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班長の秘密 6. |
ダレムの通信を元に地図で検索した班長の家は、官庁街からも商店街からも少し離れた第二居住地区の真ん中あたりにあった。 そのあたりは集合住宅が立ち並ぶ、地区名通りの住宅街だ。稀にリズの家のように昔からある一戸建ても混ざっている。 班長の住まいは三階建て集合住宅の二階だ。 オレが現場に到着したと同時にダレムから通信が入った。 「シーナ、今どこですか? 班長が出かけました。建物の入り口から離れてください」 「了解。今着いた」 オレが目標の斜め前にある公園の木陰に身を隠したとき、建物の出入り口から班長が出てきた。 少し急ぎ足で左に進んでいく。なるほどダレムが言ったようにわずかな焦りを感じる。 なんだろう。時間制限でもかけられてるみたいだな。 気配を殺して十分に距離を置いて、オレは班長の後を追った。 遠くまで行くのかと思っていたら、班長は三軒先の庭付き一戸建ての前で立ち止まる。腰の高さまでの低い柵が、草花に覆われた庭の周りをぐるりと取り囲んでいて、クランベールにしてはレトロな作りの家だ。 門柱の前に立った班長は眉間にしわを寄せる。なぜか焦りは苛々へと変わっていた。 そしてその感情を叩きつけるように、門柱に取り付けられた呼び鈴を連打する。 少しして玄関の扉が開き、気怠げな声を発しながら班長と同年代と思われる男性が姿を現した。 オレは聴覚の感度を上げて、少し離れた建物の陰からふたりの会話に耳をそばだてる。 「はいはいはい。何度も叩かなくても聞こえてるから」 「だったら、さっさと出てこい。オレが来ることはわかってただろう」 友達なのかな。こっそり会ってる恋人じゃないみたいだし、なにか事件の容疑者ってわけでもなさそうだ。 じゃあ、なんでダレムについてくるなって言ったんだろう。そしてここに来るまでなにを焦っていたんだろう。 班長は相変わらず苛々した様子で、威圧的に友人男性に尋ねる。 「あいつはどうした?」 「よく眠ってたから起こすのかわいそうで」 「いいから連れてこい。あいつの元気な姿を見ないとオレの方が安心して眠れない」 「はいはい」 なんだ? 会話からすると恋人じゃなくて子供とか? 班長独身だから隠し子? だとしたら、ロボットとはいえ部下のダレムに知られたくないのはわかるが。 友人男性は再び気怠げに玄関に引き返す。少しして腕の中に何かを抱えて戻ってきた。 こちらからは陰になってよく見えないが、赤ん坊? 視覚を拡大モードにして凝視する。腕の陰からぴょこんと尖った耳の先が現れた。続いてグレーの短い毛に覆われた頭と、空を映したような青い目が腕の陰からあたりを窺う。 隠し子じゃなくて隠し猫! トロロンよりはだいぶ小さいが、地球上の猫よりは一回り大きい。 どうやらクランベールの猫は中型犬くらいの大きさが標準のようだ。ということは、班長の隠し猫はまだ子猫なのだろう。 キョロキョロしていた子猫は、班長に目を留めて「にゃあ」と鳴いた。 途端に班長の感情が不安や焦りや苛々から、喜び、慈しみ、愛情へと変化する。いつもの不愉快そうな表情からは想像もつかない優しい笑みが子猫に注がれた。 見てはいけないものを見たような気がする。なに、そのデレっぷり。 そっか、班長は猫好きだったのか。ということは、爆弾事件のとき、車の中からトロロンと見つめ合ってるリズを忌々しそうに見ていたと思ってたけど、実は羨ましがっていたとか? でも、どうしてダレムに隠すのかはわからない。 デレてるとこを見られたくないのかな。班長の性格的にそれはありそうだが、ダレムの前ではクールにしてればすむだけじゃないだろうか。 オレが首をひねっていると、班長は目を細めたまま子猫の頭をなでながら声をかけた。 「ダレム、いい子にしてたか?」 ダレム! 一気に謎が解けた。子猫の名前もダレムなんだ! それにしても班長、どんだけあいつに囚われてるんだか。 友人が苦笑しながら班長を指摘する。 「そんなに心配なら、部下が来てるくらいでうちに預けなくてもいいじゃないか」 「名前が同じなんだ。混乱するだろう」 「冷血班長がどこまで猫に過保護なんだよ」 「猫の心配じゃない。あいつはロボットだ。来週から実務に投入するのに、関係ないことで混乱してもらっては業務に支障を来す。あと、オレは冷血じゃない」 それを聞いて友人男性が好奇心に目を輝かせる。 「ロボットって、科学技術局の局長を逮捕した奴?」 あの事件って世間じゃ語りぐさになってるんだな。 「いや、あいつじゃない。もうひとり別の奴が配属になったんだ」 「もしかして、おまえが名付けたのか?」 呆れたように問いかける友人に、班長は眉をひそめて言い訳をする。 「マスターになったら家に連れて帰ることになるとは思わなかったんだ」 「にしても、名前なら他にいくらでもあるだろう。いい加減にあの事件に囚われるのはやめた方がよくないか?」 班長は不愉快そうに顔をしかめて目を逸らす。友人は一つ息をついて苦笑した。 「まぁ、あれ以来ずっと拒絶していたロボットを家に招くくらいだから、多少は前進したってことかな。ロボットの部下ができたのがよかったんじゃないか?」 班長はうつむいたままで、子猫の頭をなでながらボソリとつぶやく。 「バージュモデルってのは、本当に人間みたいだな」 「まぁ、ぱっと見はわからないな」 「あいつ、最初はバカだと思ってた。高性能だって聞いてたのに任務には失敗するし、命令には背くし、怒鳴っても殴ってもヘラヘラ笑ってるし」 え、それオレのこと? まぁ、班長には「使えないポンコツだ」って何度も直接言われてるけど、客観的に話だけ聞いてると本当にバカに思える。 「感情が読めるから、オレと衝突しないようにうまく躱しているんだろう、って最近気付いた」 「案外、人間より察しがいいよな」 「オレはロボットとはかかわりたくなくて、あからさまに冷たく接していたらロボットとはいえ、職場の仲間に嫌われたら困るだろうって開発者から言われたよ」 「大人げないな、おまえ」 「そうだな」 呆れたように言う友人に、班長は少し笑みを浮かべて頷く。 「あいつらの方がよっぽど大人だな。嫌われてもかまわないって言ったのに、シーナもロティもまったく態度が変わらないんだ。不必要に踏み込んできたりはしないが、冷たい態度をとるオレに平然と接してくる。ロボットだから人の心情なんかわからないだけだと思うと、意地になってるのもばかばかしくなってな。ロティの差し出したお茶を受け取った」 そっか。ある意味ロティに根負けしたってことか。 まぁ、ロティはプロだから、セクハラに遭ったグリュデにさえ、直後にお茶を出すくらいだし。班長が冷たくあしらったのなんて、蚊が刺したくらいにしかダメージにならないんだろう。 のどを鳴らす猫をなでながら、愛おしげに目を細めて班長は続ける。 「ロティは庶務ロボットで、接客も担当してるからいつも誰にでもにこにこしてるんだが、無愛想なオレに対してもそれが変わらないんだ。朝のお茶を断っても現場から戻ったらまたお茶を差し出す。記憶力がないのか、プログラムに忠実なだけなのか、次第に首をひねりたくなってきた。その時も断られると予想していたんだろう。オレがお茶を受け取ったら、一瞬固まった。そして次の瞬間、いつもの笑顔より一層嬉しそうに笑ったんだ。あの時、バージュモデルに感情があるってのは本当なんだと納得した」 「かなり歩み寄ったじゃないか」 感心したように微笑む友人を、班長はいつもの不愉快そうな表情で睨んだ。 「職場の仲間を拒絶し続けるわけにもいかないだろう。嫌いなことには変わりない」 「はいはい」 軽く受け流す友人は、班長の意地っ張りな性格をすっかり把握しているようだ。 結構長いつき合いなんだろうな。あのトラウマ事件も知ってるみたいだし。 ひとしきり子猫の頭をなでて満足したのか、班長は友人と子猫に別れを告げた。 「ダレム、明日迎えに来るから、いい子にしてるんだぞ」 子猫は前足で班長の手首に抱きつきながら、手のひらをペロペロと舐める。 嬉しそうに目を細めて「こらこら」と言いながら、班長はもう一度子猫をなでて手を退いた。 毎日顔を見なければ心配になるほどかわいがっているのに、やっぱり置いて帰るのか。 でもこれ、ダレムに隠す必要ないんじゃ? いや、むしろ知らせるべきだと思う。 そう思ったオレは、友人に軽く手を挙げてこちらを向いた班長の前に飛び出していた。 「ちょっと、シーナ! こっそり見守るだけじゃなかったの?」 モニタリングしていたリズが、慌ててオレを制する。命令される前に班長に声をかけた。 「班長、こんにちは」 班長は怪訝な表情でオレを見る。そして少し焦った様子でちらりと後ろを振り返った後、気まずそうにこちらを向いた。 班長の後ろでは、猫を抱えた友人が興味深そうにこちらを見つめている。オレは彼に軽く会釈した。 班長はいつも通り、不愉快そうにオレを見つめる。 「どうしておまえがこんなところにいるんだ」 「リズに頼まれて彼女の友人に資料を届けにきました」 あらかじめ用意していた言い訳を述べると、班長はとりあえず納得したようだ。ロボットが適当な出任せなど言うとは思ってもいないのだろう。 オレはすかさず本題に入る。 「あの猫は班長が飼ってるんですか?」 「……そうだが」 「連れて帰ればダレムが喜びますよ」 「あいつは猫が好きなのか?」 少し意外そうに班長が問い返した。 まぁ、ダレムは好奇心の塊だから、猫に限らずなんにでも興味を示すけど、嫌いじゃないと思う。 その辺は曖昧にぼかして本題に入る。 「リズのロボット猫とよく遊んでいます。それに班長がかわいがっている猫と同じ名前をもらったと知ったら私なら嬉しく思います」 予想はしていたけど、途端に班長は表情を険しくした。 「……おまえ、いつからここにいたんだ?」 「ついさっきです」 得意の天使の微笑みで答えると、班長は見透かしたように不敵の笑みを浮かべた。 「なるほどな。科学技術局の局長がおまえの言語能力を絶賛していたが、とぼけるのもうまいようだ。普通のロボットは”ついさっき”なんて言わないだろう」 やべぇ。五分十五秒前って言えばよかったのか。 オレが天使の苦笑を返していると、班長の友人が向こうから声をかけてきた。 「おーい、ラモット。彼もああ言ってることだし、連れて帰ったらどうだ?」 班長は黙って友人の元に戻る。オレもその後に続いた。班長の友人は猫を班長に渡した後、オレに手を差し出しながら人なつこい笑顔を向ける。 「やぁ、はじめまして。もしかして君は、あの有名なロボット捜査員?」 オレも笑顔で彼の手を握り返した。 「はじめまして。ラモット班長の部下でシーナといいます」 「偏屈な上司で大変だろう?」 「いいえ。班長には危険なところを助けていただいたこともありますし、色々とご指導いただいて感謝しています」 「へぇ、ラモットが毛嫌いしているロボットを指導するとはねぇ」 からかうように顔をのぞき込む友人に、班長は眉を寄せて吐き捨てるように言う。 「部下を指導するのは当たり前じゃないか」 「この通り、素直じゃないけど、今後もよろしく頼むよ」 「こちらこそ、廃棄処分にならないようによろしくご指導お願いしたいと思います」 班長は猫を抱えたまま、友人に軽く手を挙げて「じゃあ」と背中を向ける。 そのまま家に向かう班長にオレも暇乞いをしようとしたとき、班長がオレを振り返った。 「おまえも来るか?」 「……え?」 えぇーっ!? すげぇ行ってみたい! こんなこと二度とないかもしれないし。だけど……。 オレは天使の微笑みで、やんわりと拒否する。 「お招きは大変嬉しく思います。ですが、私は今リズに頼まれた仕事の途中です。またの機会にぜひお邪魔させていただきたいと思います」 「そうだったな」 班長は納得して小さく頷く。 「それに、偏屈上司と一緒に過ごすより、恋人と一緒の方が楽しいだろうしな」 そう言って意地悪く笑った。 「いえ、そんなことは……」 ちょっと図星だけど。 ひたすら苦笑するオレに、班長はクスリと笑って背を向ける。そして「じゃあな」と家に向かった。 「失礼します」 班長の背中に敬礼し、班長の友人にもう一度挨拶をして、オレは歩き始める。 たぶん班長はダレムにうまく説明してくれるだろう。 ダレムには班長と自分が帰ることだけ知らせて警察局へ向かった。 |
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