ナバホとチベットは、離れた位置関係にありながらも、極めて類似性の高い霊的な文化を持ち、砂絵を描くという儀式が行われます。また、ナバホやチベット以外の土地にも砂絵の文化はあります。オーストラリアの原住民であるアボリジニ人の生活には、儀礼の際に先祖である精霊たちの神話を砂絵で描くという文化があります。東アフリカ、タンザニアのトングウェ族の中でも、砂絵は儀礼に結びつき呪医の継承祭式において重要な役割を果たしてます。
儀礼ではなく日常的に使われてきた砂絵も存在します。チベットの砂絵の起源であるインドでは、日常的に住居や寺院の前を砂絵を描く習慣があります。主に女性の中で、母から娘へと継承されてきました。日本においては、18世紀末期から大正初期の間に、大道芸として「砂書き」と呼ばれる砂絵が存在し、人々が集まる寺の門前などに描かれました。これらの砂絵は、日常的に使われるものでありながら、地面を掃き清め神聖なものとして扱われていたように思われます。
このように、民族をこえて存在する砂絵というものは、その砂の素材に、人類共通して感じる特徴があると考えられます。
イメージ表現されるものの中では、砂絵だけではなく染織や彫刻、絵画などの意匠の中にも、異文化間で共通したものが見られることがあります。それは、私たち人類に共通するものが自然界にあることに基づいていると考えられます。
マンダラの普遍的要素 ――――――――――――――――――――――――――
「マンダラ」は仏教のものという解釈以外に、広義の解釈として、絵として描かれた円や輪、なにか丸いものという意味を持ち、世界や宇宙を意味する言葉として用いられることもあります。ここでは、人類共通して持つマンダラの特性を紹介します。
●自然界のマンダラ
自然界に存在するものの中に「マンダラ」の図形で表現されているものがあります。雪の結晶などがその例にあげられます。また、自然界にあるものを人間がデザイン化もの、家紋やマークなどにもみられます。
「フラクタル」というフランスの数学者ブノワ・マンデブロが導入した幾何学の概念があります。図形の部分と全体が、自己相似形なっているもので形成されています。正三角形を4つ組み合わせて4倍の大きさの正三角形を作り、それをまた4つ組み合わせて(小さな三角形でみると16個)、さらに大きな正三角形を作ります。
実は、こういうフラクタルが自然界や宇宙に散見されることをもって、私たちが宇宙のフラクタルだという考え方があります。
仏教のマンダラにこのフラクタル構造が見られることから、仏教の世界観に親近感を覚える人もいます。また、円、輪、環、集合体の意味もあり、如来・菩薩・護法神などを一定の幾何学的パターンで配置したマンダラの構図は、円環のように秩序を保ちつつ個性を発揮しようとする仏教の調和・共生の世界観を端的に表現しているといいます。
●黄金分割
古代ギリシャで、「神の比」と呼ばれた「黄金比」という分割法が考えられました。人間にとって最も安定し、美しい比率とされ、建築や美術的要素の一つとされる。 縦横2辺の長さの比が黄金比になっている長方形は、どんな長方形よりも美しく見えるといわれています。
黄金分割比率は、以下の方法で選出されます。左図のように、まず定規とコンパスで正方形ABCDを描きます。次に、その1辺CDの中点EからBまでを直線で結び、これを半径とした弧を描きます。この弧と辺CDの延長線との交点をFとすると、正方形の1辺CDとDFとの比率が黄金分割比率になります。
フィボナッチ数列とこの黄金分割比率の関係は、「フィボナッチ数列において、各数値をその1つ手前の数値で割った結果は、数列が後になるほど黄金分割比率に限りなく近づいていく」というのがより正確な表現です。この関係さえあれば、フィボナッチ数列の数値に関する比率の特徴は、先述の黄金分割比率の2つの特徴から、すべて説明できます。
フィボナッチの長方形から正方形をとると、残りの長方形も黄金比を持つ長方形になります。さらに正方形をとると、黄金比の長方形が残る性質を持ちます。この正方形の角となる点を滑らかにつないでいくと、螺旋が現れます。この螺旋は自然界に見られるある規則を表し「フィボナッチの渦巻き」と呼ばれています。
●ユングのマンダラ論
マンダラは古来、インドを起源とした仏教の世界観をあらわしたものであり、東洋では神聖なものとして扱われていたものです。西洋で注目されるようになったのは、スイスの心理学者カール・グスタフ・ユング(1875〜1961)が、マンダラの普遍性について独自の見解を発表してからでした。
ユングがマンダラの普遍性について研究したきっかけのひとつとして、ユング自身がある特殊な状況の下で不思議な図形を見て記録し、その後にその図形がチベットのマンダラに酷似していることを発見したからでした。もうひとつは、精神疾患の患者の描く絵にマンダラ的な図形が多くみられたことにありました。そして、ユングは患者の治療にマンダラが作用することを注目しました。ユングが発見したのは、統合失調症の患者において、「自分はなぜいまここにいるのか、ここはいったいどこで、いまはいったいいつなのか、どういう状況に今自分がおかれているのか」といった自分自身について判断不能の状態になったとき、しばしばマンダラの図形が描かれることでした。ユングは、患者の描く絵について観察し研究していくうちに、回復しようとする時期にマンダラの図形が出現することが多くなることに気づきました。
ユングが考える心の構造というものは、意識のしたにある無意識が二つの層で成り立っているというものです。二つの層は個人的無意識と普遍的無意識(集合的無意識)で構成されており、普遍的無意識は全人類に共通すると考えられました。そして、普遍的無意識には「元型」というものが存在するとしています。「元型」の例として、昔からある神話や伝説の共通するパターンやイメージなどがあげられます。マンダラもこの元型のひとつであり、このマンダラが患者の描く図形として描かれることに対して、「個性化のプロセス」が働いていると考えました。
「個性化のプロセス」とは、心理的成長という意味で、自我から自己へ、無意識から意識へ、個から超個・聖なるもの・自己実現へと至ることをいいます。人間には本来、自己治癒力というものがあります。ユングの結論として、マンダラは秩序の、こころの統合と全体性の元型であり、自己治癒の際に自然の試しみとして出現するとしました。
東洋文化において、マンダラとは仏教的なもので宗教的瞑想の中で見られるものとして考えられてきました。宗教的瞑想とは、特殊な神秘体験であるといえます。方法としては、先にマンダラを見せ、予備知識をもたせたうえで観法(心を集中し特定の対象に向けて思念する)に利用されてきました。チベットの砂絵マンダラを制作する儀式では、弟子が阿闍梨から灌頂を受けた後、いかにマンダラを視覚化(観想)するかについて特別な指示が与えられます。マンダラの中に精神的に入ることにより、弟子は自らの心の無意識の領域を探査していきます。そのプロセスは、ユング心理学の概念でいうところの、心的分裂、崩壊、再統合の再現を象徴するという、個性化のプロセスが働いているといえます。
仏教での宗教的瞑想におけるマンダラも、ユングの患者に見られるマンダラ図にしても、また、世界中のどの個人の夢や能動的想像の中にあらわれるマンダラにしても、無限の多様性にかかわらず、パターンの根本的一致が見出せます。ユングはマンダラについて「元型の持つ普遍的作用を示す最良の例の一つである」と主張しています。
西欧において、ユングが研究したマンダラは、宗教的な暗示なしで出現するというものでした。東洋における仏教で、修法として利用されてきたマンダラが、宗教や文化が違う西欧で存在するという研究は、民族を超えた人間の根本に基づいたものの存在であるということをあらわしたものです。マンダラには、宗教や文化の違いを超えた全人類に共通したものがあるということが、ユングの研究によって実証されたといえるでしょう。
砂という素材がもつ要素 ――――――――――――――――――――――――――
本誌付録の砂絵は、幼児用の玩具や学校教育の美術教材に採用されている形態をとったものです。学校の美術教育の現場において誰もが興味を示し、他の画材に興味を持たない子どもでも、砂絵には手に触れ熱中して制作に取り組む傾向にあります。また、大人が体験しても同じような傾向にあり、老若男女問わず楽しめることができる素材です。
砂絵を体験すると、絵具やペン、鉛筆を使った絵画とは違った描き方に意外性を感じます。また、砂に直接触れる手触りの心地よさから、ある種のリラクゼーションを得ることができるのだと思われます。このような砂の素材は、すでに芸術療法に取り込まれています。砂のもつ特性がどのような心理作用をもたらすのでしょうか。
●箱庭療法
砂を用いた「箱庭療法」という心理療法が、カウンセリングの現場で使われることがあります。日本には1965年に、ユング派心理学者であり文化庁長官も務めた河合隼雄によって導入され、心理療法の中では一般的に知られています。「箱庭療法」は河合隼雄が日本に紹介するときに訳した名称で、英語表記では「Sandplay Therapy,Sandspiel Therapie」といいます。
箱庭療法とは、砂の入った箱の中に、ミニチュアの玩具を置いていき、自分の世界を作っていくという遊戯療法の一種です。箱(縦57cm×横72cm×高さ7cm)の内側は水色に塗られていて、砂を掘ると海や池などの水のイメージが出るように考えられています。心理療法に取り入れられているものですから、クライエント(患者)はセラピストの立会いのもと箱庭制作をします。箱庭を作る際は、まず砂を触って地面を作っていきます。砂に水をふくませて起伏を作ることもあります。土台ができたら、棚に並べられたミニチュア玩具(建物・人・動物・乗り物・木・石・貝殻・怪獣・ビー玉など)から自分の好みのものを選んでいき舞台を作っていきます。一回の制作時間は、カウンセリングでの50分以内に行われます。
●箱庭療法の歴史
箱庭療法の原形は、イギリスのローエンフェルト(Lowenfeld,M)が1929年に子どものための治療技法として発案した“World Technique”です。ローエンフェルトは、子どもに対する心理治療として、子どもの行動の分析や、子どもの世界の解釈に対し、大人と違って複雑な精神的要素がからみあっていることに着目し、これらの発現のためには「視覚とともに触覚のような感覚の要素」をあわせ持った技法が有効であると考えました。そうした特徴をもった素材として、視野にすっぽりと入るような砂箱と、ミニチュア玩具を与え、そこに作られた子どもの内面の世界を“The World”と呼び、これを「世界技法(The World Technique)」としました。その後、スイスの心理療法家カルフ(Kalff,D.)が、この世界技法にユングの分析心理学の考えを導入して、自らの治療の実践を重ねる中で理論づけしました。そして、子どものみではなく、成人にも適用できる表現療法として確立しました。この技法をそのプロセスの動的な要素のイメージを出し「Sandspiel」と呼びました。スイスに留学した河合隼雄が、カルフの教えを受け日本に導入されることになりました。
●心理療法としての砂
箱庭療法の大きな特徴の一つ、砂という動的な素材は、ローエンフェルトが「視覚と触覚の要素をあわせ持つ技法」と述べているとおり、砂はその感触によって人間の深い部分に訴えかけてくるとされています。
自閉症児は水や砂の感触を好み、そうしたものに触れる時、満足や喜びの表現を見せることはよく知られています。よくふるわれてされさらした細かい美しい砂はひんやりして思わずその中に両手を埋めたくなります。クライエント(患者)の中にいは、玩具を使って構成するのでなく砂に両手でかき混ぜたり、すくいあげたりをくり返しながら、ポツリポツリと話をする人もあるそうです。作品を作ることのみが目的ではなく、箱庭の砂がこうした使われ方をすることも一向にかまわないことであるとされています。砂はそれ自体、治療的な素材であるとされています。多くの場合このような砂との戯れは心の防衛を解き、人をリラックスさせます。「治療的に意味のある適度な心理的退行」であるといいます。こうした生理的な刺激に助けられて患者は緊張がほぐれ、少しずつ自己の内面の深い世界を表出するようになるのです。
また、砂はその中にものを埋めたり、掘り下げたり、積み上げたりして、さまざまな使い方ができる素材です。そうした表現は、死と再生、流れなどのテーマとの関連で治療のプロセス上重要な役割を果たすことができます。
しかし、一方、砂はそのさらさらと崩れ落ちる感じから崩壊感を招きやすく、統合失調症(分裂病)圏内のクライエントにとっては危険な素にもなりうると言われる場合もあります。その意味で造形のための素材としては粘土の方が好ましいと言われることもあります。
自己表現の素材としての砂の効罪は一概には言えませんが、砂というものがそれに触れる人の内面の深い所を動かしうる要素になることは確かであると考えられています。
色について ――――――――――――――――――――――――――
●色彩論
色の基本は三原色であるという考えが一般的に知られています。三原色といえば、赤・黄・青が、誰でも思いつく色ではないでしょうか。それに、白と黒を加えた五原色で、さまざまな色の表現ができるとされています。
赤・黄・青の三原色は、減法混色の色として考えてられます。絵具やインクなどの色を表現します。また、それとは別に光の三原色として、赤・青・緑の加法混色があります。
実際には、私たちの目は赤・黄・青を基本の三原色としてとらえているわけではありません。人間の視神経は見たものを光としてとらえ、赤・緑・青の3種類の視神経で脳に伝達していると考えられています。
●民族と色の関係
色のとらえ方は、民族によって違ってきます。気候による風土の違いや日照状態によって感じる色が変ってきます。また、民族によって瞳の色が違うように、目の機能も違いがあります。低緯度に住むアフリカやアジアの民族の目は、強い光に適応するよう、紫外線から目を守るために、瞳の中のメラニン色素が大量に蓄積され瞳の色は黒になります。反対に高緯度に住むヨーロッパの民族の目は、弱い光に敏感であり、さほど紫外線を感じなくて済むためにメラニン色素の量が少なくなり青や茶色になります。アフリカ・アジア人とヨーロッパ人との目の構造は光の強弱に対する反応が違うだけでなく、色に対する反応の仕方も違っていて、赤、緑、青と3種類ある視神経の特性も異なります。
●五行と五大要素による色
五行とは、中国古来からの思想で儒教を中心とする思想家の間で発展したものです。のちに陰陽思想と結びついて陰陽五行思想となって日本に伝来し、日本では陰陽道として展開していきました。
五行では、木・火・土・金・水の五要素が世界のあらゆるものを構成する基礎となるという考えに基づいた思想です。その五要素には、青・赤・黄・白・黒という色が配当されます。
インドでは仏教による五大要素という思想があります。五大要素は、地・水・火・風・空で成り立っています。これには、黄・白・赤・黒・黄という色が配当されます。
これらは、方角にも対応して考えられます。五行では、東が青、西が白、南が赤、北が黒、そして中央が黄色として考えられています。五大要素でも同じ対応で考えてられます。また、中国では、天上の四方にいる星辰、東方の青竜(青)、南方の朱雀(赤)、西方の白虎(白)、北方の玄武(黒)の四神と、天上には北斗七星・北極星(黄)が五要素とされています。インドの仏教では、
阿しゅく如来(青)・大日如来(黄)・宝生如来(赤)・阿弥陀如来(白)・不空成就(黒)を五大要素に色と方角に対応して考えられています。
●古代ギリシャの四大元素
古代ギリシャには、四元素説という「物質は、火、水、土、空気の四元素からなる」という説が考えられていました。それらの物質を四大元素といいます。この四大元素には、結合させる『愛』と分離させる『争い』があるとされています。それにより、集合離散をくりかえし、この4つの元素は新しく生まれることもなく、消滅することもないとされています。その思想は、プラトン、アリストテレスらに継承され論じられていきました。また、アラビア、エジプトにも影響を与え、錬金術の考えのもとになりました。
四大元素にも色が対応し、火-黄-東、空気-赤-南、水-黒-西、土-白-北という思想があります。五行や五大要素の思想とは異なり、西洋文化と東洋文化の違いが表されています。
●色砂の色表現
色砂は水彩絵具などの画材と違って、完全に色が混ざりません。
細かい砂の粒子が集まって独特の色を表現します。ひとつぶひとつぶの色砂の光の反射で色を表現しています。
絵画の中では、光の色で表現しようとしたものがあります。19世紀後半、フランスでおこった印象主義の絵画には、そうした手法を試みたものがあります。モネ(Monet,Claude 1840-1926)の作品もそうした手法を使ったものです。モネは対象物の実体を描くのではなく、筆のタッチが光の点として置かれています。後期印象派の画家スーラ(Seurat,Georges 1859-1891)は、光学理論や色彩論の研究し、光と色彩の調和や形態による構図の均衡を追求しました。その画法はすべて点描によって表したもので、光の反射によって物の実体を表現する表現法を生み出しました。
このような表現法は、「砂絵」の製作過程での色砂を置いていく作業に類似しているといえます。ひとつの色を表現するため、多数の色砂の色の反射でその色を表現する方法は、スーラが求めていた表現法に似ているといえるでしょう。
砂絵は、光の反射で色を表現するということから、水彩絵具などで描く絵画とは全く違った表現法になります。制作を体験してはじめてその魅力を感じることができるのです。
【参考文献/引用図版】
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 http://ja.wikipedia.org/wiki/
西上青曜著「図解マンダラのすべて」PHP研究所 1996.2
片野善一郎「おもしろくてためになる 数の雑学事典」日本実業出版社 2004.6
IROMSOFT&IROMBOOKグラフィックサイト http://www.hm.h555.net/~irom/indexx.htm
柳亮著「黄金分割 ピラミッドからル・コルビュジュまで」美術出版社 1965.7
マリオ・リヴィオ著「黄金比はすべてを美しくするか?最も謎めいた比率をめぐる数学物語」早川書房 2005.12
ビューレント・アータレイ著「モナ・リザと数学――ダ・ヴィンチの芸術と科学」化学同人 2006.5
カール・セーガン監修「コスモス(宇宙)――第1巻」旺文社 1980.10
NHK人体プロジェクト「NHKスペシャル驚異の小宇宙・人体V遺伝子・DNAB日本人のルーツを探れ
――人類の設計図――」日本放送出版協会 1999.7
A.サミユエルズら著「ユング心理学辞典」創元社 1993.12
C.G.ユング著「個性化とマンダラ」みすず書房 1991.9
「朝日ビジュアルシリーズ 日本遺産第10号 法隆寺 キトラ古墳」朝日新聞社 2002.12
シルビィ・パタン著「モネ――印象派の誕生」創元社 1997.7
北畠耀著『「色」とは? 色彩科学文化史入門』
(杉山久仁彦制作「デスクトップカラーハンドブック05/06」株式会社ナナオ 2005.8 非売品)
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