ピアノの先生の選び方


 一口にピアノの先生と言っても、いろいろな人種がいる。

 芸大のピアノ科を出て海外留学まで経験している先生もいるし、専門学校さえも行ったことがない先生もいる。
 音大を出たばかりの先生もいれば、化石のような先生もいる。
 繁盛しているピアノ教室もあるし、閑古鳥の教室もある。

 さて、皆さんはどんな基準で自分のピアノの先生を決めるだろうか。

 とりあえず、若芽(わかめ)と一緒に上に書いたような条件を考えてみよう。

1. 芸大を卒業した先生がいいか、それとも近所でちょっとピアノが弾けるおねーさん(あるいは、おばさん)がいいか。

 経歴が華々しくてピアノを弾くのが上手い、ということと、教えるのが上手い、というのはイコールではない。どんなに演奏が上手くても教えるのが下手な先生はいくらでもいる。
 若芽は、演奏が上手な先生が教えるのが下手だと言っているのではないぞ。演奏も教えるのも両方とも上手い場合だってもちろんある。

2.では、年齢、または経験年数の問題か?

 確かに経験は大事な要素ではある。
 だが、経験が多ければ多いほどいい、と言っているのではない。経験でさえも教えることにプラスにばかり働く訳ではない。
 若い方が情熱があるかもしれない。(若くても情熱がないこともあるし、歳を取っているから情熱がないと言うことではない。)若い先生の方が(あるいは美人な方が)生徒がやる気になるかもしれない。(いろんな意味で)
 当然のことだが、経験が豊富だということはそれだけで意味があるけどな。

3.繁盛している教室の先生なら、間違いないのではないか?

 繁盛しているということは(そのピアノ教室、あるいはその先生に)何かの価値を生徒(あるいは保護者)が見出していることに他ならないが、それだけで自分の先生を決めるのには少し問題がある。
 生徒にとって先生はいつも一人だが、先生にとっては100人の生徒のうちの一人(つまり100分の1)でしかないのだ。
 閑古鳥の教室では、生徒がせいぜい10人程度なので、10人のうちの一人だ。
 どっちがいいんだろうか。

 先生だって人間なんだから無限の能力があるなんてことはない。
 若芽も若かりし頃仕事でピアノを教えていた時、60人の生徒を(一週間毎)教えたことがあるが、これ以上生徒が増えたら自分が壊れると思った。
 ピアノを真面目に教えるというのは我が身を削ることだ。
 中には許容量の多い能力のある先生もいるだろうから、この数字は絶対的なものではない。30人でもだめだと思う先生もいるだろうし、100人でも全然平気だという方もいるだろう。
 ただ、時間は一日24時間しかなくみんなに平等なので、生徒の人口密度が高い教室は、一人の生徒に掛ける時間が影響を受けることは避けられないと思う。まあ、たいてい一人30分とかなので、異常に生徒が多いのでないなら、あまり関係ないか。
 生徒が子供の場合は幼稚園や小中高校に通っている訳だから、使える時間には大変な制限がかかっているけどな。

 では、先生選びには、いったい何が重要なのか?(やっと本題)

 若芽は一番重要なのは『相性』だと思う。
 どういうことだ? と思われた方も多いだろう。異論もあるかもしれない。でも、もう少し付き合ってもらいたい。

 相性とは何か

 別に恋人として付き合う訳じゃあなくても、人間として付き合うことになれば相性は忘れてはならない重要な要素だ。
 生徒だって(たとえ幼稚園児であろうと)人間だし、先生だって(たとえ化石のように見えても)人間である。人間同士がコミュニケーションを持つ場合、相手に好意的かそうでないかで、随分と結果が変わってしまうものだ。
 しかし、コトは好意的かどうか、という単純な話ではない。もちろん、それもあるが。

 あなたは、お子さんがピアノに興味を持ったので情操教育の一環として楽しくピアノに親しませたいと考えていたとしよう。ところが、弾けないと怒鳴られ、弾けるまで何回でも弾かされ、泣いても気にしてもらえないような先生に当たってしまったとしたら、さぞかし嫌だろう。情操教育どころではないぞ。子供の性格まで歪んでしまうかもしれないのだ。
 あるいは、あなたがお子さんをピアニストにしたいと考えている場合、どんな弾き方をしても怒らず、やさしく「上手に弾けたわねえ」なんて笑っているだけの先生で満足できるか?

 自分が習っている場合について考えてみよう。
 あなたは一生懸命練習していった曲をもっと上手く弾くために、先生により高いレベルの技術なり音楽的示唆なりを期待していたとしよう。しかし、先生がただ誉めるだけだったら嬉しいだろうか。
 あるいは、あなたは趣味で楽しくピアノを弾いていたいのに、しつこく重箱の隅を突つくような注意をされたり、音楽に関する(あなたにとってはどうでもいい)薀蓄を聞かされたら、嬉しいだろうか。
 前者のあなたは、重箱の隅を突つくような注意や薀蓄を聞きたいし、後者のあなたはただ誉めてもらいたいのだ。だから、はっきり言って、それぞれのあなたは先生を選び間違えているということになる。
 相性とは、そういうことだ。つまり、生徒にも先生にもいろいろな人がいるのだ。
人間として尊敬できるかということとは別に、教え方の相性が合っていないと上手くいかないものなのだ。

 先生向けの助言も少ししておこう。

 若芽は趣味で教えているから生徒が多かろうが少なかろうがいいのだが、世の中一般のピアノの先生方は(特に独身で親から独立している場合は)生徒数が生活に直結している。
 だから、相性の悪い生徒でも、できればずっと教えていたいという先生もいるだろう。
 その場合はその生徒がどんなことを先生に期待しているかを見定め、生徒の望むタイプの先生になるべきである。(自分の好みはこの際、横に置いておいて)プロなんだからな、そのくらいはしないと。
 そうでないと、若芽みたいに趣味になってしまうぞ。

 もしそれができないなら教わっている生徒はいい迷惑だということを、生徒も先生も肝に命じておこう。

 一昔前のピアノ教室ならいざ知らず、今時は生徒が先生を選ぶ時代なのだから、多少入会時に入会金やら教材費やらを取られていても、先生との相性が悪いとはっきり分かったら、その先生に教わるのはヤメルべきだ。傷が浅いうちにさっさとやめた方がいい。

 別にその生徒がやめたからと言って、先生が悪い訳ではない。相性なんだから不可抗力だ。
 先生の人口が多くかつ少子化で子供は減っているから、最近は先生といえども生徒の(あるいは保護者の)顔色を窺いつつおけいこをすることになっている。しかしその傾向を敢えて無視し、自分の望むべき道を進んでいるのだから、スバラシイことと言えるかもしれない。(ホントか?)
 教え方が気に入らなかったり教え方が下手だったりして生徒がヤメル場合も、もちろんあるが。

 では、実際に相性の合う先生をどうすれば発見できるか、考えてみよう。

 ピアノ教室を訪ねてレッスンを見学することは、いろんな意味で重要である。
 しかし、先程も述べたように、プロの先生なら生徒によって(生徒に合わせて)自分の方針とは違う教え方をしているかもしれない。あるいは何も考えずに行き当たりばったりなレッスンをしているかもしれない。

 その見極めが難しいのだ。

 先生のレッスンの方針が分からない場合には、レッスンを見学した後で、率直に、先生の真のレッスンに対するポリシーを訊くのが良い手だと、若芽は思う。
 もちろん本当のことは言わないかもしれない。先生だって商売なんだから生徒を惹きつけようといろいろ考えているのだ。
 ポリシーを持っていない場合は簡単である。自分の望む教え方を先に頼んでしまえばいい。ピアニストになりたいのでビシビシ教えて欲しいとか、音符さえ読めるようになればいいんです、など。
 ポリシーがあっても歩み寄ってくれる場合もある。生徒が望むものさえはっきりしていれば、先生選びはそんなに難しいことではない。

 もし、訪ねた教室の先生が自分の希望と合わなければ、はっきりそれを伝えるのがお互いのためだ。散々相手をしてくれたのだから申し訳ないとか思ってほだされてはいけない。
 何のためにあなたはレッスン見学をしたのかという当初の目的を忘れてはならないのだ。気に入らない先生に教えてもらうためではないのだろう? 
 ここではっきり(穏やかに、でも構わないが)断れない人は、自分と合わない先生に教えてもらう運命を諦めるしかない。(はっきり断った場合、相手に嫌な顔をされるとか、嫌味を言われるとかいうことは、若芽の責任ではない。)

 先生の数が多いのだからイチイチレッスン見学なんてできないわ、という方もあるだろう。それなら電話で構わない。
 こういう先生を希望しているんですが、といくつかの教室に電話して直接先生と話してみる。
 それで、だいたいの感じは分かると思うからその中から選べばいい。もちろんこの場合は、美人な先生がいいとか、スタイルのいい先生が希望だとかいう問題は解決しない。電話では相手の容姿は分からないからね。

 実際にレッスンが始まってみたら、自分の期待とは違っていた場合は遠慮なく自分の希望を先生に伝えよう。それでも改善しないなら、やっぱり別の教室を探すべきだろうな。
 自分の幸せを願うのであれば。


 皆さんが、自分と相性ぴったりの先生を見つけられることをお祈りします。


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