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4.



 少女の彼氏は大学生だという。高校で知り合い、付き合い始めたが、彼が大学に進学して、滅多に会えなくなった。
 メールや電話でのやり取りは、ほぼ毎日あるが、バイトやサークル活動で忙しい彼と、会えるのは月に数えるほどだという。
 大学で新しい彼女でも出来たのではないかと疑った事もあったが、どうやらそうではないらしい。彼の高校時代の友人にそれとなく尋ねたら、彼女同様付き合いが悪くなっていた。
 どうもサークル活動に夢中になっているようで、メールも電話もその事に終始している。
「何やってんの? おまえのカレシ」
「ゲーム作ってるみたい。あたし、あんまりゲームしないから、よくわかんないの。あいつの話」
 いつもは少女にとって、わけのわからない話ばかりする彼が、珍しく今日花見をしようと誘ってきたらしい。
 久しぶりのデートの誘いに、少女は思い切り舞い上がった。バッチリおしゃれして、待ち合わせの時間より一時間も早く出かけて待っていた。
 ところが、突然彼からキャンセルされたのだ。サークル仲間との花見の予定が入ったからと。
 自分の方から誘っておきながらドタキャンしてすまないと彼に平謝りされ、怒る事も言い返す事も出来ないまま、一方的に電話は切れた。
 夜桜見物をするからと家族に告げてきた手前、早々に帰るわけにもいかない。時間をつぶすために歩き回っていたら、おろしたての新しいサンダルでマメが出来るわで、なんだか情けなくなって泣いていたらしい。
 話を聞いた進弥は、思い切り大きなため息をついた。
 この世の終わりでも訪れたかというほど号泣していたから、何事かと思えば、実に些細なすれ違いだったのだ。
 酎ハイを飲みながら、ボソリとつぶやく。
「くっだらねー」
「くだらなくないもん! 久しぶりのデートだったのに! あたしの方が先に約束してたのに!」
「オレに怒ったってしょうがねーだろ」
 わめいた後少女は、俯いて再び目に涙を浮かべた。
「あたし、本当にあいつの彼女なのかな……」
 どうりで同じ匂いがすると思った。やはりこの少女は、自分と同じ不安を抱えていたのだ。
 進弥は缶の底で、少女の頭をコツンと叩いた。
「泣くな。別にふられたわけじゃないだろ?」
「叩かないでよ!」
 少女に元気が戻った事で、少しホッとした。泣かれるよりは断然いい。
 この時間だと、ほとんど人通りはないが、それでも時々人が通るのだ。自分が泣かせていると思われるのは心外だ。
「オレにわめいてないで、本人に言えば?」
「言えないよ。ただでさえ子供扱いされてるのに、やっぱり聞き分けのない子供なんだって思われたくないもん」
「実際に子供なんだから、子供だって思われたっていいじゃん」
「もう!」
 少女はムッとした表情で進弥を睨んだ。進弥はかまわずに続ける。
「どうせ子供でいられるのもあと少しなんだし、今の内に子供の特権、思う存分行使した方が得だと思うけどな。あんまり聞き分けがよすぎるより、少しぐらいなら、わがまま言って甘えてくれる方が嬉しいもんなんだよ」
「そうなの? うざくない?」
 目を丸くして身を乗り出す少女に、進弥はクスリと笑った。
「そりゃあ、わがままばっかだと、うざいけど、全く甘えてくれないのも寂しいよ。そんなに頼りないのかなぁって」
 思わず本音を漏らすと、少女は目ざとくそれを察知して、ニヤリと笑いながら進弥の顔を覗き込んだ。
「やけに実感こもってるけど、あんたの彼女って甘えてくれないの?」
「全然。すっごいクール。ってか、オレの事はどうだっていいだろ」
「えぇーっ? あたしの話だけ聞いてずるい」
「おまえが勝手に話したんだろ?」
 同じ匂いがするせいか、この少女にはついつい本音を漏らしてしまうようだ。
 進弥の飲む酎ハイの缶を見つめて、少女が訴えた。
「ねぇ、喉渇いちゃった。それ返して」
 進弥はニヤリと笑い、問いかける。
「何? オレと間接キスしたいの?」
 すぐさま少女は、真っ赤になって怒鳴った。
「誰があんたなんかと! あたしの唇はあいつのものだもん!」
 こういう反応は、やっぱり若いなぁと思う。真純には小馬鹿にされた事を思い出した。
 進弥は笑いながら、カフェオレのペットボトルを差し出した。
「ほら。これやるよ。まだ開けてないから」
「なんか生ぬるーい」
 受け取ったペットボトルを、文句を言いながらも開ける少女を横目に眺めていると、携帯電話がメールの着信音を鳴らした。
 進弥はポケットから電話を取りだし確認する。真純からだった。
 メールを開いて文面を目にした途端、思わず顔をしかめる。
「”バカ”って何?」
 隣から少女が手元を覗き込んでいた。進弥は慌てて電話を閉じる。
「覗くなよ。おまえオレには遠慮なしだな」
 少女は益々無遠慮に突っ込んできた。
「ねぇねぇ、今のカノジョ? もしかして、あんたの方がカノジョとケンカしたの?」
「だから、オレの事はどうだっていいだろ。さっさと絆創膏貼って家に帰れ。充分時間はつぶせただろう」
「もおぉ。教えてくれたっていいじゃない」
 少女はブツブツ言いながら、足に絆創膏を貼り始めた。ベンチに乗せていた足に貼り終え、もう片方の足にも次々に貼っていく。
 どれだけ相性の悪いサンダルを履いていたんだ、と半ば呆れながら眺める。
 少女は絆創膏だらけの足に再びサンダルをはき直して、その場で数回足踏みをした。
「大丈夫そうか?」
「うん」
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「ありがとう」
 礼を言って少女は立ち上がった。そしてイタズラっぽく笑いながら、進弥の顔を覗き込む。
「あんたもカノジョと仲直りしたら?」
「余計なお世話」
 進弥が顔をしかめると、少女は腰に手を当てて、得意げに胸を反らした。
「だって、カノジョは仲直りしたがってるもん。どうでもよかったらメールなんて送ってこないよ」
「あんなメール……」
 反論しようとした時、再びメールの着信音が鳴った。
 進弥は電話を取りだし確認する。またしてもちゃっかり、少女が覗き込んだ。
「”お願い”って、何か頼まれてたの?」
「いや……」
 前のメールとの、繋がりが読めない。意味が分からず、進弥は首を傾げながら、少女と顔を見合わせた。




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