待合室 3


 楽譜 その2 どの版を使用すべきか(作曲家別)

メダカ : 若芽先生、今日は楽譜についての2回目ですね。ではお願いします。

若 芽 : 前回、楽譜は出版社や校訂者によって違うと言ったよな。出版社の場合は、装丁とか見易さとか紙質の違いだから楽譜の中身にはあんまり関係ない。あ、ミスプリはない方がいいけど。問題になるのは、校訂者のほうだ。

メダカ : 校訂する人はどんな人なんですか?

若 芽 : ピアニストとか作曲家とか研究者とか、そういった方々だな。

メダカ : へー。なんか凄そうですね。

若 芽 : うん。版というのはそれぞれの研究の結果だ。だから、校訂者の名前がきちんと書いてあれば、もし気に入らない場合には次からは買わないように注意できるから、それだけでも信頼度が上がるってモンだ。

メダカ : はあ?

若 芽 : とにかく、そういうわけでいろいろな版が存在する。

メダカ : あの先生。僕、この前楽譜売り場で外国の楽譜を見たんですが。

若 芽 : ほう。外版(外国で出版されたもの)か。楽譜のことは難しいと言ったけど、外版は特に困るよな。

メダカ : どれがいいのかさっぱりわかりませんでした。

若 芽 : そうだろう。若芽にもわからない。なので、前回も言ったけど、買う前に先生にお伺いを立てましょう。そういうことで、今回は終わり。

メダカ : え? 先生、終わりって、そりゃあないですよ。皆さん期待してますよ。

若 芽 : そうかなあ。若芽は楽譜マニアじゃないし、田舎暮らしが長いので知識が古いんじゃないかと心配なんよ。

メダカ : 珍しく、随分気弱な発言ですね。

若 芽 : ん? ナンか言ったか?

メダカ : いえ、何でもありません。純粋に若芽先生の個人的な意見として、ってことでどうです?

若 芽 : いつも純粋に個人的な意見しか言ってないが。

メダカ : あ、そうでしたね。じゃあ、変なところがあったら、皆さんに突っ込んでもらうと言うことで。

若 芽 : わかった。メダカがそうまで言うなら、ちょっと意見を述べてみる。おかしなところがあったら、遠慮なく掲示板にて、突っ込んでください。では始めよう。

メダカ : ホッ。お願いします。

若 芽 : まずはバッハから、と言いたいんだけど、これが一番難問。なので後回しな。

メダカ : では誰からですか。

若 芽 : うーん。

メダカ : 先生、ベートーベンとかは?

若 芽 : ベートーベンか。ベートーベンは「ヘンレ版」かな。

メダカ : ヘンレ版というと外版ですね。

若 芽 : うん。ヘンレ出版社はドイツにあって、専門家の協力のもとに古典派とロマン派のピアノや室内楽の原典版を出している、と音楽辞典には書いてある。バッハの楽譜も出しているから、古典派とロマン派だけじゃないと思うけど。(バッハはバロック時代)

メダカ : なるほど。なんか正統派って感じですね。

若 芽 : そうだな。ただ、若芽もベートーベンのソナタを持っているんだが、指遣いがちょっと好みではない。レッスンに行く時には見栄でヘンレを持っていくんだが、指遣いは自分の弾きやすいように書き換えたりしている。手が小さい人向きの指遣いじゃないような気がするな。あくまで、そういう気がするということだけど。

メダカ : はあ。若芽先生とは指遣いの趣味が合わないんですね。

若 芽 : まあ、そういうことだ。ヘンレ版は原典版だからきちんとしているし、古典派やロマン派の作曲家で、これといって定評のある出版社がなければ、ヘンレは無難だと思う。モーツァルトとかシューベルトとかブラームスとかはな。困った時のヘンレ版、って感じだな。ちょっと高いけど。

メダカ : 国内の出版ではどうでしょう。

若 芽 : 「音友」の「ウィーン原典版」がいいんじゃないだろうか。わかめは使ったことがないけど、良いらしい。

メダカ : ああ、赤い表紙のヤツですね。

若 芽 : そう。さっき言ったシューベルトやモーツァルトはウィーン原典版でもいいかも。ていうか、モーツァルトやシューベルトってよくわからん。

メダカ : わからないのはいいですから、次はピアノの詩人ショパンに行きましょう。

若 芽 : ショパンか。これも難しいんだよな。まず、外版では「コルトー版」がいいと言われている。でも、はっきり言って細かいので見にくい。まあ、それは慣れだとは思うが。値段も高いぞ。ああそうだ、この前楽譜屋に行ったら、「全音」からコルトー版が出ていた(なんの曲集があるかは不明)。若芽が見たのは「エチュード」で、よくは見なかったから断定はできないが、ちゃんと解説が日本語に訳してあるようだったぞ。

メダカ : へえ。全音から出ているんですか。

若 芽 : 音友からも「クロイツァー版」というヤツが出ているらしい(なんの曲集があるかは不明)。若芽はこの版の「エチュード」が欲しいんだけど。

メダカ : 先生はコルトー版の「エチュード」を持っているじゃないですか、飾ってあるだけですけど。

若 芽 : 若芽は、ショパンのエチュードは自分の先生の好みで「春秋社版」を使っている。でも、一冊じゃよくわからないこともあるんだ。

メダカ : はいはい、わかりました。ショパンは終わりですか?

若 芽 : あ、そうそう、外版に「パデレフスキ版」というのがあって安くていいんだけど、これは賛否両論だな。

メダカ : 賛否両論って、良いと言う人とダメと言う人がいるってことですか?

若 芽 : 結構極端で、パデレフスキ版でなければいけない、という感じと、こんなのは話にならない、という感じなんだ。確かに少し他の版とは変わっているので、どうかと思うこともある。若芽はソナタとかスケルツォとか持っているけど、今はやっぱり先生の好みで別の楽譜を使っている。

メダカ : なかなか面倒ですね。では次は?

若 芽 : ドビュッシーとラヴェルにしよう。外版なら「デュラン(Durand)版」かな。なんてったってフランス音楽だから。デュラン出版社はフランス最大の音楽出版社らしい。ラヴェルの楽譜は「ショット(Schott)出版社」でもたくさん出している。ショット出版社はドイツだけど、こっちでもいいかも。

メダカ : 国内版はどうですか?

若 芽 : 国内版にはとってもいい楽譜がある。ドビュッシーは絶対これだな。

メダカ : これですか。白い表紙で薄いですね。

若 芽 : 音友から出版されている「安川加寿子版」だ。これは絶品!(絶版ではない)

メダカ : へえ。何がそんなにいいんですか?

若 芽 : いろいろ良いんだけど、一番は指遣いだな。手の小さい日本人用の指番号が書いてあるんだ。

メダカ : ふーん。それは弾いてみないとわかりませんね。で、ラヴェルは?

若 芽 : 最近国内版も出版されているらしいけど、若芽は知らない。

メダカ : じゃあ、いよいよバッハですか?

若 芽 : ヤだけどバッハをやらない訳には行かないだろうな。楽譜には、原典版と教育版がある。これはバッハだけのことじゃないんだけど、バッハの楽譜では他の作曲家よりこのことが少し重要になっている。

メダカ : はあ? 何ですか、それは。

若 芽 : 原典版と呼ばれているものはアーティキュレーション(スラーやスタッカートなど)やフレージングが書いてない。ヘンレ版はそうなっている。

メダカ : あ、ほんとだ。

若 芽 : バッハをたくさん練習している人は、自分なりに弾けるからいいんだけど、よく知らない人は練習する時に困るだろう?

メダカ : ええ、困ります。レガートで弾くのか、ノンレガートで弾くのか、どういうフレージングで弾くのか、全然わかりません。

若 芽 : それで、アーティキュレーション(スラーやスタッカートなど)やフレージングや装飾音の入れ方などの解説が書いてあるものを教育版というんだ。今は原典に忠実な教育版も多い。

メダカ : 具体的には?

若 芽 : 「インベンション」の原典版は、音友の「ウィーン原典版」あたりがいいかな。これは楽譜にはフレージングなんかは書いてなくて最後に装飾音の説明が書いてある。かなりバッハがわかっていないとこれだけでは練習するのは辛いかも。もうちょっと実用的なのは、全音の「市田儀一郎版」(全音は2種類あるので注意。普通の版はダメです)かな。全部にフレージングがついているわけじゃないけど、ウィーン原典版よりは説明が多い。ただ、初めてバッハを弾く人にはこれでも無理かも。

メダカ : じゃあ、初めての人にはなにがいいんです?

若 芽 : 一番普及していてマシなのは「春秋社版」だと思うけど、これも実は問題がある。原典版と比べると違う箇所があるから、絶対ダメだという人もいる。だけど、右も左もわからない生徒には、とりあえずこれを持たせてバッハの雰囲気を掴ませる、という風にワリキッテ使うぶんにはいいんじゃないだろうか。指導者が原典はこうなっていると、注釈をつけられれば理想的だろう。

メダカ : 難しいんですね。先生たちも苦労しますね。

若 芽 : 若芽はだから、いつも苦労しているじゃないか。

メダカ : (無視)他の曲集はどうですか?

若 芽 : 「平均律」は、外版で「ブライトコプフ(Breitkopf)出版社」の「ムジェリーニ(Mugellini)版」がいいらしい。でも、若芽はムジェリーニ版は虎の巻として使っている。ちょっとレッスンには持っていけない。いろいろ書いてありすぎて。

メダカ : ふーん、使いわけが必要なんですね。さて、今回は異常に長くなってしまいました。多くの作曲家は扱えませんでしたが、この辺で終わります。先生、最後に何か一言。

若 芽 : 版にはこだわりだすとキリがないので、ほどほどにしておくように。いろいろな版を見るとどれが正しいのかますますわからなくなるからな。自分が使うと決めた楽譜に忠実に練習すること。あんまりヘンだったら他の版を見たほうが良いけどな。

メダカ : 先生、ありがとうございました。では皆さん、さようなら。


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