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史 跡
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通法寺跡  所在地:羽曳野市通法寺
最寄駅:近鉄南大阪線「上ノ太子」下車、徒歩約20分。 
通法寺は石丸山と号し、壺井八幡宮の南方にあり、かっては八幡宮の神宮寺であった。 「通法寺興廃記」によれば、1043年(長久4年)河内国司であった源頼義が狩の途中、仁海谷で入手した千手観音を本尊とし、居館の南側に観音堂を建立したのを始まりとする。
 前9年の役(1051から62年)の時、東北地方で活躍した頼義は浄土宗に帰依し、阿弥陀仏を本尊としてからは、河内源氏の菩提寺となり、源氏の隆栄とともに寺は栄えた。
 壺井八幡宮と同様、南北朝から戦国時代にかけ、度々兵火に遭い、荒廃したが、江戸時代の1700年(元禄13年)源氏の子孫多田義直が5代将軍徳川綱吉 に上表し、柳沢吉保が普請奉行となり、復興・再建し、寺領200石が与えている。
 しかしながら、明治初年の廃仏毀釈で廃寺となり、建物の1部を除き、朽ち果てている。寺跡は国指定の史跡になっている。

[参考資料] 『現地説明板:河内ふるさとの道』 羽曳野市
         『日本歴史地名体系』(大阪府の地名編) 平凡社
通法寺山門 山門には「源氏」、「祖郷」の2つの額(表札)がかかっている。
境内に遺されている鐘楼。もちろん鐘はない。 通法寺鐘楼
通法寺跡 通法寺本跡
山門を入ったところに石垣と階段がある。堂宇は一段高いところに建てられていたらしい。 境内のほぼ中央に残されている礎石。
江戸時代に再興された時の本堂跡とのことである。

史跡-098/TTL-403

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