例 現存文化財など 寺関連事項 井岡関連事項 その他関連事項 (鶴)鶴岡市 (酒)酒田市


西暦年 紀事   項山 主領 主 関 連 事 項     備 考
650大化6   650湯田川湯豆左売社創建説(鶴)
706慶雲3   706井岡城(鶴)
708慶雲5   708出羽郡、出羽の柵
710和銅3このころ井岡、能徐仙開山説あり  710羽黒山開山
712和銅5   712出羽国成立、境興屋白髭神社(鶴)
715雲亀1   715田川八幡社大机より坂の下へ遷座(鶴)
727神亀4   727渤海使出羽に来る後上京
733天平5   733出羽の柵を秋田に遷す
780宝亀11   780伊治比麻呂の乱
801延暦20   801坂上田村麻呂蝦夷平定
804延暦23~延暦25  804~806鳥海山噴火
807大同1   807湯田川長福寺開山(鶴)
813弘仁4   813藤沢不動尊開山(鶴)
825天長2伝源楽上人(大伴親王皇子基貞卿)井岡 開山源楽1 825遠賀社岡山より遷座説(鶴)
830天長7   8301月3日地震、国府倒壊
832天長9伝源楽上人入寂    
835承和1   835空海(62才)入寂
850嘉祥3   850出羽荘内大地震
861貞観3 満空2 861出羽地震、清水森の山(鶴)
866貞観8瑜伽寺定額寺になる  871鳥海山大噴火 
878元慶2  大泉庄878天慶の乱
885仁和1   885神宮寺西浜石鏃降り湯豆左売社載(三代実録)
915延喜15火山灰降る  915十和田噴火
927延長5延喜式遠賀神社載          927905延喜式起草、927脱稿
1050       このころ十一面観音  1051~1162前九年の役
1059康平2   1059生石延命寺野火のため焼失(酒)
1065治暦~1169(承暦1077~1080説も)伝焼失    
1083永保3   1083永保3~1187後三年の役
1093寛治7   1093源義家田川八幡現在地へ遷座(鶴)
1126大治1       このころ不動明王 田川氏1126平泉中尊寺
1128大治3

清衡.両国(陸奥;出羽)有壱万餘之村毎村建伽藍寄付佛性灯油田矣(東鑑)

 

 1128藤原清衡(73)
1143康治2  1143覚鑁(49)
1171承安1  1171秀衡羽黒本社修造奉行田川次郎實房
1187文治3源義経立ち寄る 1187義経平泉へ亡命
1189文治5比企能員立ち寄る  11898月13日田川氏滅亡(東鑑 鶴)
1190建久~1299伝鎌倉殿祈願所として再建  1190奥州藤原氏滅亡
1192建久3   1192羽黒黄金堂建立土肥実平
1200       このころ現薬師如来、勢至菩薩(来迎形阿弥陀三尊)満阿 武藤氏 1200 比企能員卒 井岡西側斜面に墓・当寺に位牌がある
1203建仁3伝出羽守助平料田寄進   
1209承元3  (資頼)1209大泉左衛門尉氏平羽黒山領侵害云々(東鑑)
1300        このころ地蔵菩薩、不愛染明王画像 盛氏?1297長沼勝楽寺で両部灌頂 (藤島町) 
1331元弘

~1334伝戦火により焼失

 氏景?  
1353文和2  師氏?1353出羽大石寺(現延命寺)で両部経講演(酒)
1394応永~1428伝武藤家祈願所として再建 氏平?  
1429正長2   1429寺田雲松寺(清鏡寺、鶴)
1457長録~1460伝藤沢より塔越地蔵尊遷座如海淳氏    
1460長録4御正体2面        執行別当遠賀野井寺山主沙彌如海
1500       このころ観音鉄仏、如意輪観音、 建氏 1533砂越氏大宝寺城と城下焼き 武藤氏尾浦城へ
1558永禄~1570兵火により焼失 このころ釈迦如来 義増 1568武藤義増上杉輝虎に服属
1570永禄13      大日山長宗生石延命観音伽藍建立 義氏 1570岡山地蔵院,観音(鶴)
1578天正6護摩堂障子腰板牡丹図に天正六年記年あり 建具だけ残った物か 1583前森蔵人の乱武藤義氏没
1587天正15 

及秀?

及秀

義興 1587最上氏により清水城落城、武藤氏滅亡、大淀川淀川寺(鶴)
1588天正16 

武藤
(本庄)
義勝
上杉領

1588十五里ヶ原の戦い上杉氏制す。翌年上杉領となる
1590天正18太閤検地(上杉氏)反対一揆参加?兼継により悉焼亡 1590鷹尾山解散(酒)
1600慶長5 1600寺田清鏡寺再興(鶴)
1601慶長6衆徒三森山に立籠り最上氏に敵対。久秀山形宝幢寺で弁明。最上
義光 
1601荘内、最上義光領と認められる、柳福寺に時鐘を置く
1605慶長10               及海生石入山(延命寺中興、酒田市)1603大宝寺城を鶴岡城と改称 
1608慶長13久栄山形宝幢寺で弁明。及海井岡より生石へ観音勧請及栄1 1608義光金峯山蔵王権現再建、井岡不動院人足を出す(鶴)
1611慶長16標柱石華表、再建? このころ 庭園、桜1611最上氏検地 
1612慶長17日野主馬、義光の代参黒印状142石余、十一面、正観音、薬師他奉納1612荒倉一山は再興認められず。 
1614慶長19              1及栄10.2没(42才) 家親 1617矢馳宝蔵寺(鶴) 
1618元和4              2 快誉10月没 義俊  
1622元和8再検地(酒井氏、29石余増) 酒井忠勝入部所領安堵 酒井
忠勝 
1622庄内社寺目録
1624元和10藩主(酒井氏)の祈祷を始 1624松岳山観音寺本堂造営願主及栄(遊佐町)
1629寛永6              3及海10月没、4及宗12月没 1629久海、生石延命寺中興。寛永年間白山宝円寺
1628寛永5藩石高記録あり172.552石 1634寛永11年羽黒山真言から天台になる。
1646正保3  1646清水天翁寺(鶴)      
1647正保4              5及誉 4月没 忠当 1647正保年間井岡石高704.386戸数42
1653承応2承応年間石華表修理? 快宗61653山田延命寺、南岳寺(鶴)
1660萬治3              6快宗 7月没 忠義 1660清水隆安寺(鶴)
1662寛文2  1662柳福寺時鐘改鋳(鶴)
1663寛文3立覚寺離末   
1666寛文6柳福寺離末 1666清水新田開発(鶴)
1669寛文9              7快秀 4月没 1669清水新田皇大神社(鶴)
1672寛文12              8及栄 9月没   
1673寛文13              9及慶 3月没 1673及慶羽後亀田薬王寺にて寛文13年3月没
1675延宝3 及昌10 1675清水善住寺(鶴) 延宝2年凶作
1685貞享2 忠真1685大淀川吟岳寺(鶴)
1686貞享310世及昌登山、新に京都智積院末になる1689元禄2年芭蕉鶴岡に来る。
1690元禄3阿弥陀如来石仏、銘あり              
1692元禄5              10及昌11月没尊壽11 1692元禄5年幕府寺院の新建立を禁ず。
1694元禄73月7日従、「山林竹木等・・」禁制額   
1697元禄1011世尊壽本山智山へ登る
1700 元禄13               11尊壽5月、12青山10月没   1700 海向寺(酒)
1701元禄14  1702山田白山神社,皇大神社(鶴)
1703元禄16  1704塔の腰より麹山 山際の新道開通(鶴)
1707宝永4  1707白山白山神社再(鶴) 宝永元年干魃不作三年飢饉
1708宝永5藩石高記録あり172.552石 1708下清水深山神社(鶴)
1709宝永6  1709清水桑願院(鶴)
1712正徳2庄内札所開設22番札所に   忠寄1712庄内札所開設
1722 享保7 弁天堂再建(慶長十九年以来 場所は井岡消防ポンプ小屋) 棟札あり 範有13   
1734享保19鐘楼、梵鐘 高三尺七寸 差渡二尺 鋳人志清再鋳 (亡失)
1744延享1              13範有7.29法師宥運12.1 
1745延享24月8日忠寄塔ノ越宝篋印塔建立 
1750       このころ両大師、庚申本尊、13佛掛け軸有昌151750布目八幡神社(鶴)
1751宝暦1              14有栄7.6没 勢至観音行方不明(初回) 

1764

寛延2年(1749)よりこの年まで忠寄老中。

1763宝暦13不動明王台座、後背(台座銘あり)有長16
1764明和1湯田川街道追分石有貞17
1766明和3              17有貞8.1没有諄18忠温  
1767明和4このころ明和年間境内地免税財政困難のため 忠徳 
1769明和6              18有諄7.14没 
1770明和7半鐘(4両2分)、塔の越左の地蔵尊有秀19 
1771明和8                       勢至観音還着
1772明和9両童子(福田法橋1両2分)このころ開山像(福田法橋)
1773安永2               法師有尊3月(有貞資)没  安永年間湯田川長福寺本(観音)堂(鶴)
1777安永6鰐口 差渡二尺 鋳人寄時 (亡失)
               15有昌8.3没 龍覚寺住
 1775井岡に於いて家中の小鳥捕りを禁ず
1779安永8本地堂計画        秋、観音堂建て替え時塔芯柱出土 1779矢馳薬師神社(鶴)
1782天明2              16有長3.13没龍覚寺住 1782矢馳八幡神社(鶴)
1783天明3本地堂着手 1783けぬき橋皇大神社(鶴)
1784天明4              19有秀1.10没   
1789天明8 八間四面本地堂(観音堂、本堂)落慶、神釜7口奉納される 棟札あり 有成20
1792寛政3塔の腰地蔵尊(右側)    寛政年間六供修理のため寺領入質90両 
1794寛政5庫院落慶         無為21
1797寛政9本地堂前灯篭1基船戸虎庵 
1807文化4               法師離塵4月(有成資)没 忠器 1805藩校致道館開校(鶴)
1814文化11護摩堂落慶? 七月十七日~二十三日 觀音開帳 ひしゅかつま作 徳大勢至正観世音 滝沢八郎兵衛日記唯心221812加茂坂切通鉄門海(鶴) 
1815文化12              21無為2.21没、法師実相(唯心資)11月没 1815大淀川新山神社(鶴)
1816文化13              22唯心4.14没邦秀23忠発     
1817文化14釈迦院大雪で潰れる。渡り廊下。
1821文政4本地堂前灯篭1基富樫常信1821清水月山神社(鶴)
1822文政5              20有成(隆生)3.22没  
1824文政7忠発乗馬の供養塔     開基1000年忌七月20日~26日 觀音開帳 
開山千年忌佛餉袋 当遠賀神社開闢ヨリ一千年ニ当リ候由滝沢八郎兵衛日記
1831天保2本地堂前灯篭2基富樫常信
七月二十日~ 開山千年忌ニ付、徳大勢至観音開帳、昆首羯摩作 滝沢八郎兵衛日記
1832天保3年大凶作
1834天保5              24大阿2.29没   
1835天保6                 勢至観音行方不明(2度目)   純成25
1836天保7              3邦秀3.24没
1837天保8              25純成8.12没最有26
1839天保10  1839糀山(現在の国立高専の場所)練兵場になる
1841天保12              26最有11.29没秀伝27  
1842天保13両界曼陀羅(小島真奥)
1845弘化2      このころ位牌堂
1846弘化3      このころ誕生仏、涅槃会本尊、地獄曼陀羅、当麻曼陀羅
1847弘化4愛染明王、文殊菩薩、大日如来(銘、羽州三日町住大仏師及慶作)
1855安政2 仁王門(大門、三百両、現遠賀社拝殿)棟札あり
               法師秀弁1.21(秀伝資)没
1855糀山工事
1856安政3大石灯篭(現神社拝殿前)1856糀山で大砲練習
1857安政4鏡(銘、天下一松村因幡藤原義信)  
1858安政5                       勢至観音還着
1859安政6鐘楼
1860万延1仁王尊(京仏師長蔵三日町住、70両)
1861文久1石段敷石(37段10両)、愛宕大権現石塔、華表(鳥居110両)忠寛
1862文久2山王社、鎮守社外殿、石段石垣、疏水泉、石灯籠、大黒天(石山文作)忠篤 
1863文久3瘡麻疹社、弁天堂
1865元治2薬師如来(長三郎)
1867慶応3              27秀伝1.8没及賢281867庄内藩江戸薩摩屋敷焼き討ち。
1868明治1 忠宝1868庄内戊辰戦争
1876明治9神仏分離、神社は郷社となり境界改、本地堂を拝殿とし社標建立。
鐘楼を壊し鐘は寺の小屋へ。及賢竜覚寺へ転出。原口祐之寿碑。
 1875鶴岡城取り壊し
1876収入183.522石。納税110.112石
1879明治11旧観音堂(本地堂)他焼失、寺領売却、貫識湯田川長福寺へ転出。貫識29 1879井岡火災
1882明治15白山(小)学校分舎として庫院使用。無住 1882遠賀社本殿は酒井伯爵邸稲荷神社払い下げ。
1887明治20井岡簡易小学校と名称変更。   
1888明治21              28伊佐及賢2.21没(竜覚寺住) 
1892明治25大泉尋常小学校第3分校と名称変更。 
1893明治26  1893焼け残りの直会殿を遠賀社拝殿とする
1901明治34井岡分校廃止   
1905明治38               安藤周慶入山周慶30 1903菅実秀没 
1908明治41宝蔵改築 1909 大門を引上げ遠賀社拝殿とし、直会殿を元に戻す。
厳島神社他本社に合祀。このころ華表現在地に。
1909明治42~大正2年護摩堂屋根瓦に葺き替え。馬頭観音遷座。 
1913大正2 観音御開帳・聖天供・奉納黒川能 御開帳案内 
1919大正8               法師周弁8.30没 1923周弁=小野湛識
1928昭和3              29中里貫識5.27没(長福寺住)   
1934昭和9庫院屋根瓦に葺き替え。 1934井岡火災
1937昭和12開山堂。石川拝山天井画、板戸絵を描く。    
1940昭和15              30周慶4.4、31大江周範12.2没無住 
1954昭和29              32大澤栄繕入山栄繕32  1954遠賀社屋根瓦に葺き替え
1963昭和38糀山地蔵尊護摩堂前に遷座 1963国立鶴岡高専糀山に開校
1970昭和45塔ノ腰地蔵堂建替、宝篋印塔等転げ落とされ地蔵堂そばに移す。 1970塔の山切り崩し宅地造成。
1975昭和50  1975遠賀社本殿建替
1983昭和58渡廊(文化14年のもの)解体、建替、庫院護摩堂葺替。   
1985昭和60参道改修 1985遠賀社直会殿建替
1988平成1仁王門石垣、階段   
1992平成4仁王像修理、仁王門再建 
1999平成11石灯籠(護摩堂前;井岡 本間孫左ヱ門奉納) 
2006平成18石畳修復(護摩堂前;井岡 吉住善一郎奉納) 
2008平成20               大澤淳志晋山淳志33   
2018平成30              32大澤栄繕寂9月25日  庄内33観音霊場御開帳5月~10月
2019令和元地震により地蔵菩薩両手足首切断全身打撲擦傷首捻挫
宝篋印塔宝輪ズレ、石塔多数倒壊等の被害
  令和元年6月18日22時22分山形県沖地震
2020令和 2地震による宝篋印塔倒壊の可能性により門前に遷座、地蔵尊応急処置  コロナ禍

年表初めへ

tounoyamahoukyouintou.html