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所在地:
当麻寺:奈良県葛城市當麻町
石光寺:奈良県葛城市當麻町 |
中将姫物語は、當麻寺で買い求めた『中将姫物語』によると、平安時代の長和・寛仁の頃(1012〜20年)に出来た『諸寺縁起集』や鎌倉時代に成立した『當麻縁起絵巻』の詞書に出ているとのことで、謡曲などに取り入れられ、江戸時代になると、芝居や浄瑠璃でも非常にもてはやされ、社会的に大きな役割を果たしてきた。
その内容は、中将姫が継母から、虐待を受けても、少しも怨まず、ただ一筋に仏の道に精進し、ついに極楽浄土を目の当たりに感得したという。
「継子いじめ」の話は古今東西、沢山あるが、仏の道に入り、救われるという結末は、浄土信仰の広がりとともに、当麻寺に伝わる「曼荼羅」は、観音や阿弥陀仏の助けを借り、中将姫が一夜にして織ったという伝説も加わり、話の内容が充実していったと思われる。
二上山からの下山途中で立ち寄った、中将姫の墓や石光寺とともに、別の機会に訪ねた奈良市内にある中将姫ゆかりの地を紹介したい。 |
中将姫の父の藤原豊成は藤原家の祖、鎌足の孫に当たる武智麻呂の長男。母は品沢親王の息女、紫の前という絶世の美女であったそうである。 中将姫は幼くして母をなくし、父は再婚した。 下記の『中将姫物語』の登場人物が、継母の照夜の前とその子豊寿丸、中将姫の乳母の夫の田岡将監、中将姫を狙う山下藤内とその子・小次郎、 松井嘉藤太など、とても天平時代の名前と思えない人々が登場する。 田岡将監などは自分の娘が中将姫の身代わりになると申し出ると「それでこそ武士の子」とほめる場面があるが、武士なるものが登場するのはもっと時代が後になってからであり、この物語が成立した時代の背景を物語っているようである。
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[参考資料] 『中将姫物語』 當麻寺西南院編 |
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所在地:奈良県葛城市當麻町
最寄駅:近鉄南大阪線「当麻寺」下車、西へ約1Km |
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當麻寺本堂 |
當麻寺本堂(曼荼羅堂:右の写真)の前の 蓮池に立つ中将姫の像。
當麻寺には中将姫の説話に基づいたゆかりの品が数多く遺されており、「霊宝館」に順次展示され公開されている。 |
當麻寺から少し離れた共同墓地にある中将姫の墓(十三塔)。
かなり後世(鎌倉時代以降)に建てられたものと見られる。 |
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所在地:奈良県葛城市染野
最寄駅:近鉄南大阪線「当麻寺」下車、国道165号線(高田バイパス)を北へ約1Km、 |
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當麻寺と同じ旧當麻町にある石光寺は牡丹で有名なお寺である。670年頃天智天皇の勅願により、役行者が開山となり、弥勒如来を本尊として祀ったのが始まりと伝わる。
訪問した時は門前の百日紅の花が満開だった。 |
境内には中将姫ゆかりの「染の井」と「糸掛桜」がある(右の写真)。
中将姫が曼荼羅を織るために蓮の茎を集めて糸を採り、それを水に浸したところ五色に染まったという伝説の場所で、染めるために水を汲み上げた井戸を「染の井」、傍らの桜の枝を「糸掛桜」という。傍らに中将姫の石像が建つ。
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