財産管理能力の不十分な高齢者・障がい者の財産管理
Q.私の父は,数年前,脳梗塞で倒れ,現在も言語障害,意識障害が残っており,社会復帰できる見込みはありません。父には賃貸アパートが数棟あり,父が倒れてから,父と同居している長男がこれら一切を管理しています。ところが最近,長男がこのアパートを担保に入れて金融機関から借り入れをしていることが発覚しました。問い質したところ,自分の事業資金のための借り入れであることが分かりました。これを機に,アパートの収支等について長男に資料の提出を求めましたが,長男はこれを明らかにせず,ますます不信感が募っています。このままでは父の財産が長男によって費消されてしまうのではないか心配です。長男の勝手にさせない方法がないでしょうか。
A.近年,高齢化社会を反映して,財産管理能力が不十分な高齢者・障がい者の財産管理をめぐる紛争がその親族間で生じることが多くなりました。ご相談のケースはそのような紛争の典型例です。
ご相談は,長男の勝手にさせない方法ということですが,そもそも長男に父の財産管理をする権限があるかが問題です。父は言語障害,意識障害があるとのことですが,長男に賃貸アパートの管理を一切任せることについて代理権を与える能力すなわち,意思能力があるのか疑問です。このような意思能力がなければ,そもそも長男は何ら権限なくして賃貸アパートの管理をしていることになります。もっとも,法律上,事務管理という制度があり,本人から代理権を与えられていなくとも,本人の財産管理をすることができますが,本人の最も利益になる方法をもって管理しなければならず,管理者が自分の事業資金の借り入れのために本人の財産を担保に入れることは本人の財産に損害を与えるものであり,そのような担保設定は本人に効果が及びません。
長男のアパート管理が事務管理と認められる場合,委任の規定の適用がありますので,長男は父から求められれば,アパート管理の事務処理の状況を報告しなければなりませんが,弟であるあなたに対して報告する義務はありません。従って,残念ながら,長男にはあなたの求めに応じてアパートの収支の資料を提出する法的義務はありません。
しかし,父は長男に対し監督することができない状況ですから,このままでは長男のやり放題になってしまうおそれがあります。そこで,父について,家庭裁判所に後見開始の審判を求めるのがよいでしょう。後見開始と同時に,審判を受けた者は成年被後見人と呼ばれ,これに成年後見人が付されます。成年後見は,本人が精神上の障害により事理弁識能力を常時欠いている場合に開始され,成年被後見人の法律行為は原則として取り消すことができ,成年後見人は成年被後見人の財産管理権を有するとともにその財産に関する法律行為について代理権を有します。
あなたが,父について,成年後見開始の審判とともに自分が成年後見人に選任されることを希望して家庭裁判所に申立てをすると,家裁は後見開始の要否と成年後見人の選任を検討します。あなたが成年後見人に選任されれば,父の財産管理を行うことができ,長男の干渉を排除することができます。しかし,ご相談の事案では,長男の借り入れのために父の財産に担保権が設定されており,成年後見人は金融機関に対して担保の解除を求めたり,長男がアパート管理をしていた間の収支を調査し,万一,長男に不正があれば金銭の返還を求める必要があるなど,法的紛争性の高い事案ですから,弁護士等法律専門家が成年後見人に選任される可能性が高いと思われます。成年後見人は,選任されると直ちに財産調査と財産目録の調整に取りかかり,家裁に報告します。
このように,成年後見制度を利用すれば,長男を排除して成年後見人が父の財産を管理することができます。弁護士等第三者が成年後見人に選任された場合でも,法的紛争が解決されれば,成年後見人をあなたに交代することも考えられます。
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