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21.交わる二つの事件 |
飛行装置を背負って班長と一緒に事務室の前で待っていると、オレの通信を受けたリズが走ってやってきた。 今回オレは班長のそばを離れるわけにはいかないので、飛行装置も必要ないだろうしリズが一緒に行く必要もないような気がする。 そもそも班長を狙った犯人がいるところへ班長が行くこと自体必要ない気がするが、そういうわけにもいかないんだろうな。 現場主義の班長にしてみれば、自分を狙っている犯人だからこそ、自分が現場で直接指揮を執りたいんだろう。 犯人の所在が掴めるまでは車から出ないことで、二課長も了承した。犯人ロボットがパワーアップしてないことを祈りたい。強化ボディの車を貫通するようだったらオレもやばいかもしれないし。 奇妙な取り合わせの三人で車に乗り合わせて現場に向かう。班長が行き先を入力しているのを見ながら、そういえば現場がどこだか詳しく聞いてないことに気づいた。 「現場はどこですか?」 オレが尋ねると、班長は不愉快に怪訝な表情を上乗せしてオレを見る。 「なんでそんなことを聞く? 事件の詳細は配信されるだろう」 「私には配信されません。班長の指示に従うことだけ命令されています」 いつもは一緒に行動しているシャスに聞いていた。オレは備品だからそういうもんだと思ってたんだが。 班長は話を中断し、とりあえず入力を優先する。行き先の決定した車は、サイレンを鳴らしながら動き始めた。 通常より高い位置まで浮き上がったエアカーは、警察局の敷地を出て、スピードを上げながら一般車両の列の上を進んでいく。 一般車両は路面から一メートル以上上昇して走行してはならない規則になっている。それより上のエリアは緊急車両や飛行装置の走行エリアになっているからだ。 以前エアカーに乗ったときより高い位置から望む景色にちょっとわくわくする。けれど班長には悟られないように表情は引き締めて、窓の外をこっそり眺める。 エアカーの姿勢が安定してきたとき、班長がリズに尋ねた。 「リズ、どうしてこいつに情報が回ってないんだ?」 「ロボットが許可なく局の情報に触れることは禁止されているからです」 「オレが許可する。こいつは他のロボットとは違う。捜査員だ。常に最前線にいるこいつが事前情報を知らないとなると任務に支障を来す」 班長の口からオレを捜査員、つまり人間と同じだという言葉が出たことに驚いた。 それはリズも同じだったようで、大きな目を丸くして一瞬息を飲む。しかし動揺を隠せず、しどろもどろに反論した。 「え、でもそれじゃ、シーナが故障して局のデータを悪用したりしたらラモットさんが……」 どういう故障だよ、それ。 オレが呆れながら内心ツッコミを入れていると、班長はニヤリと笑みを浮かべてオレを見据えた。 「そうなったらオレが責任を持って逮捕してやる」 なんか嬉しそうなのは気のせいだろうか。 それにしてもどういう心境の変化なんだろう。相変わらず煙たがられているのは知ってるけど。 大嫌いなはずのオレに対する班長の配慮に、リズと並んで呆けたように絶句する。それを見て班長は一層不愉快そうに声を荒げた。 「なんなんだふたりして! オレがロボットに便宜を図ったらそんなにおかしいのか」 「えー、だってラモットさん、ロボットは嫌いだってシーナの目の前で宣言したじゃないですか」 「ロボットは嫌いだ。だがオレは個人的な好き嫌いで部下を差別はしない。こいつはオレの部下じゃないか。二課長からも使えないポンコツだと思うんなら使えるようにしてやってくれって言われてるんだ」 「あぁ、なるほど」 おい! 制作者がそこで納得するか。 班長は相変わらず不愉快そうにオレを指さして命令する。 「いいか、シーナ、命令だ。オレの責任において、警察局ホストコンピュータへのアクセスを許可する。アクセス権限は特務捜査二課一般捜査員。期限は無期限だ。アクセスしたら特務捜査二課の通信リストに自分のアドレスを追加しておけ」 「了解しました」 命令権限者、ラモット=ベルジュロンの命令受理。 国家警察局ホストコンピュータに接続。 権限要求。 受理確認。 アクセス開始。 警察局のホストにアクセスし、言われたとおりに通信リストの追加を終えると、今日の分だけ未受信の通信を受信する。 車の行き先はわかった。 あれ? ここって確か……。 オレが行き先を確認したと同時に、エアカーは減速を始めた。あたりは閑静な住宅街――のはずだが、なんだか人がひしめきあって騒然としている。 その人がひしめく建物の前にある大きな道路に、エアカーはゆっくりと降りていった。 ひしめいているのはみんな警察関係者だ。それもそのはず、現場は第一居住地区のテルム男爵家私設美術館。捜査会議中に緊急指令の流れた爆破予告現場だった。 班長を車の中に残し、リズと一緒に外へ出る。オレを見つけたシャスが、一般捜査三課の捜査員を伴ってすぐにやってきた。 というのも目撃情報は爆破予告事件の現場捜査員から送られたものだったからだ。 班長は車の窓を開けて二人の話を聞いた。オレは班長の姿が隠れるように、窓に背を向けてあたりを警戒する。うしろに聞き耳を立てながら。 きっかけは美術館の敷地内にある木の根元を捜索していた捜査員の頭上に木の葉が落ちてきたこと。彼が何気なく見上げた樹上にロボットがいた。 それだけでも十分不審なのに、ロボットは右腕の先がどう見ても銃の形状をしている。 これは捜査員銃撃事件のロボットではないかと緊急通信してきたらしい。 捜査員に気づいたロボットはすぐにその木から飛び立ったという。背中に飛行装置を背負っていたらしい。 飛行装置は一般には出回っていない。入手ルートも問題になるだろう。 目撃者の話を聞いているうちに、車の周りにはいつの間にか機動捜査班のリーダーたちが集まっていた。 事情聴取を終えた班長は、目撃者を労った後、各リーダーたちにてきぱきと指示を出す。今回オレは蚊帳の外だ。 指示を受けたリーダーたちは、次々に持ち場へ向かって散っていき、最後に残ったのはオレひとり……のはずが、なぜかリズが所在なげに佇んでいた。 てっきり通信車両に向かったものと思っていたんだが。 「なにやってんの?」 尋ねるオレにリズはムッとしたように答える。 「人が多すぎて通信車両がどこにあるのかわからないのよ。みんな忙しそうだから聞きそびれちゃって」 まぁ確かに、単純計算でもいつもの二倍は人がいるからな。 誰かに連れて行ってもらえばいいんだろうけど、みんなそれぞれ忙しいだろうし。そもそもオレがここに突っ立ってるだけなら、リズがわざわざ通信車両に行く必要もないんじゃないか? そう思ったので提案してみた。 「班長と一緒に車の中にいれば? オレが捜査に参加しないならリズがモニタリングする必要もないんだろ?」 「そうだけど……。あなたが動く可能性もあるじゃない」 「どうせ後でデータ回収するんだし問題ないだろ」 「……わかった。あなたの言うとおりにする」 班長とふたりきりが気まずいのか、しばらく抵抗していたリズも渋々了承した。 こちらにやってきたリズに、一応お願いする。 「念のため、リミッター解除しといて」 「いいわ。リミッター解除命令。パスコード78374」 マスターの命令受理。 パスコード承認。 筋力リミッター、ロック解除。 痛覚センサ停止。 リミッターが解除され、車に乗り込もうとしたリズの足下に動物型ロボットがすり寄ってきた。 見た目は毛の短い猫に似ている。けど柴犬くらいの大きさがある。ロボットだからなのか、元々こういう生き物を模しているのか、オレはまだ勉強不足でわからない。 金に近い明るい茶色の毛並みに覆われたスリムなボディ。細長いしっぽをゆらゆらと揺らしながらリズを見上げる瞳が赤く点滅している。そこが唯一ロボットっぽい。 案の定リズは瞬時に虜となって、猫ロボットの前にしゃがみ込んだ。 「かぁわいい〜。どうしたの? 迷子になったの?」 リズに頭を撫でられ、猫ロボットは嬉しそうに目を細めて小さく「にゃあ」と鳴く。 やっぱ猫っぽい。しかもかなりリアル。ただ大きさが違和感ハンパない。 飼い主っていうか、主はこのあたりの貴族なのかな。その割にはつけている首輪がえらく庶民的なんだが。 見かけも庶民的だが、材質やその価格帯が庶民的お手頃価格だったりする。 リズは迷子のロボットだと思いこんでるようだが、班長のまわりに現れた不審物には違いないので、オレは一応チェックしていた。 リズはにこにこと猫を撫でながらオレを見上げる。 「ねぇ、後で遺失物係に届けるから、とりあえずこの子も一緒に車に乗ってていい?」 「いいわけないだろ、そんな不審物。事件現場なんだぞ、ここは」 リズはハッとしたように表情を引き締めて立ち上がった。 「そうだったわね。ごめんなさい」 あまりに素直に謝られて、ちょっと罪悪感に駆られる。なにしろリズはオレのマスターだし、下僕がマスターをたしなめるなど、偉そうだったかなって。 それに猫と楽しそうにしているのに、水を差したのもかわいそうだった気がする。 オレはひとつため息をついて、リズに提案した。 「こいつは現場を撤収するまでオレが見ておくから。それでいい?」 「えぇ。お願いね」 リズは嬉しそうに笑って猫の首輪についたリングをつまむ。そのままリングを引っ張るとリードが延びた。それをオレに渡して、猫の頭をひと撫でし、車に乗り込む。猫は名残惜しそうに首を伸ばしてリズを見つめた。 こいつもリズが気に入ったのかな。 車に乗ったリズは窓枠に手をついて、外にいる猫と見つめ合っている。まるで引き裂かれた恋人同士みたいじゃないか。 リズの隣で不愉快そうにしている班長は、さしずめ結婚に反対している親族あたりか。 思わずクスリと笑いそうになってハタと気づいた。 引き裂いたのオレじゃないか! オレの役どころは同僚の彼女に横恋慕したあげく、卑劣な罠にかけて二人の仲を引き裂いた、自称「親友」か? 笑いかけたのもつかの間、自分の妄想に不愉快になる。 卑劣な自称「親友」らしく「同僚」の粗探しでもしようじゃないか。 内心は冗談半分で猫ロボットのボディをスキャンする。その直後、システムメッセージが笑えない事実を告げた。 時限装置付き爆発物検知。 時限装置は未作動。 はぁ!? 爆弾内蔵猫!? とんでもない粗を見つけてしまった。っていうか、粗ってレベルじゃない。 オレはすかさず車内の通信機に向かって、報告する。 「班長、この動物ロボットが時限爆弾を内蔵しています! 時限装置は未作動です」 「わかった。一般三課の方にはすぐに連絡する。おまえはそいつをしっかり捕まえていろ。まわりの人間には退避を促せ」 「了解しました」 握っていたリードを手首に何度も巻き付けて、オレは猫を両腕で抱えるようにしゃがみこむ。そして音声のボリュームを拡声モードに切り替え、まわりに告げた。 「爆発物発見! みなさん、私から離れてください!」 一瞬、周り中から注目を浴びる。次の瞬間、オレの周囲から波が退くように、捜査員たちが撤退していった。オレは猫を抱えて大きな道路の真ん中に移動する。班長とリズが乗った車から離れた方がいいと思ったからだ。 幸い猫ロボットは暴れることもなく、おとなしくオレに抱かれている。爆発物処理班が来るまで、このままじっとしていてほしい。 車の窓からは、先ほどより一層不安げな表情でリズがこちらを見つめていた。 大きな道路の真ん中で、猫を抱えたオレはひとりポツンと立ち尽くす。 すげー怖いんだけど。 猫の内蔵した爆弾がどんな威力かはわからないけど、いくら強化ボディとはいえ、こんな近くで爆発したら無事ですまない気がする。 時限装置が作動していないのも薄気味悪い。 何か条件が設定されているんだろう。美術館がターゲットだったから、その敷地内に入ったら作動するとか? それならここから動かなければいいだけだが、熱に反応するとかだったら、オレがこうして抱いているのもやばい。なにしろ無駄に人間くさいボディだから、人の平熱程度の体温があるのだ。 ずいぶんと長い間恐怖と戦っていた気がする。たぶん本当はそんなに時間は経っていない。待ちわびていた爆発物処理班が、通りの遙か彼方にできた捜査員のバリケードを通り抜けてこちらに走ってきた。 こいつを引き渡したらオレの恐怖は終わる。そう思った矢先に、またしてもシステムメッセージが不穏な情報を伝えた。 三時方向より照準器による赤外線感知。 ターゲットとの距離12メートル。 あいつか!? この忙しいときに! 「班長、照準器による赤外線感知しました。おそらくあいつです。車から出ないでください」 「どこだ?」 「三時方向、美術館の屋根です。ターゲットは……」 可視化した赤外線をたどり、オレは背筋が凍ったような気がした。赤い筋はまっすぐにオレの抱いた猫の額を差している。 「こいつが狙われています! 来るな!」 ほんの二メートルくらい先まで来ていた爆発物処理班に向かって叫びながら、オレは赤外線を遮るように猫を体の陰に隠して道路にうずくまった。 |
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