植物とは葉緑素が太陽の光を受け炭水化物をつくって成長するものであるという考え方が一般的である。
なるほど、
炭酸ガス + 水 光 > 炭水化物
6CO2 + 6H2O 葉緑素 > C6H12O6 + 6O2
・・・・(1)式という分子式で表されるように、
CO2 と H2O から C6H12O6
と呼ばれるグルコースが合成されることが知られている。それ故、植物は炭水化物を作るものであるということだけが固定概念となっているようである。
処が、植物という生物は蛋白質が15%、脂質13%、無機塩類4%、炭水化物1%で構成されていると言われている。更に、植物の種類やその部位によってはある程度の違いがあるものの、その残り67%が水分であるとも言われている。
この1%の炭水化物から15%の蛋白質と13%の脂質が本当に出来上がるのだろうか?そのような素朴な疑問が生じても不自然ではないだろう。また、逆に思考したとして、最初に多量の炭水化物が出来て、この炭水化物から蛋白質と脂質とが合成され、そして残った炭水化物が1%であるという考え方も出来そうである。
上述した事柄は、いわゆる植物の光合成という面から考えたものであるが、光合成の分解 呼吸 という点から考えて見ると出来上がった炭水化物は最後に炭水ガスと水になるという、今までの逆の分子式も出来上がる。
C6H12O6 + 6O2 > 6CO2 + 6H2O・・・・(2)式
即ち、炭水化物は酸素によって酸化され、炭酸ガスと水になるのである。
この2つの分子式を考えてみよう。
CO2 は(1)、(2)に共通して出てくるが、仮に このCO2 を人為的に分解するとしよう、
CO2 > CO + O↑ > C + O2↑ つまり、この炭酸ガスを炭素と酸素に分解するためには、実に2,000℃の温度を必要とする。CO2 はそれ程安定した気体なのである。
それが(1)式では、
6CO2 > C6H12O6 と示すように、いとも簡単に変化している。これは 6CO2 = 6C + 6O2 であるから C6H12O6 になるためには水素原子(H)を12個を外から取り入れ、更に酸素原子(O)を6個取り除く必要がある。
この水素原子を取り入れ、酸素原子を取り除く作用のことを還元作用という。
何れにしろ CO2 は分解されても、その持っている酸素の1/2は放出しなければならないというプロセスが必要である。このプロセスを人工的に行えば、ここでも2,000℃の温度が必要となるのである。
また、水素原子12個を外から取り込む訳であるが、ここでは 6H2O の 6H2 は H12 を意味している。常温で水を酸素と水素に分解できるのは唯一、電気分解だけである。
次に(2)式について考えてみる。
この(2)式は解糖という過程でクレブス回路と呼ばれるものである。
この解糖回路、即ちクレブス回路での糖質は、まずピルビン酸に変化してこの回路に巻き込まれ、この回路が1回転する度に完全に酸化分解を受ける。また、この反応で CO2 は3分子放出される事となるが、炭水化物 C6H12O6 (グルコース=ブドウ糖または果糖)についても単純に分解されて、炭酸ガスと水に変化し大気中に放出する事となる
この過程での分子式は C6H12O6 + 6CO2 > 6CO2↑ + 6H2O↑ と簡単に示されるが、これを実験的に試験装置で行えば600℃の温度を与えなければ分解できない。もしも、このような高温加熱で植物に処した場合、結論は言うまでもなく
溶解 → 変質 → 黒化 → 燃え尽きて灰になってしまうだけである。
ではどうして植物はこのような酸化と還元作用を常温の中でいとも簡単に行えるのであろうか、そのような疑問が生じてくる。
常温で、しかも多大のエネルギー(発熱または吸熱)を必要としないで化学変化を行えるのか? その答えは触媒作用である。
例えば、過酸化水素水に動物の肝臓や金属の鉄片を加える。すると直ぐに勢いよく気泡が生じる。その気泡の正体は酸素ガスである。鉄の代わりに動物の肝臓を加えたのも、元はと言えばその肝臓の中に含まれる鉄分が必要だったのである。過酸化水素水は酸素ガスを発生して、遂には水だけとなるが、鉄そのものは少しも変化をしない。また、この反応は多量の発熱を伴わず常温で行われる。
この過酸化水素水とは医療用の消毒液として知られているオキシフルの事である。このオキシフルは鉄分を含んだ血液と強く反応して勢い良く気泡が発生する。
この反応を分子式で表すと、
2H2O2 Fe > 2H2O + O2↑
このような反応が植物体内で日常行われているのである。このような生体の同化と呼吸作用を総称して代謝というが、この代謝はすべて生体触媒反応の結果であり、この限りにおいて、生体触媒反応はすべて化学変化であると言い切っても過言ではなかろう。
この生体触媒反応の担い手こそが酵素であり、『生命のあるところには必ずこの酵素が存在し、この酵素なしには生命はあり得ない』と言われる生命の営みの土台石なのである。
それでは酵素とはどういう物質なのか? それは生体によって生産され、蛋白質を主構成々分とした複雑な構造をもった有機触媒であって、然もそれはある特定の物質に対してのみしか触媒作用をしないというのが定義である。
酵素を初めて粉末として得たのは1883年フランスの生化学者 Anselme Payen 及び Jean F.Persoz である。
その物質はジアスターゼ(アミラーゼ)と呼ばれる消化酵素で、このジアスターゼは麦芽汁に多く含まれており、戦後の苦しい食糧事情の時代に甘味を得る方法として、この麦芽汁を利用して甘蔗から飴を作ることを実際に行われた人も多いと思われる。
また、このジアスターゼ゙(diastase)という物質は澱粉質にしか反応しない特性を持っている。この化学反応は糖化という反応だけなのである。以上述べたように、酵素とは一種独特の性質と働きをもっている。そして酵素を称する場合には、必ず語尾にアーゼ( ase )をつけて表示している。
以下、主な酵素の一部とその作用を示す。
T ヒドロラーゼ・・・・・加水分解酵素。
@ 脂肪を分解するカーボヒドロラーゼ。
A 脂肪を分解するリパーゼ。
B 蛋白質を分解するプロティナーゼ
U デカルボキシラーゼ・・・・・ピルビン酸を分解して炭酸ガスにする脱炭酸酵素。
V 転移酵素・・・・・・生体内のでんぷんやグリーコーゲン、アミノ酸などの化合物を合成したり、分解する反応を触媒する酵素である。リン酸基やアミノ酸の一部を他の物質に移す(転移)作用があるのでこのような呼び方をする。
W 呼吸酵素・・・・・・酸素によって物質を酸化する酵素。鉄を含有しているチトクロームオキシターゼや銅を含有している銅酵素などが知られている。
X 脱水素酵素・・・・物質の水素を取り去って、他の物質に与える作用をする酵素。
Y 過酸化酵素・・・・過酸化水素で酸化する酵素。
Z カタラーゼ ・・・・・過酸化水素を分解して水と酸素にする酵素。
があり、植物には実に200種余(600種という説もある)の酵素が発見されている。
炭水化物からはクエン酸が出来る。 (C6H12O6 > C6H8O7) これも酵素の働きであり、これにはマンガン(Mn)とマグネシウム(Mg)を必須とする縮合酵素が触媒している。このように酵素は生体内において大変重要な働きを行っている訳であるが、極めて重要なことは200種余の酵素の中で約70種は金属が無ければ活性化しないことである。
例えば、呼吸酵素には鉄と銅が、クエン酸酵素には鉄が含有されて構成分子になっているように、
酵素にはこのような金属が存在することで活性化できるものと、その構成分子としては必要ないものの、その金属が存在しないと活性化しない酵素とがある。これが金属活性化と言われる現象であって、植物にはこのような微量金属が必要かつ欠くことのできない必須の物質なのである。 という理由が此処で御理解できよう。
以下、70種余ある酵素の必須金属を示すと、
マグネシウム(Mg) | を必須とする酵素 | 約35 |
カルシウム(Ca) | 〃 | 約 6 |
マンガン(Mn) | 〃 | 約 5 |
鉄(Fe) | 〃 | 約 3 |
銅(Cu) | 〃 | 約 3 |
モリブデン(Mo) | 〃 | 約 1 |
コバルト(Co) | 〃 | 約 1 |
バリウム(Ba) | 〃 | 約 1 |
リチウム(Li) | 〃 | 約 3 |
ナトリウム(Na) | 〃 | 約 3 |
カリウム(K) | 〃 | 約 3 |
亜鉛(Zn)・マンガン(Mn) | 〃 | 約12 |
ニッケル(Ni) | 〃 | 約12 |
その他 | 〃 | 約 5 |
以上のように、過半数の酵素がマグネシウムを必須としている点が注目される。
マグネシウムは植物が葉面で光合成を行う際に大変重要な葉緑素の核となる金属元素であるとともに、このように酵素活性にも極めて重要な役割を有しているということを再認識しなければならない。
では他方、蛋白質はどのようにして作られていくのであろうか。
蛋白質は約23種のアミノ酸が種々結合してできたものである。例えば、我々がいつも食卓で使う化学調味料のグルタミン酸ナトリウムというアミノ酸があるが、このアミノ酸はグルタミン酸(小麦に含まれるグルテンという蛋白質から精製する) と呼ばれるアミノ酸とナトリウムとの化合物である。
アミノ酸はアミノ基 ( −NH2− ) を有している有機物の一種で、構造式は NH2・CH・R・COOH と表示している。
下の構造式はグルタミン酸を示している。
ここでRは
以上のように、アミノ酸が種々結合したものが蛋白質であるから、蛋白質が作られる過程はアミノ酸がどのような過程を経て作られるのかを知れば良いという事になる。
再びクレブス回路をみてみよう。
一般にクレブス回路はTCA回路(トリカボン酸サイクル)またはクエン酸回路と呼ばれ、炭水化物や脂質・蛋白質を分解して炭酸ガスを排出しながら呼吸をする呼吸回路の事である。つまり、植物は光合成で蓄えた炭水化物などを分解消耗しながら生き続けようとするのである。
例えば蜜の一杯入ったりんごの果を貯蔵し、暫く日が経過して割って見ると蜜が無くなっている、味も香りも悪くなっている、俗に言う“味ボケ”してくる。これはソルビトールという糖分そして風味の元のアミノ酸が消耗されたと考えて良い。当然、貯蔵庫の中は炭酸ガスが充満しているので、いきなり入らぬよう。充分に換気をしてから庫内に入るよう注意すること。
動物でわかり易いのは、砂漠を移動する時に隊商が物資の運搬などに随行する駱駝がある。この駱駝のコブは脂肪の塊であり、砂漠を通り切って目的地に到着した時は、すっかり背中のコブは無くなっている。
このようにクレブス(クエン酸)回路では、
@既成の炭水化物、脂質、蛋白質以外にも植物体内のアスパラギン酸、グルタミン酸も回路の中に取り込まれる。
A必ず一度はクエン酸に変化する。
Bイソクエン酸がオキザロコハク酸に変化をするとき3ATPが放出されるが、そのときATPが合計10個放出される。
*ATP=Adenosin Tri Phosphate(アデノシン三リン酸)
Cピルビン酸がアセチルCoAに変化するとき、触媒としてMg2+を必要とする。
*Pyruvate dehydrogenase ピルビン酸脱水素酵素 = ピルビン酸の水素原子 H を取り除く酵素で、この記号( Mg2+) はマグネシウムがなければ作用しないことを示す。
注意)この酵素は、キレート剤としてのEDTAを使用した場合には、その活性が阻害される恐れがあるので、このEDTAの使用については注意・再考する必要がある。
炭水化物の分解は C6H12O6 + 6O2 > 6CO2↑ + 6H2O↑の式で表すが、ここで注目すべきは、蛋白質が分解されていく中で、アミノ酸が作られていくという一見矛盾したプロセスが同時並行していることである。
第1図 この回路図は、クレブス回路の簡略図である。 |
蛋白質や脂質、炭水化物はそれぞれ特有の酵素によって分解されて、下図のようにピルビン酸という炭素原子(C)を3個を持った、 CH3 | CO | COOH
または、活性酢酸というCを2個持った |
物質に変化し、C が4個のオキザロ酢酸と結合してCは6個のクエン酸となる。これが更に CO2 を失って、C が5個のα−ケトグルタル酸に変化、
これがまた CO2 を失い、C が4個のコハク酸となり一巡して再びピルビン酸となっていく。
こう書けば簡単のように見えるが、実際には下図のクレブス回路図で見られるように非常に複雑な経路を辿っており、その一つ一つの化学変化というプロセスには、必ず触媒作用をする酵素名が存在することに注意をして頂きたい。
《 記号の見方 》
@関係酵素名は−−−→ で示している。
A( ) 内の Fe2+ は鉄を示し、同様に Mn2+ はマンガン、 Mg2+ はマグネシウム、PO43− はリン酸を示している。このような金属元素が存在しないと、酵素は活性化しないことになる。
B −H2O > は右の方向に変化した場合、左の物質から H2O が右の物質に転移することを表している。
CCoA という記号はビタミン中のパントテン酸の変化した補酵素を示す。
* CoA(coenzyme):コエンザイムまたは、コエンチームと呼ぶ。
上図のフマール酸( ▼ 印 )は、アスパラギン酸からアンモニア(NH3)が外されて、
> < . |
|
L−アスパラギン酸 CH2COOH | CH(NH2)COOH |
> < . |
CH・COOH CH・COOH |
フマール酸となっている。また、別図、詳細なクレブス回路では( ▼印 )
一見、一方通行のような形で示されているが、この場合は Aspartate ammonialyase と呼ばれる酵素の触媒作用により往復通行となっている。
また、ピルビン酸は Alanine dehydrogenase の触媒作用により、
COOH | H2N ― C ― H + H2O + NAD | CH3 アラニン |
> < . |
COOH | CO + NH3 + 還元型NAD | CH3 ピルビン酸 |
NH3を与えられるとアラニンに変化する。また、ピルビン酸はアミノ酸(グリシン、アラニン、システィン、セリン)から変化することになっているが、実際にはピルビン酸がアラニンに変化をするのである。
このように蛋白質はアミノ酸に変化して、クレブス回路中では酵素の力を借りながら代謝され、更に逆方向にも作用されアミノ酸が生成されていくという一見矛盾したようなプロセスが成されていくのである。
《参考資料》
植物の営み 米澤農業研究所
酵素ハンドブック 朝倉書店
微量要素と多量要素 博友社
生化学辞典 東京化学同人
アミノ酸ハンドブック 味の素(株)
図説 現代生物学 丸善