かわうその生態

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いってきます 6/18


  F.C.GEOのキャプテン、コーニョは、世界最高のサッカーを見るために、 フランスへと発ちます。到着は6月20日の朝。よって、パリのスクリーンで クロアチア戦を見ることになるでしょう。そして6月26日リヨンで ジャマイカに勝つ試合を見てきます。決勝トーナメントの初戦を どこで見れるのか、少し心配ですが。

多忙?な一日 6/4

  本日は、昼前に起床。ブランチを済ませて 銀行へ赴き、小学校の時から貯めていたお年玉等をおろしに行く。 小学校からの夢を実現するためので惜しくはない。 その足でバイク屋へ。SPA王と久々に再会。 修理代壱万円也。タンク専用に、新たな鍵が一つ増える。 形は違うのに、どちらの鍵でもエンジンがかかるとはこれ如何に。
  わずかな時間の合間を見て学校へ向かい、SPANSと戯れる。今日はご機嫌。 佐藤さんに別れを告げ、イチロ立命館へ。フィールディング先生の講演を聴く。 横山さんはデータをもらう約束をするなど、思わぬ成果。 フィールディング先生は選挙地理学に興味をお持ちのようで、泉谷も満足。 おまけながら、フィールディング先生の御尊父が通販やさんとのことで、 自分もかろうじて接点を持つ。
  解散後、スポーツショップに立ち寄り、日本代表応援グッズを探すが、 思ったよりもグッズは少ない。 四条に出て、big offでおもちゃのような腕時計を買う。かなり失敗。 その後メインの目的地である旅行会社へ。リヨンのホテルを探してくれだの、 TGVのチケットはとれへんかだのと、無理な注文をして出てくる。 錦で鱧を買い、祖父母の家へ。餞別をいただいた。 鱧で鯛を釣るのは初めてである。
  常ならば、研究室に籠もりっきりの日が多いだけに、 これだけ動き回ると一日も充実である。昼起きではなく、 もっと早起きすれば、さらに実りは多いはずなのだが、 それは次への課題としよう。
  最後に今日の重要な出来事。4、5歳若返った。

リフレッシュ 5/28

  ゼミ発表を終えて精根果てたその日、あまり食欲がなかったこともあって、 毎日続いた外食のカレー(好きで食ってるのだが)に終止符を打たんと、 数週間ぶりにわが家で夕食をとることにした。しかしなんと晩御飯もカレーやった と、まあそれだけのことで、そんなことはどうでもいいのだが、 翌木曜日はリフレッシュの日に充てることにした。
  まずは、以前から予定していたMKボウルへフットサル (人工芝での室内サッカー)に出かけたのだが、 わが地理学研究室が母体のFC.GEOは、たいへん 高齢化しており、私の弟とその仲間たちを前に、体力のなさを露呈して しまうこととなった。が、一時間だけの予約とあって、 何とか楽しいうちに終えることができたのだった。
  その後も、研究室のメンバーはゲーセンにのこり、バッティングに バスケに、エアホッケーに(卓球をやってるやつもいたが)、 体を動かした。普段、研究室でしか会わないだけに、 なかなか新鮮な雰囲気である。最後はビリヤードで締めた。
  一同は解散したが、 私には当日の昼にチケットを譲り受けていた、ピアノのコンサートがあった。 真木さん、横山さんとの約束に遅れるまいと、シャワーを浴び、 自転車に乗り換えて、北山のコンサートホールへと急ぎに急いだ。
  会場には、足利先生も来ておられ、 ともに、腹が音を奏でないようにと、ラ・ミューズのサンドイッチをとる。 この日の演奏は、イベールの「イストワール」に、 サンサーンスのピアノ五重奏曲、マルタンの前奏曲と、初めて聴く 曲ばかり。一応感想としていえば、 イベールのはドビュッシーチックで、かなりなじむことができた。 サンサーンスのは なかなかいい曲だったが、逆に、安心したのか、途中居眠ってしまった。 終楽章はなかなか美しかったなあ。休憩を挿んだ後のマルタンは、 よく訳がわからんままに終わってしまった。さすがに十二音階でこられると、 ちょっと私には.....
  まあ、いろいろとあって、とても有意義な一日であった。 ピアノコンサートも断らなくてよかった。 いろいろとやったおかげで、疲労はかなり残っているどころか余計に増えたのだが。

なんちゅうこっちゃ! 5/19

  掲示板で既に書いたのだが、愛車"SPA王"(250cc、ネイキッド、推定5歳)が盗まれてしまった。
  前回の報告でも書いたソフトボールの日、私は大きなかばんを持って、バイクにまたがって 学校にやって来、グローブを携えてちゃりんこで出町柳へ向かい、その日はバイクを大学に置いたまま 帰宅した。ちゃりんこで登校した翌月曜日、作業を終え帰宅しようと下へ行ったのだが、 SPA王の姿が見えないではないか。我が眼を疑うこと数回、しかし、やっぱりない。
  以前、ちゃりんこがぱくられた時は、たいがいなショックだったが、 だいたい、あんな大きなバイクが姿を消すなんて信じられず、帰り道もしばらく実感が湧かなかった。 しかし考えてみれば、あんなもんぱくるくらい、 その気になればちょろいものなんだろうな、とも思う。
  今日は、交番へ行って被害届を出してきたのだが、誰がぱくったかというのは 随分と絞られそうである。 同じ日、文学部近くの公衆電話の釣り銭口がこじ開けられるという事件があったらしく、 それと同じグループの犯行ではないかという。いわゆる、「少年」たちの犯行ではないかと。 おまわりさんに言わせると、京大の構内は 泥棒天国だという。何しろ警察の権力は届かないのだから。そう考えると、 けっこう恐ろしいところである。驚いたことに、川端警察署管轄の事件は、京大構内のものが大半 であるらしい。
  というわけで、私の愛車も、権力の届かない構内で盗まれ、適当に遊んだところで、 これまた権力の届かない構内にほったらかしてあるのではないかと思われる。 これはもう、届を出したとは言え、自分の足で探すしかない。 どんな姿で見つかるのか。あるいは見つからないのか。 なんてこった・・・・私の日ごろの行いが悪いのだろうか。

熱闘!杉本町 5/17

  強烈な雨と風に打たれながら帰宅した昨夜とはうって代わり、 今日はすごくいい天気。大阪市立大学の地理学研究室との ソフトボール対抗試合は、大阪市立大学の野球場で決行された。 懸念の一つであった京大チームの人数は、予想した最低ラインをさらに 下回ってしまったが、市大の人々がたくさん来てくださり、水内先生と お子さん2人も加わられ、なかなかの盛況であった。
  わが京大チームは、監督の滝波さん以下、今里さん、畠中さん、 北野くん、そして私の五人となり、市大の長谷川さんや、 水内家長男のゆうすけくん、守備時には助っ人を加えて戦うこととなった。 また、途中から、合宿帰りの水野さんも登場した。 結果の方は、一試合目は大差で負けたような気もするが、まあ、 いいことにしよう。個人的にはさっぱりだったので悔いが残るが。
  試合は若干のチーム編成を変更し、二試合行われた。 みな、ひさしぶりの運動に加えて炎天下のゲームとあって、 疲労の様子がうかがえる。ただ、試合後、松村さん・長尾さん・水野さん とともに銭湯へ赴いたのだが、そこで汗と疲労を洗い流すと、これまた久々の爽快感 を味わうことができた。その後のビールのうまかったのは 言うまでもないことである。 その飲み会には、懐かしい顔である平野さんも来られ、 結局、社会人の人々と準社会人(?)の人々にごちそうになった。 二次会は天王寺に出てお茶をし、解散後、滝波号で京都に向かい、水野邸で トイレを拝借し、十二時に出町柳に到着。それぞれ帰途についた。
  よその教室と学会以外で交流する機会はあまりないが、 今日は楽しく、かつ貴重な時間であった。 さて、次は京都でフットサルという案がすでに出ている。 次回は、かならずリベンジである。

私のテレコ 5/16

  私のテレコ(録音のできるウォークマン)は、まったく、 無くてはならない存在となってしまった。そもそも地理学教室の実習旅行で、 フィールドワークをせねばと、寺町で安いのを買ったのだが、 それ以降、合唱の練習、また、卒業論文を書いてるときのニッセンでの聞き取りや、 先生との議論、さらには卒論の試問と、多くのものを録ってきて、 繰り返して聴いては、聞き落としていた箇所を発見している。
  しかし、最近のマイブームとして、自分の歌声を録るという使い道に 新たな活路を見出している。そもそもは、合唱の練習に際して、 歌詞の入ってないパートテープに物足りなさを感じ、 それならば自分で入れてしまえ と始めたのだが、これがなかなか使えるである。 自分で歌ってるときには気がつかないのだが、いざ、録ったものを 聴いてみると、あらがいっぱい見つかる。生半可に流して歌ったのを録ると、 これはもう聴くに耐えない。しっかり腹から声をだすと、まあ、なんとか。 なんとか聴けるかな。 良かったことに、これを聴いてみると、自分で歌えていると 思っていた部分の音が下がっていたり、 音が揺れていたり、癖があったり、ということが見つかる。 そうして、次は気をつけつつ 歌ったのを録ってみると、なおっていたりして、 「ああ、少しは上達したな。」と、 自己満足に浸れるそんなマシンなのであった。
  もう少しええやつがほしいなあ、とか思いつつも、 これだけ使ってやると、さすがにかわいい。これからも当分お世話になることであろう。

合宿を終えて 5/13

  少し古くなるが、先の土日は合唱の合宿であった。スポーツ系の合宿が、 一日中汗を流すのと同じく、一日中歌うという合宿である。大学院ゼミの発表を控え、 貴重な休日であったが、 練習の遅れをとるまいと、また、現実逃避をもかねて、参加したのであった。
  場所は京北町にある府立ゼミナールハウス。行き帰りはいいドライブになる。 ここで170人ほどが、 一日中(とはいえ実質歌うのは10時間程度であるが)、合唱づけになったのだ。 みんなも、いつものホールでの練習とは気合の入り方が違うように思われる。男声陣は In taberna〜(合唱のページを参照されたし)にも突入し、覚悟の様子が伺える。 初日の晩には、交流会としてクイズ大会が催されるが、運良く われわれのチームは好成績を収め、賞品のワインにありつけた。 ちなみに、地理の問題が出題されるという運もあった。
  昨年もそうであったが、合宿の常ながら、夜は寝ないものである。しかし、今年は ワカモノのパワー不足か、部屋のほとんどは「寝る人」の支配下にあり、私もせっかく大量に 食料を買い込んでいったものの、それもどこかに預けて、1時には床に ついてしまった。ただ、その甲斐あってか、翌日は実に爽快に歌えたのだが。
  音楽好きが集まる合宿とあって、 休憩時間には、いろいろな人の出し物がある。チェロの演奏あり、小コーラスあり。 ロビーでは村治香織のギターも流れている。しみじみ、音楽っていいもんだなと感じる。
  さて、合宿の成果については、個人的には課題もみえ、なかなか満足の行くものあった。 全体の成果としては、課題が山積みという見方もできるが、課題が 見えただけよかったではないか、というのが正直なところである。本番まであと4ヶ月。 今年は、自分でじーんとくる演奏にしたい。

良平ハーブ園の種蒔き 5/9

  さて、私のハーブ園も二年目に突入した。昨年は、バジル・ラベンダー・ タイム・セージ・スペアミントなどを植えたのだが、ラベンダー、セージは 途中で力つきてしまい、タイムにいたっては芽さえ出てこなかった。 結局、生命力旺盛と見えるバジルとスペアミントが生き残ったが、 2,3度食用に用いただけで終わってしまった。
  今年は、簡単にハーブを使うことのできるよう、フレッシュハーブティ に用いるためのハーブを中心に植えることにした。レモンバーム・ ジャーマンカモマイルに、昨年からの生き残りであるスペアミント、さらに 昨年失敗したタイムに関しては、苗を買ってきた。スパイス好きな私は さらにコリアンダーを植え、まもなくローズマリーとヒソップを加える予定である。
  昨年の反省をふまえ、というかまたは、安直になっただけなのか、 活力剤なる秘密兵器を手に、おおきくなーれと水をやる毎日である。しかし、 昨年からの懸念であった、「にゃんこ」は未だに、私の花壇と通り道の区別 をつけることができず、憎たらしい足跡を見ては双葉の安否を 気遣う私であった。
  毎朝芽を見に行くときは、 アサガオやひまわりを育てていた小学校の時分を思い出してしまう。 今年のハーブ、元気にそだっておくれ。

私のゴールデンウィーク 5/5

  ゴールデンウィークを過ごしているうちに、すっかりホームページも更新 されなくなってしまったが、これがむしろ正常なペースであろう。 ・・・・と、ホームページの更新も忘れるほどの忙しさであったわけではないが、 今年のゴールデンウィークは、近年にない充実ぶりであった。
  前回書いた、4/29の狂言、そして千本えんま堂の、二度にわたる狂言を鑑賞し、 さらには先輩の参加するシンフォニックバンド演奏会にでかけ、 ハーブの種まきを行い、誘われたサッカーに赴き、予備校時代の同窓会では 新天地の名刺を見せあい、 連休の谷間には、学会に論文を投稿するという内容であった。おまけに さきほど、ここ最近の懸念であった散髪も済ませてきた。 もうアサハラとは言わせない。ひげはそのままだが。
  そういえば、この連休、ほとんど金を使ってない。ハーブの種と肥料、それに自分のエサ代 に少し使ったくらいだ。とても健全である。というよりも、いろいろな催しに ご招待くださった方々に感謝せねばならない。
  この連休中の発見は、やはり狂言である。八坂神社でみたのと、えんま堂 でみたものは少し趣が違っていたが、それぞれかなりおもしろいものであった。 今まで気に留めなかったが、テレビでやってる狂言の番組にも、注意を払うことであろう。
  しかし、なれぬところへ行くというのは、たいへんである。お茶の席が用意されていたのだが、 そこでうろたえてしまった。 記帳の文字にしろ、茶室のマナーにしろ、苦手なのだ。 何でもかんでも自分流で通してしまえ!と開き直るのも一つの手だが、 せっかくなら、自信を持ってどしっと構えていたいものである。 幸いながら、研究室には書道をする人も、お茶をする人もいる。 またぼちぼちと教えてもらおう。

初の狂言 4/29

  1998年のゴールデンウィークがやってきた。とにかく、普段と同じような行動パターンで過ごして、 後で後悔するような事態は避けねばならない。と、そんなことを考えながら迎えた初日であった。 その今日は、研究室の後輩である山田さんが出演するという、八坂神社の狂言へと出かけた。 着いた時間が遅く、山田さんの出番は終わっていたが、それでも初の狂言を満喫した。
  こっけいな場面を体で表現するその姿に感心しつつも、やはりそれ以上に印象的であったのは、 腹の底から繰り出される「いい声」である。腹の底から声を出すというと、私のやる合唱に 通ずるものもあるが、また少し違う趣であるのは、 表情や動作をもいっしょに取り込んでいるからであろうか。 そういった親近感と、新鮮さを味わって、研究室に帰ってきた。 その狂言、ゴールデンウィーク中にもう一度、別のを見に行くことになっている。 これまた楽しみだ。
  今年の黄金週間、上々の滑り出しである。

短報:伏見巡検 4/28 (original 4/25) 
下線部をクリックすると、写真と解説が見れます。

  今日は「雨」、との天気予報がはずれ、半袖でなければ汗ばむ陽気であった。 そんななか、人文地理学会の経済・都市地理研究部会として行われた伏見巡検には、 これも予想を大きく上回る30名ほどが参加した。 屋内での議論ではなく、春の陽気のもと街を歩くという のも魅力の1つではあったが、むしろ目玉は、月桂冠大倉記念館と、 黄桜カッパカントリーの見学であったのかもしれない。 その魅力に惹かれてかどうかはともかく、文学部からは、私の他に 叶谷さん・山田さんと計三名が参加。 大阪府立大学の藤井先生、水野先生、京大の山田先生、立命館のフィールディング先生ご夫妻 の姿もみえる。
  一行は、2時に近鉄桃山御陵前駅に集合の後、桃陵団地―大手筋商店街―パッサージュ なやまち5番街―龍馬通り商店街―寺田屋―宇治川派流―月桂冠大倉記念館―黄桜カッパカントリー、 という2km弱の行程を歩いた。
巡検mapへ

  大手筋商店街は、全国でも有数の商店街とあって、ものすごい人通りである。 パッサージュなやまち・龍馬通り商店街も大手筋に比べれば人通りはそれほどでもないが、 なかなかのにぎわいようであった。私の住む近所には、京都の3大商店街(大手筋・三条・新大宮) の一つに数えられている新大宮商店街があるが、近年では、 あれほどの活気を見たことがないのが残念である。 やはりこれもスーパーや大型店の影響か。
  話によれば、伏見の観光ポイントは寺田屋だけ、という時代が長かったそうであるが、 「まちづくり」の名のもと、酒蔵や伏見城などを前面に押し出した結果、 現在ではまた異なった、伏見のイメージが形成されつつあると言ってよい。 整備事業によって、遊歩道付きの美しい河川へと変貌した、 宇治川派流から眺める酒蔵は、観光案内パンフレットには 必ず載っているほどの美しい景色である。 また、酒蔵が建ち並ぶ周辺の建築物の中には、 市営団地や小学校など、酒蔵を模して造られているものもあった。
  ただ、この観光街としての伏見の悩みは、バスの駐車場をほとんど持たないことである。 京都の他の観光名所を思い起こせば、嵐山・二条城・東山・ きぬかけのみち一帯の寺など、ほとんど例外なく 大きな駐車場を有しているのに対し、ここらはバス観光のルートから外れてしまう。 見る価値は十分にあると思うのだが。
  これまでにも、酒造見学は何度か行った経験があるが、大倉記念館では、 係の方がマイクを片手に案内して下さったおかげで(団体で押しかけた成果であろう)、 ずいぶんとわかりやすかった。 利き酒は、レトロ風のものと、季節限定のもの、梅ワインと、3種類させてくれたが、 ついつい飲み過ぎてしまう。土産に純米のワンカップを持たせてくれるなど、 300円で十分に元をとれる。
  黄桜カッパカントリーでは、なつかしCMや(本当に懐かしかった。三宅祐司 の「呑」とか)、ギャラリー・カッパ(正式名称は不明)のコーナーなど、 大倉記念館とは違って、現代風の記念館である。
  本来ならば、解散後そのまま、カッパカントリーのレストランで、地ビールなどをいただく 予定ではあったが、やるべき課題が頭をよぎり、体調不良も手伝って、 おとなしく家路につくこととなった。その後、勉強が進んだかと言えば... こんなページができてしまう始末である。
  とにかく、案内人のもと、大勢でわいわいと練り歩くのもまた良いものだなあと思う、4月の週末であった。


Goaaaaaaal! 4/27

  今日も、春眠暁をブツブツ....と心の中でつぶやきながら、いつもと変らず、 遅起きの良平であった。いつもと同じようにブランチを摂り、いつもと同じように支度をし、 そしていつもと同じように郵便受けを覗いたのであった。
  郵便受けの中には、母宛に、無愛想な活字のはがきが一枚だけ。私宛には、ラブレターはおろか、 広告さえも入っておらず、これまたいつもと同じようにバイクに向かう。はずであったのだが、 好奇心のきれはしが私の頭の中をかすめていった。「おかんにはがきなんて誰からやねん。」
  その次の瞬間、私を飛び上がらんばかりに喜ばせた、はがきの主はなんと、日本サッカー協会であった。 はがきにはしっかりと、「6/26 日本対ジャマイカ」と書いてある。私の出したはがきは、30倍という 激戦をくぐりぬけ、見事当選を勝ち取ったのであった!

  昼前とあって、もぬけの殻になったわが家には報告する相手はおらず、学校に着いて、 嬉しそうに報告する良平には、次の難関が待ち構えていた。「本人ならびにその随伴者のみ有効」、 そして、「それぞれのパスポートナンバーを明記して申込み」と書いてあるではないか。 フランスはおろか、海外に行くなぞあり得ない、うちのおかんは、当然ながらパスポートも持っていない。 そう簡単にはいかないもんだ....そう落胆する良平に、再度朗報が。 名前を貸してもらった、おのくんのもとにもはがきが!そして、パスポートも持っている! 二枚も当たるとは、おれの運もすてたもんじゃない。あとは、お金を払ってチケットをもらうだけ。 そしてフランスではきっと、ダフ屋良平と化していることであろう。


良平?洋平? 4/23

私のなまえ、良平という。小さい頃から何かとネタにされるのが、洋平さん。 ちょっと前に自民党の総裁をやってた人だ。そんなわけで、小さな時分から、知ってか知らずか わからないが、「こうのようへい?」とやられるのだ。そしてまた今回もやられてしまった。 かれこれもう二年、面倒を見てもらってるゼミの先生である。英文の原稿を提出したところ、 すみからすみまで書き直されてしまったのだが、名前までYoheiとしていただいた。
実は少しややこしいのが、うちのゼミ。もう一人、洋平くんというのがいるので、 それでまちがえられたのかもしれない。先生からは「きみら、洋平・良平で漫才をやりなさい」とか 言われていたこともあったが。
ともかく、総裁がらみでまちがわれたか、「R」がとれただけなのか、 「けんた・ゆうた」の区別がつかなかったような類のことなのか・・・・。どれかはわからないが、まあ、どうでもいい。少し悲しいだけのことだ。

まぼろしのT.A. 4/20

さて、新学期がスタートし、私の所属する地理学教室でも続々と授業が開講されておりますが、 私も2年前に四苦八苦して単位を取った、地理学実習という授業がございます。実は担当の先生から ティーチング・アシスタントとして月曜のこの授業を手伝ってほしいとの要請がありました。しかし、この授業、 SASという統計パッケージを使って、分析をやったりするのですが、なんしろ昔習ったことは、 それこそとうの昔に忘れてしまい、大学院生になった今でも何がなんだかわからない。これでは教えるなんてとんでもない。
こうなったら自分も生徒といっしょに勉強だー、なんて呑気なこと言ってては、許されるはずの ない先生だけに、大パニック。行くはずだった、合唱の日曜レッスンもぶっちし、昔のノートを探すために 部屋をひっくり返し、当日も朝早起きして、授業に備えていた、のだが。今日は何をやるんですか、 と聞いたところ、「きょうは要らない」、とあっさりやられてしまった。
それはないでーという気分と、やれやれという気分とですっかり滅入ってしまった。 おお、かわいそうなおれ。しかし、来週はきっとあるはず。とはいうのの、何を手伝うのかはいまだ不明。どうなることやら。


チケット入手なるか! 4/18

4年に一度の祭典といえば、オリンピックではなく、むしろ ワールドカップサッカーを挙げねばならない。前期大学院演習終了後に渡仏をもくろむ良平であったが、 あまりにレアなチケットに頭を悩ませていた。しかし偶然にも、 日本サッカー協会が抽選でチケットを振り分ける、という関する新聞記事を目にしたのだった 。これに当選すれば、チケットを一枚4500円、あるいは、7000円で購入することが可能だ 。こんなおいしい機会を逃してなるものかと、はがきを書きまくる決心。 しかし、応募は一人一枚と限られているため、家族、親戚、研究室の諸兄姉の名前を 借りまくって、二十数枚を応募することとなった。
そして、応募に関する報告が。チケット3000枚に対し、応募総数は40000余り、ということは、 倍率はざっと十数倍である。単純に、二十枚を越えるはがきをよこした私は、きっと当選するに違いないのだ。 抽選は20日。さて、結果はいかに。


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