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幕間1 「共犯者」

1.



 和成が技術局勤務となって二週間が過ぎようとしていた。
 技術局は国の最先端技術の研究開発を行っている機関なので、城内では君主の居室の次に安全管理の厳しい区域である。
 警備員はいないが、入退室のたびに認証札、暗証番号、瞳の虹彩による生体認証と三段階踏まなければならない。そのため勤務している職員たちも面倒がってあまり出入りしない。
 局内に自動販売機とお手洗いが備えられているので昼食時と仕事を終えて帰る時以外は外に出る必要もないのだ。
 和成も兼務していた他部署の仕事を全部切ったので、今は一日技術局にこもりっきりで紗也に会う事はほとんどなくなっていた。日中には。
 
 
 
 その日和成は早めに昼食を終えて、昼休み半ばに君主執務室を訪れた。
 紗也は自室で昼食を摂るので、昼休みには弁当持参の塔矢がひとり執務室にいる。和成が部屋に入ると弁当を食べ終わった塔矢が茶をすすっていた。
 和成は室内を見回して尋ねる。
「紗也様はいらっしゃいませんよね?」
 すると塔矢はおもしろそうに笑いながら、からかった。
「なんだ、恋しくて顔を見に来たのか?」
 和成は憮然として塔矢を見返す。
「違います。お顔ならほぼ毎日のように拝見してますし」
「どういう意味だ?」
 塔矢は訝しげに和成を見つめた。
「それについてご相談したくて来ました」
「まあ、座れ」
 塔矢に促されて、和成は予備の椅子を持って来ると、塔矢の机の前に腰掛ける。
 そして技術局勤務になってからの事を話し始めた。
 技術局勤務になってから三日目の夜、満月をゆっくり眺めようと思い部屋の外に出ると、自室前の中庭へと降りる石段に紗也が待ち構えていたのだ。
 別に用事があるわけでもなく、少し話をすると満足したように笑顔で自室に帰って行った。
 その後も月の見える晩には必ず石段に座っている。もうすぐ冬になろうとしているので夜気はかなり冷たい。
 自分が出て行かなければ諦めて帰るだろうと思い、一度気付かぬフリをして放っておいたら三十分経ってもずっと帰ろうとしない。
 結局根負けして出て行ってしまった。
 紗也は夜に出歩く時、部屋付きの女官たちを薬で眠らせていると言っていた。毎夜のように眠らされていては女官たちの体調も危ぶまれるし、その内気付かれてしまうだろう。
 紗也が女官たちを眠らせてまで和成に会いに行っているとばれてしまえば、噂好きの女官たちの間で妙な噂が立ちかねない。
「呼んでくださればこちらからお伺いしますと何度も申し上げたのですが、”別に用がある訳じゃないから”と聞き届けていただけないんです。塔矢殿から注意していただけませんか?」
 塔矢はひとつため息をついて目を伏せた。
「寂しいんだろうな。毎日怒鳴られてたおまえの姿さえ見る事がなくなって。とはいえ、色々と問題ではあるな。一応言ってはみるが、それでもダメなら女官長に言うぞと脅してみるのが一番効くかもな」
 女官長は世話係を取り仕切り、紗也の躾や教育を担当している。和成の他に、紗也に対して厳しい小言を言うのは彼女だけだ。
 そして和成の小言はケロリとして受け流す紗也も、どういうわけか女官長の小言は苦手としている。
「それが一番かもしれませんね」
 和成が大きくため息をついた時、部屋の戸が開いて昼食を終えた紗也がいつもより早く帰ってきた。和成の姿を見つけると笑顔で駆け寄る。
「和成、来てたの? 言ってくれればもっと早く帰ってきたのに」
「塔矢殿に少し用事があっただけですから」
 和成は椅子から立ち上がると、チラリと塔矢に視線を送った。それを受けて塔矢は小さく頷き、和成が座っていた椅子を指差す。
「紗也様。そこにお座り下さい」
 紗也は不思議そうに和成を見た。和成は目を合わさないように横を向く。和成があさってを向いたので、今度は塔矢を見つめたままゆっくりと椅子に座った。
 それを見届けて塔矢は切り出す。
「紗也様。毎晩のように和成の部屋を訪ねていらっしゃるそうですね」
 紗也は横にいる和成を睨む。けれど和成は相変わらずあさってを向いている。紗也は塔矢に向き直って言い訳をした。
「真夜中には行ってないもん」
 塔矢は厳しい表情で紗也を見据える。
「真夜中でも昼間でも同じ事です。女性がひとりで男性の部屋を訪れてはなりませんと女官長に教わってるでしょう」
「部屋の中には入ってないもん」
「夜には城の安全管理機能が作動して、和成の部屋の付近は人通りが途絶えるのをご存じでしょう。部屋の中でも前でも密室に変わりありません。その証拠にこいつは夜になったら部屋の前の廊下を部屋の一部と勘違いして、廊下で酒を飲んだりしてるじゃないですか」
 塔矢に指差されて和成はガックリ肩を落とす。
「塔矢殿。私の私生活のダメ出しはまた今度でいいですから。誰に聞いたんですか、それ」
「紗也様だ」
 和成が紗也を見ると、紗也はあわてて目を逸らした。
「こいつはこんな人畜無害のかわいい顔をしてますけど、あなたに惚れてる男なんですから油断してるとまた抱きつかれますよ」
「ひとをケダモノの様に言わないで下さいよ!」
 あわてて和成が反論すると、その横で紗也がさらりと言い放った。
「別にいいわよ。抱きつかれるくらい。私も抱きついてるし」
 男二人は同時に紗也を見つめて硬直する。
 少しして塔矢が、和成を睨んで尋ねた。
「おまえ、そんなに再々紗也様に抱きつかれてるのか?」
 今にも殴られそうな気がして和成はうろたえる。
「抱きつかれたのは先の戦の時だけです」
 紗也は大げさにため息をついて苦笑した。
「もう。抱きつかれたくらいで塔矢ったら大げさに騒ぎすぎなのよ。別にゴーカンされたわけじゃなし」
 男二人は再び同時に硬直する。
 少しして塔矢が先程よりも激しく怒りを孕んだ目で和成を睨んだ。
「そんな事されてたら、私が即刻首をはねております!」
 あまりの剣幕に、和成は塔矢に両手の平を向けて一歩退く。
「本当にしたわけじゃないんですから、そんな殺気立った目で睨まないで下さい」
 次の瞬間、塔矢はハタと気が付いて殺気を消し、紗也に問いかけた。
「紗也様。その言葉はどこでお知りになりましたか?」
「え? ゴーカン? 広域情報通信網の事件記事」
「意味はご存じですか?」
「男の人が女の人に乱暴する事でしょ?」
「具体的には?」
「……殴ったり、とか?」
 塔矢はホッとしたようにため息をつく。
「なるほど。ご存じないんですね」
「えーっ? 違うの?!」
 紗也が驚いたように目を見張った。
「広い意味では間違っておりませんが、正確ではありません。女官長にお伝えしておきましょう」
 塔矢が笑ってそう言うと、紗也はあせってうろたえる。
「それ、間違ったらいけないの? 私、何か叱られる事言ったの?」
 塔矢はさらに破顔すると、穏やかに諭す。
「叱っていただく訳ではありません。正しい知識を身に付けて頂くだけです」
 それを聞いて紗也は安堵のため息をもらした。そして、横にいた和成に尋ねる。
「ねぇ。和成は意味知ってるの?」
 和成は横目で紗也を見下ろす。
「知ってますけど」
 答えた後、嫌な予感がして即座に目を逸らした。
「じゃあ、教えてよ。どういう意味?」
 案の定な攻撃が来た。目を逸らしたまま和成は憮然と答える。
「女官長にお聞き下さい」
 紗也は立ち上がって、和成の袖を引っ張った。
「なんでー? 知ってるなら教えてよ」
「私に聞かないで下さい」
 和成が助けを求めるように塔矢を見つめると、塔矢はひとつ咳払いをした。紗也は塔矢に目を向け、諦めて椅子に座り直す。
「紗也様。話を元に戻しますけど、今後和成の部屋をひとりで訪れるのはおやめ下さい。和成に御用の時は自室か執務室にお呼び下さい」
 塔矢がそう言うと、紗也は上目遣いに塔矢を見つめ、「わかった」と不服そうに返事をした。
 和成はホッと一息ついて技術局へと帰って行った。




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