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10.魔法が解けた人形



 翌日、敵が完全に撤退した事を確認すると杉森軍は勝ち鬨を上げて国へ凱旋した。
 和成の予想通り、灘元国と浦部国は同盟関係を白紙に戻し、以前にも増して険悪な関係になったという。
 塔矢は城に戻ると紗也の遺体と対面し、情報処理部隊長と慎平から全ての事情を聞かされた。
 泣くでも落ち込むでもなく、意外に平然としている和成を見て余計に危うさを感じ、「くれぐれも変な気は起こすな」と言い聞かせて謹慎を言い渡す。
 心配はしているものの刀を取り上げたりはしなかった。それだけ塔矢に信頼されていれば和成がそれを裏切れないというのを知っての事だろう。
 ずるい人だと和成は思ったが、変な気を起こす気力すらすでになかった。
 紗也がいないこの世界に生きる意味など見いだせない。早く刑が確定して紗也の元へ行きたかった。
 君主の不在を他国に知られるわけにはいかないので、紗也の葬儀は城内だけで密かに執り行われた。元々紗也は、対外的には君主ではなく姫として認識されている。
 先代の時も内密にしてあるので、内乱があるわけでもなく国が回っていたため他国には先代の不在すら知られていなかった。
 君主不在となった杉森国はどうなるのだろうと思っていたら、どうにもならない。何の変わりもなく国は維持されている。
 紗也は政治について学び始めたばかりで、先代亡き後先代からの臣下たちが紗也の代理で政治を行ってきたからだ。
 紗也の存在価値があまりにも希薄な事を改めて思い知らされ、いつか愚痴をこぼした紗也の事を和成は思い出した。
 二十歳にも満たない若さで命を落とし、君主となった後幸せだった時が少しでもあったのだろうか。
 和成には紗也が不憫に思えてならなかった。



 城に帰った翌日から塔矢は、毎朝毎晩和成の部屋を訪れた。そして、飯を食え、風呂に入れ、と生活の命令を下す。
 話しかければ普通に受け答えするし、仕事を頼めばきちんとこなす。言われれば言われた通りに動くが、放っておくとぼーっと座ったまま何もしないからだ。
 五日が過ぎて和成が命令されなくても食事を摂るようになった頃、塔矢に案内されて右近が部屋を訪れた。
 和成の部屋は安全管理区域にあるので、通常は認証札を持った者しか入れない。そのため右近が城内にある和成の部屋へやって来るのは初めてだ。
 部屋に入ってきた右近は、珍しそうにキョロキョロ見回した。
「へぇ、案外広いんだ。しかも薄気味悪いほど片付いてるし。男の部屋じゃねーぞ。おまえらしいって言えば、らしいけどな」
「うるせーよ。時々塔矢殿が来たりするんだ。片付けてないとまずいだろ。先週は散らかってたけどな。何もする気がなくて」
 和成はそう言いながら、机に向かって座った右近に茶を入れて差し出す。そして自分もその前に座り、茶をすすり始めた。
 その姿を見ながら、右近は事前に塔矢から聞かされていた和成の様子を納得する。表面上は何もおかしいところはないが、心をどこかに置き忘れてきたような感じなのだ。
 まどろっこしいのは性に合わない。右近は机に頬杖をついて、単刀直入に問いかけた。
「おまえさぁ、あれから紗也様とちゃんと話したのか?」
 湯飲みを置いた和成は淡々と答える。
「話したよ。戦の前日、俺の決意を伝えて結婚を申し込んだ」
「へ?! そんなとこまで話が進んでたの?!」
 右近は驚いて身を乗り出した。
「で? 紗也様は何て?」
「受けて下さった」
「はぁ〜ぁ、なるほどな」
 右近は大きくため息をついて椅子の背にもたれる。和成が無気力になっている理由がわかったからだ。
「それ、塔矢殿には話したのか?」
 和成は苦笑する。
「今さらどうだっていい事だし。塔矢殿には二度目はないと言われてるんだ。俺は今度こそ極刑だろう。でも待たせすぎだよな」
 右近は和成の横に椅子を持ってきて座ると、おもむろに抱きしめた。
「なんだよ、いきなり」
 怪訝そうに問いかける和成を、右近は更に抱き寄せる。
「泣いていいぞ」
 その言葉に和成は少し笑った。
「泣けないんだ。……また、人形に戻ったのかもな」
 右近は和成の肩に頭を乗せて嗚咽を漏らす。
「なんでおまえが泣くんだよ」
「おまえが泣けないんだから、代わりに泣いてやってんだよ」
「あいかわらず、うぜぇ奴……」
 和成はそう言って、右近の背中をポンポン叩いた。




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