い申し上げます」
「司令所からなるべくお出にならないようにお願い申し上げます」
 皆に次々とお願いされ、紗也は軽く混乱して叫ぶ。
「もーぉ! わかってるわよ。なんなの」
 そして、ふと見ると塔矢と和成が真顔でこちらを見つめている事に気付いた。何も言わないが言いたい事はなんとなくわかる。ひと息ついて部隊長たちに告げた。
「私もこの間の戦の事は深く反省してるのよ。和成だけじゃなく、みんなや前線の兵たちにもたくさん迷惑かけたってわかったの。だから、もう勝手な事はしないから安心して戦に専念して」
 部隊長たちは恐縮して口々に紗也に礼を言う。
 紗也は和成の極刑の事しか気にしていないものと思っていたが、前線の兵たちの事まで気にかけて反省していた事に驚いて、塔矢と和成は思わず顔を見合わせた。そして、どちらからともなく笑みを交わす。
 その様子に紗也がすかさずツッコミを入れた。
「ちょっと、そこ! 何、男同士で見つめ合って笑ってるのよ!」
 塔矢と和成は益々笑い合うと、同時に紗也を見つめる。なんだかきまりの悪くなってきた紗也は、隣の茂典を急かした。
「もう! 議長! さっさと始めて!」
 突然、矛先を向けられた茂典は慌てて席を立つと軍議を始める。
 まずは現時点での状況の確認がされ、続いて和成による戦略案が三つ提示された。
 現時点では情報不足で作戦を絞り込めないので、新しい情報が入り次第詰めていく必要がある。
 今後和成は電算室に詰めて情報処理部隊からの情報を逐次受け取り、戦略に反映させる事になった。
 そんなに時間はないはずだ。明日、明後日が正念場だろう。
 これから開戦までは随時軍議を開く事として、今回の軍議は終了した。



 和成はその日一日電算室に詰めて、自室に戻ったのは真夜中だった。戦略はある程度ひとつにまとまりつつある。明日、国境が閉鎖されれば大きな動きがあるだろう。
 和成は中庭へと降りる石段に腰掛け、いつものように月を見上げた。
 頭が一旦戦略から離れると、わき上がってくる問題は紗也の想いにどう答えるか。
 戦がなければ、まだズルズルと先延ばしにしていただろう。仮とはいえ、命に期限が刻まれると先延ばしにしてもいられない。
 紗也に答えを告げずに曖昧なまま死んでしまったら、死んでも死にきれない。
「あ〜っ」
 和成は声を上げてのけぞると、そのまま後ろの廊下に仰向けに寝転んだ。
 しばらく薄暗い天井を眺めていたが、不意に起き上がり、背筋を伸ばして両手でひざを叩く。
「よし、決めた! 明日、紗也様に話そう!」
 和成は紗也の想いを受け入れる事にした。その方が紗也も喜ぶだろうし、気持ちの上では自分も嬉しい。なにより、このまま死んでしまっては悔いが残る。
 だが、戦で命を落とすことなく生きて戻った時、本当に後悔しないのだろうか。
 紗也の想いを受け入れる事自体には何のためらいもない。問題なのは紗也を助けて国を支えていく事が、自分にできるのかどうかという事。
 城の官吏ではあるものの、軍事以外で政治に直接関わった事はない。政治に対する素人さ加減では紗也と大して変わらない気もする。
 むしろ毎日、ちゃんと読んでいるかは疑問だが、書類に目を通している紗也の方が和成よりも詳しいのかもしれない。
 決意はしたものの、のどの奥に小骨がひっかかっているような違和感は拭えないでいた。
 ふと目を向けた中庭の桜は、いつの間にか七分咲きになっている。満開となったこの桜の花をもう一度見る事ができるだろうか。




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