目次へ |
2. 塔矢が声をかけて執務室の戸を開けると、入口付近に置かれた椅子に腰掛けていた人物が立ち上がった。塔矢に続いて部屋に入ってきた和成の姿を認めると一礼する。 長い髪を頭の後ろで馬のしっぽのように一つに結んだ小柄なその人は、どう見てもまだ年若い女性に見える。 和成は訝しげにその人を見つめて塔矢に問いかけた。 「塔矢殿、護衛って言いませんでしたか? 私には女の子に見えるんですけど」 その言葉に目の前の小柄な人物は、途端に不快感を露わにすると、和成を見上げて口を開いた。 「女に護衛など任せられないとおっしゃいますか? 君主様は切れ者だとお伺いしておりましたが、女性を蔑視なさる頭の固い方だとは存じませんでした。その前時代的お考えは、お改めになった方がよいかと存じます」 和成は面食らって絶句すると、少しの間彼女を凝視した。 君主になって以来、面と向かって意見する者は塔矢以外にいなかったからだ。 「……女性を蔑視したつもりじゃなかったんだけど、そう聞こえたならすまない」 和成が呆けたように謝罪すると、塔矢が口の端で少し笑いながら和成に視線を送り、彼女の頭にげんこつを落とした。 「差し出口きく前にご挨拶申し上げろ」 彼女は頭を押さえて塔矢を少し見た後、和成に向き直り頭を下げた。 「|山ア月海(やまざきつきみ)と申します。この度、君主様の護衛官を仰せつかりました。以後、よろしくお願いいたします」 「よろしく」 和成は笑顔で答えた後、月海に尋ねた。 「こんな事訊いたらまた気分を害するのかもしれないけど、どうして軍人になったの? 体力的にも精神的にも女性には厳しい職務だと思うけど?」 案の定、月海は不愉快そうに眉を寄せると、挑むように和成をまっすぐに見つめて答えた。 「私は幼少の頃より、剣を学んでまいりました。それを生かせる職業に就きたかったからです。体力も剣も男に引けは取りません。何なりとお申し付け下さい」 和成は額に手を当て、目を伏せると軽く嘆息した。 「意気込みは買うけど、女の子がなんでもするなんて言うもんじゃないよ。私が夜伽を命じたら応じるの?」 「そのような命はお断りいたします」 月海は益々不愉快そうに和成を睨むと間髪入れずに拒否した。 「……あぁ、そう……」 和成が呆気にとられて、ふと月海の後ろに視線を移すと、塔矢が一生懸命笑いをこらえていた。 なんとなくわかった。塔矢が月海を引き合わせた理由が。 月海は、紗也と初めて会った頃の和成によく似ているのだ。 塔矢と月海から目を逸らして、大きくため息をついた和成を見て、月海が食ってかかった。 「私の腕をお疑いでしたら、お手合わせ願います」 和成は驚いて月海を見つめる。頬を紅潮させて睨みつけていた。どうやら、和成のため息を小馬鹿にされたと勘違いしたらしい。 「控えろ、月海」 塔矢が諫めるのを和成は片手で制した。 「いいよ。真剣勝負といこう」 「え? 真剣ですか?」 月海が少しためらうような表情を見せた。和成は少し意地悪な笑みを浮かべて月海を見つめる。 「何か不都合でも? まさか、人を斬った事がないなんて言わないよね? 人を斬れない護衛はいらないよ」 和成の言葉に月海は再び食ってかかる。 「私は塔矢殿の前線部隊所属です。人が斬れなかったら、今ここにおりません。君主様がお怪我をなさってはと、ご心配申し上げただけです」 「ご心配ありがとう。でも、無用だけどね。私は結構強いよ」 静かに見下ろす和成を、月海はムッとした表情で見上げた。 「かしこまりました。真剣でお願いいたします。用意して参りますので、道場にてお待ち頂けますか」 「承知した」 和成の承諾を聞いて、月海は一礼すると執務室を出て行った。 月海を見送った後、塔矢がクスクスと笑い始めた。そして、和成を横目で見つめて言う。 「鏡を見ているようだろう」 和成も目を細くして横目で塔矢を見る。 「……確かに、おもしろい奴ですね」 「確かめなくても、あいつの腕はかなりなものだぞ」 「彼女の腕を疑ってはいません。塔矢殿の人選ですし」 壁に掛けられていた刀を取って腰に差す和成を見ながら、塔矢はおもしろそうに笑った。 「何を考えている?」 和成は振り返ると、逆に問い返した。 「今の塔矢隊で、彼女に勝てる人はどのくらいいますか?」 塔矢は少し考えて答える。 「古参の隊員が四、五人ってとこかな」 それを聞いて和成は納得して笑いながら何度も頷いた。 「そうじゃないかと思いました。”男にまけるもんか”って全身から滲みだしてますしね。まぁ、その実力だと、私にも勝算はあるかな」 「負けるつもりないだろう」 塔矢はニヤリと笑いながら和成の肩を小突いた。 「ええ。だから真剣勝負にしたんですよ。慣れてないと緊張しますからね。その分私は有利になります」 和成は昔から稽古の時もほとんど真剣を使っていた。人を斬るのが嫌いな和成は戦場でためらわないように、稽古と実戦の感覚の差を減らすためそうしていたのだ。 「ずっと勝ち続けていると、負けるわけにはいかない気分になってきますからね。それで肩に力が入ってるのかなと思って。ちょっと力を抜いた方が、周りが見えてきて彼女のためにもいいんじゃないかと」 「おまえも昔は周りが見えてなかったな」 「そうですね。だから、彼女の肩の力を抜いてあげたいんです。立ち会いお願いします」 「わかった」 二人は執務室を出て道場へ向かう。時間は午後二時になろうとしていた。塔矢隊の稽古の時間である。 |
目次へ |
Copyright (c) 2009 - CurrentYear yamaokaya All rights reserved.