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20.護衛就任




 一応なんとか朝までには充電が完了した。夜間にリモートでオレの記憶領域にアクセスがあったのは知っている。リズがシークレット領域にある大叔母さんの日記を見たのだろう。
 たったそれだけのことで、リズがオレに接触してきたことに安堵する。妙な距離を置かれるかもしれないと思ってたからな。あの恋人ごっこの後みたいに。
 まぁ、ただのロボット相手には緊張なんてしないか。それでいい。
 いつものようにぼんやりと、掃除をしながら部屋を行ったり来たりしているムートンを眺める。そうしている間にムートンは掃除を終えて、いつもの定位置に移動した。彼は立体パズルに手を伸ばす。
 あれ? 今日はリズ遅いな。
 まさかオレのせいでショックのあまり休みってことはないだろうけど、ちょっと不安になる。
 体調不良で寝込んでいるなら局に連絡はあるだろうが、はたして備品のオレにまで知らせてくれるかどうかは疑問がある。まぁ、直接通信できるから、その心配は無用か。
 でも体調不良ならまだいいが、途中で事故にでも遭ってたら……。
 そんなろくでもないことを考えてオレが不安を募らせているところへ、扉が突然開いてリズが駆け込んできた。
 単なる寝坊だったのかな。ゆうべ大叔母さんの日記を見て夜更かししたから。
 オレは内心ホッと息をついた。
 ホッとしたと同時に少し疑問に思う。遅刻に焦っている風でもないが、何事かとオレは呆気にとられた。なにしろ始業時間にはまだ余裕があるのだ。
「オハヨウゴザイマス、リズ」
 ムートンは我解せずといった調子で、いつも通りに淡々と挨拶をする。
 リズは忙しそうに鞄を机の上に放り投げて、白衣を羽織りながら早口でまくしたてた。
「ムートン、おはよう。シーナ、仕事よ。すぐに捜査会議だから、一緒に会議室に行くわよ」
「え? 緊急指令とか流れてないけど?」
「それほど緊急じゃないからよ」
「なるほど」
「ほら、さっさと行動して」
 のんびりと立ち上がるオレを、リズは苛々したように急かす。緊急じゃないんだろう?
「じゃあムートン、留守番をお願いね」
「イッテラッシャイマセ」
 ムートンに留守番を頼んで、オレたちは慌ただしく研究室を出た。
 リズは急いでいてもムートンに声をかけるのは忘れないらしい。オレには朝の挨拶もなしだっていうのに。まぁ、最初からオレの方が扱いは低かったけど。
 やっぱ昨日のは、間違いなく思い違いだな。



 会議室には中央にある会議机のまわりに、すでに多くの捜査員が集まっていた。部屋の右手一番奥で、なにやらラモット班長が苦虫を噛み潰したような顔をしている。いつも以上に不機嫌そうだ。なるべくかかわらないようにしよう。
 オレは班長の視界に入らないように、リズの陰に隠れて班長と同じサイドの末席に座った。
 どうやらオレたちが最後だったらしい。リズが急かしていた理由がわかった。
 オレたちが席に着くのを見て二課長が口を開いた。
「始業前に集まってもらって申し訳ない。先日の立てこもり事件の時、機動捜査班のラモットくんが何者かに銃撃されたことは周知されている通りだ。一般捜査一課の方で捜査していたんだが、犯人がヒューマノイド・ロボットである可能性が高くなってきたらしい。そこで担当が特務捜査二課にも回ってきた」
 あの時、現場は大勢の捜査員や野次馬でごった返していた。人はたくさんいたが、皆立てこもり事件の方に興味を引かれていたようで、その場で目撃情報は得られなかったと聞いている。
 犯人のいた現場に急行したフェランドさえ、なんの手がかりも掴めなかった。
 ロボットの関連性が掴めていなかったので、その時点で特務捜査二課の担当案件ではない。翌日からは一般捜査一課で捜査が行われることになった。
 捜査の結果、付近住民からの目撃情報を得る。目撃者は子供だった。
 当初は「腕の先が銃になった人がビルの屋上から空を飛んでいった」という証言を、親は子供の戯れ言だと取り合わなかったらしい。
 ロボットの存在は人々の生活に浸透しているが、腕の先が銃になったロボットなど、子供向けの配信映像番組でしか存在しないからだ。
 ところが警察局から各家庭に配信される広報で、襲撃事件の情報提供を呼びかけていることを親が知り、もしかしたらと連絡してきたらしい。
 なるほど、ロボットだったから逃げ足が早かったのか。
 犯人が特定できたことは班長にとっても喜ぶべきことだと思うが、どうして一段と不愉快そうなんだろう。
「そういうわけで、シーナ」
「はい?」
 突然呼ばれて面食らったオレは、思い切り間抜けな顔で声を漏らす。いかんいかん。ロボットらしく冷静にしてないと。
 二課長は人の良さそうな笑顔を向けてオレに言う。
「ラモットくんをしっかり守ってやってくれ」
「了解しました」
 そういうことか。そりゃあ班長が不愉快MAXになるわけだ。
 犯人の居場所はまだ掴めていない。当面は機動捜査班の出番はなさそうだ。二課長が今後の捜査方針と役割分担を説明しているとき、すでに耳慣れてしまったメッセージが会議室に流れた。


――緊急指令。警察局宛に爆破予告声明を受信。ターゲットは第一居住地区のテルム男爵家私設美術館。一般捜査三課及び爆発物処理班は直ちに現場に急行してください。


 どうやら特務捜査二課担当の事件ではなさそうだ。一瞬全員が固唾を飲んでスピーカーを見つめたが、お呼びでないとわかると平然と元に戻る。
 リズに聞いてはいたが、研究室以外だと他の緊急指令も流れるんだ。
 班長銃撃事件の方は犯人の居場所が特定されるまでは一般捜査一課と協力して捜査を進める方針のようだ。オレは二課長の命令でラモット班長が警察局の建物を出るときは護衛を務めることになった。
 昨日の帰りと今日の朝は、一般捜査一課の捜査員が車で班長を送り迎えしたという。警察局の車両はオレのボディと同じくらい丈夫にできているらしい。
 あまり面識のない他部署の捜査員より、部下の方が班長も気楽だろうという建前だったが、現場捜査員の送り迎えなんて面倒くさくて、オレに押しつけたんじゃないかと邪推してしまう。
 たぶん班長的には、ついこの間やってきた新米のオレなんかに守られるなんて気楽ではなく屈辱だろう。しかもオレ、班長が大嫌いなロボットだし。
 そんなわけで犯人確保までの間は、ヒマなときも班長のそばにいることになった。
 えー。すげー気まずい。ヒマなのに、そばで何してたらいいんだろう。
 リズの研究室だったら、ムートンと話をしたり、図書館の本を読んだりしてたけど、班長のそばで無駄口叩いてたら怒られそうだし、本なんか読んでていいんだろうか。
 捜査会議を終えて、みんなでぞろぞろと事務室に向かいながらオレはそんなことを考えていた。
「じゃあシーナ、ラモットさんの言うことをよく聞いてね」
 リズに肩を叩かれてふと気づくと、事務室の前まで来ていた。彼女は笑いながら手を振って、そのまま研究室の方へ歩いていく。
 振り返ると班長が相変わらずの不機嫌顔で入り口の横に立っていた。オレと目が合った班長は、無言のまま目で促して部屋に入っていく。オレは慌てて後に続いた。
 事務室の中には案外人がいる。朝の早い時間に来たのは初めてで少し驚いた。昼間はたいがい出払って閑散としているのだ。
 てか、がたいのいいヤローばかりひしめいてると、そうとうむさ苦しい。
 特務捜査二課にいる女性は、リズとロティだけなのだ。
 今は紅一点のロティが忙しそうに、笑顔でお茶を配っていく。
 班長はオレなんかいないかのように、さっさと右手一番奥にある自分の席についてコンピュータを操作し始めた。その横でフェランドがニヤニヤ笑いながらオレを手招きする。
「シーナ、今日からここがおまえの席だ」
「はい。ありがとうございます」
 班長の隣になるその席は、元々フェランドの席なのだ。笑顔で返事をして席に着いたものの居心地はあまりよくない。ロティのくれたお茶を飲むのも気が引ける。
 班長は不愉快そうにオレを一瞥して、すぐにコンピュータ画面に視線を戻した。黙々と事務仕事をする班長の隣で、オレは姿勢を正してただ座っている。オレに席を明け渡したフェランドは、斜め前にいるシャスの隣にわざわざ椅子を持ってきて、おもしろそうにこちらの様子を眺めていた。
 現場主義の班長はどうやら事務仕事は苦手のようで、時々操作をミスって小さく舌打ちしたりする。そのたびにオレもついついピクリと反応してしまう。それを見て斜め前にいるフェランドが必死に笑いをかみ殺していた。
 ひしめいていたむさ苦しいヤローどもは、二課長と直属上司の指示で、次々に捜査で出かけていく。気づくと二課長の他は、シャスとフェランドと班長とオレだけになっていた。ロティもどこかに行ってしまったらしい。
 フェランドは飽きもせずオレと班長を眺めてニヤニヤしている。その様子にシャスは呆れたように一息ついて席を立った。
「フェランドさん、ヒマならつき合ってください。飛行装置の訓練場に行きましょう」
「ん? あぁ」
 シャスに促されてようやくフェランドはオレたちから視線をそらす。そして気怠げに立ち上がった。
「じゃあ班長、訓練場に行ってきます」
「あぁ。ついでに射撃の訓練もしてこい。こいつがオレに張り付いてて使えねぇから、おまえらが違法ロボットを確保しなきゃならないんだ」
「はい」
「そういやぁ、しばらく銃を握ってねぇな。シーナのおかげだな」
 そう言ってフェランドはオレに笑顔を向ける。
 そっか。オレが配属になるまではみんなが銃で違法ロボットの機能を麻痺させてから確保してたんだ。
 結構危険だよな。初仕事の時みたいに猛スピードで突進してくる奴を撃ち損ねたら、次の瞬間には死んでるかもしれない。
 フェランドがシャスの肩を叩いて言う。
「じゃ、射撃の方はオレがシャスに手ほどきを受けようかな」
「オレでお役に立てるなら」
 ふたりが笑い合っているのに、つられてオレも笑う。するとフェランドが不思議そうに目を見張った。
「ん? もしかしてシーナは知らないのか?」
「え? なにを、ですか?」
「飛行装置はヘロヘロだけど、シャスは新人ながら射撃の腕は機動捜査班で一番なんだぞ」
「へぇぇ」
 料理の腕なら一番だと知ってたけど。
 心底感心して目を丸くするオレをチラリと見て、シャスは照れたようにフェランドに向かって否定する。
「いや、そんなことないですよ」
 そんなシャスの背中をフェランドはバシバシ叩いた。
「そんなことないことないって。そこは自負しとけ」
 そしてオレに向かって自分のことのように得意げに自慢する。
「ほら、シーナが初仕事でロボットを取り逃がしたとき、オレたちが待ち伏せしただろ? あの時、オレとグレザックさんはふたりだったけど、シャスはひとりだったじゃないか」
「そういえば……」
「道幅が狭かったのもあるだろうけど、シャスならひとりでも取り逃がすことはないと班長が判断したからなんだ」
「へぇぇ」
 シャスも危険は覚悟の上で任務に当たっているって班長は言ってたけど、班長が安心して任せるくらい限りなくゼロに近い危険だったわけか。
 そりゃあ、余計なことしやがってって、オレが怒られるはずだ。
 ひたすら感心するオレの横で、班長が少し苛々したように声をかけた。
「おまえら、無駄口はそのくらいにして、さっさと訓練に行け。いつ出動かかるかわからないんだぞ」
「はい」
 返事をしてふたりはさっさと部屋を出ていった。途端に室内は静寂につつまれた。時々二課長が電話応対をしているのがせめてもの救い。
 班長は相変わらずオレなんかいないかのように、黙々と事務仕事を続けている。
 身体的に疲れることはないけど、精神はめっちゃ削られてる。
 どうせすることもないなら、いっそ省電力モードに切り替えようかと思い始めたとき、班長がおもむろにこちらを向いた。思わずピクリと反応したオレを見て、思い切り不愉快そうに眉をひそめる。
「いちいちビクつくな。オレの方が落ち着かない」
 やばい。気づかれてた。
「すみません。なにかご用かと思って」
「事務室でおまえに頼むような仕事はない」
「そうですか」
 うーん。班長の中では、オレってあくまでも機動捜査用の備品なんだな。教えてくれれば大概のことはできるんだが。しかも人より正確に。
 いつものように天使の微笑みで応対する。
「事務仕事もできますよ」
「いい」
 そう言うだろうとは思った。
 すぐに目を逸らして仕事に戻るのかと思ったら、班長はそのまま問いかけた。
「おまえ、いつも研究室ではなにをしてるんだ?」
「研究室に常駐してるロボットと話をしたり、クランベールのことを学ぶために国立図書館の蔵書を閲覧したりしてます」
「だったら、そうしてろ。室内にいるときまでオレを監視してなくていい。その方がお互い落ち着くだろう」
「了解しました」
 やった。読書の許可が出た。ダメ元で聞いてみようとは思ってたんだ。
 オレが国立図書館にアクセスしようとした途端、本日二度目に聞くあのメッセージが流れた。


――緊急指令。第一居住地区にて、捜査員銃撃犯と思われるロボットの目撃情報。特務捜査二課の各捜査員は直ちに出動してください。


 班長が即座にコンピュータの操作を終了して立ち上がる。オレも一緒に立ち上がった。
「行くぞ。リズを呼べ」
「了解しました」
 今日はオレも班長と一緒に出動だ。班長は早速通信でシャスとフェランドに指示を出している。
 図書館の蔵書閲覧はしばらくお預けになってしまった。




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