力を抜く その4
メダカ : 若芽先生、今日は「ピアノを弾いている時の脱力について」ということですが。
若 芽 : 何? メダカ、何か不満でもあるのか?
メダカ : え? 不満というか…。つまり、「弾いている時の脱力」ってことは、弾きながら力を抜くってことですよね? ええと、先生。でも、実際に弾く時には力が入りますよね。
若 芽 : そりゃあ、全然力が入らなきゃ、ピアノを弾くどころではないだろう。寝ているしかないぞ。
メダカ : もう、若芽先生ったら。極端すぎ。
若 芽 : メダカが妙なことを言うからだぞ。いつも意識している訳じゃないだろうが、人間が立ったり歩いたりするのに筋肉は必要だ。指も同じで、最低でも形を支えるだけの力は要るし、強い音を弾こうと思ったらかなりの力が必要だ。
メダカ : ってことは、ガンガン弾く時には、バリバリ、力が入っているってことでしょう?
若 芽 : (溜息。)メダカ、「力が必要」と「力が入っている」は、全然違うことなんだぞ。メダカは走ったことないのか?
メダカ : はあ? そりゃあ、走ったことくらいありますよ。
若 芽 : 走るには歩くより筋力がいるだろ?
メダカ : そりゃそうでしょう。
若 芽 : だけど足自体に硬直するほど力を入れていたら走れないだろ?
メダカ : (走ってみる。)そうですね。ギクシャクします。
若 芽 : つまり、そういうことだ。腕自体、指自体に無駄に力を入れていてはいけない。それ自体に必要なのは形を維持するだけの力だ。ただ、フォルテで和音を弾く時には、腕や身体の重みを指にかけて鍵盤に乗る感じになるから、指にはその重さを支えるだけの力が必要になるけどな。
メダカ : ああ。指がふにゃふにゃでは、和音を弾こうとした時に、支えきれませんね。
若 芽 : でも、それは一瞬でいいんだ。鍵盤を押さえる瞬間に必要な力だから、瞬発力だな。
メダカ : ってことは、弾いた後は力は要らないってことですか?
若 芽 : うん。下がった鍵盤は手の重さがかかっているから、押していなくても上がってはこない。
メダカ : ああ、そりゃそうですね。じゃあ、ピアノには瞬発力があればいいんですか?
若 芽 : 持続力もいるな。でも、もしかしたら瞬発力を繰り返しながらピアノを弾き続けるということかも。
メダカ : 持続力というと、ハノンですね?
若 芽 : ハノンだけとは限らないがな。そうそう、指自体に必要なのは形を維持する力だけだと言ったけど、ハノンや練習曲や速いパッセージを弾く時には指を速く動かしても指の形がぶれないようにキープすることが重要だ。
メダカ : はあ。先生はハノンを弾く時に力は入れないんですか? 「力を抜く その1」で力を抜かないと弾けないって僕に言いましたよね。
若 芽 : 若芽はハノンを弾く時は、指には結構力が入っているかも。特にゆっくり弾く時は。しっかり指を動かして筋肉を鍛えているって感じが好きだからな。
メダカ : ああ、先生はピアノを弾くことが運動として好きなんでしたよね。
若 芽 : うん、そう。だけど、さすがにそのままガンガン弾いていると腕のほうにも力が入ってしまって弾けなくなるから、意識的に腕の力を抜いている。弾きながら、『肩から手首』特に『肘から手首』の力を抜くんだ。
メダカ : 手や指の力はどうなるんですか?
若 芽 : 軽い音を速く弾きたい場合は、指に無駄な力が入っているとギクシャクして指が速く動かない。テンポを上げる場合は、若芽は、動かしている指や手の力を必要最低限だけにして弾くようにしている。
メダカ : なるほど。
若 芽 : とにかく、速く指を動かしたいなら、力の抜き方を自分でコントロールできるようになることだな。
メダカ : でも、弾きながら力を抜くなんて、上手くいくんですか?
若 芽 : 弾きながら意識して力を抜くために、完璧に脱力した状態を実感しておくことが重要なんだと前回言っただろ。
メダカ : ああ、なるほど。
若 芽 : 人間は歩いたり座ったりする時だって、必要最小限の力でやっているじゃないか。
メダカ : ああ、そうですね。では、先生、整理しますが、力を抜くというのは、つまり腕自体、指自体に入っている力を抜くことなんですね。
若 芽 : 指自体にいくら力を入れても大きな音は出ないぞ。
メダカ : 確かにそうですね。そう聞くと当たり前なことですが、混乱していました。
若 芽 : いつも脱力状態でピアノを弾いているわけじゃない。必要な時には力を入れて、必要がなくなったら力を抜くということができるようにならないとな。弾く時には一瞬で力を入れて次の瞬間には抜けているのがいいと思うな。
メダカ : え? そんなの急には無理ですよ。
若 芽 : 急にやろうと思わなくていいんだ。だんだんできるようにすれば。初めは「今力が入っているから抜こう」と思った時に、力が抜けるようになればいい。そうやって自分の身体をコントロールできるようになろう。
メダカ : はい。やってみます。皆さん、今回で力の抜き方はお終いです。お互い、ピアノの練習をがんばりましょう。では、さようなら。
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