自閉症の才能開発 - 自閉症と天才をつなぐ環

著者 テンプル グランディン  Temple Grandin


 
     

原題 Thinking in Pictures - My Life with Autism
原題和訳 絵で思考をする - 自閉症と共に生きて
訳者 カニングハム久子
学習研究社  http://www.gakken.co.jp/
ISBN 4-05-400779-1
原書初版 1995年、新版 2006年  日本語訳 1997年7月

言語の無い世界での思考方式を紹介

著者は幼少にて自閉症を発症しながら、母親の根気強い教育によってコミュニケーションを会得し、大学院にまで進学して動物学の専門家となった。言葉を習得するまでは、言語の無い世界に暮らしていたので、そのような中で一生を過ごす動物の心理は良く理解できる、と言う。著者はこの洞察と、抜群の記憶力とイラストレーションの才能を使い、家畜の医療、屠殺施設の設計を手掛けて来た。この本を通して、著者は「無言語思考」とはどのようなものかを世人に伝える。

こう言うと、難解な書と思われるかもしれないが、著者の語り口は至って平易で、読みやすい。物事の視覚化が得意とあって、比喩が巧みである。言葉を習得するのが遅かったとは言え、著者は科学的な思考が得意である。しかも常識にとらわれない。さりとて、奇を衒おう、としている様子もない。写真のように精確・緻密な観察が、冷厳な科学を生み、それが徹底されているので、一般人と異なる結論を導き出すのである。

著者は、自閉症の人と多く接していて、そこから得られた知見に自分の経験と科学的省察を加味して紹介している。自閉症というのは決して単純な現象ではなく、症状の性質、重さともに、大変な個人差が見られる。それゆえ、個々人にあった治療・教育が必要と力説する。また、自閉症の人の心理を自分の経験に則して語っている。どうしたことが障害のために、著しく困難なのか、また、そのような困難、(あるいは異才)を理解できない一般人との社会的摩擦、すなわち、副次的な反応にはどのようなものがあるのかを教えてくれている。こうした証言記録は極めて少ない。  ジュディー・バロン ショーン・バロン共著 There's a Boy in Here もそうした貴重な本。

著者は、自分が自閉症を完全に克服し、普通の社会人になったとは、見なしていない。恋愛関係などは、理解が困難で、一生独身を通すつもりと言う。「ロミオとジュリエット」で、二人が何を企んでいるのか、決して理解できない、と言う。また、嫉妬や罪悪感、反抗心のような、強い感情でさえ、表情を読み取るのがたいそう苦手で、人間関係の上で悩みが多いと告白する。一方、著者を長年見ている友人、オリヴァー・サックス氏によれば、そんなことはない、彼女は以前とは見違えるほど、講演が上手になっていると言う。

自閉症特有の奇妙な欲求についてもこの本は述べている。多くの自閉症者同様、著者は人間との接触を好まず、人に抱擁などされたくはない。一方で、圧迫の感覚そのものは好ましく、強い欲求を感じていた。そこで、周囲の重ねての反対を押し切り、人間圧迫装置を開発作成した。著者は装置のボタンを押し、圧力が加わると、気分が落ち着くという。  自閉症児を抱擁すると、どのような反応を示すかについては、片倉信夫著「自閉症とは−どうして良いかわからない子供の教育法」に詳しく紹介されている。

自閉症は、知的障害を伴うことが多く、一生言語を話さない者もいる。一方で、「高機能自閉症」「アスペルガー症候群」と言って、高度な知的才能を発揮する者もいる。本書は後半で、多くのページを当て、歴史的な天才とされた人々の功績・行動を、自閉症という観点で捉えようとする。

本書を読むに際して、注意すべき点がある。この著者の印象があまりにも強い事である。本書では、自閉症の多様性について、多くの例を挙げて述べられているが、自閉症とは即、著者のような人と、固定観念を抱いてしまう読者がいるようである。ともかく、多くの人が、この本を通して自閉症とはどういうものか、知るのである。そして、著者の個性が強く印象に残るようである。

幅広い読者層

原書は、アメリカでは、自閉症に関わる人にとどまらず、広い読者層を得ている。英語の書名副題は「自閉症と共に生きて」となっていて、一般の読者に語りかける本ということがわかる。

家畜の心理を理解し、それに則した施設を作って来たと著者は自負する。自閉症の人は、少しでも環境に変化があると、不安に陥ると言われるが、著者は自分がそうであり、動物もまた同じあると言う。動物は鞭を当てないことには、前に進まないという常識を覆す自作設計を紹介している。動物の視点で周囲がどう見えるか考えるのがポイントと言う。畜産農家、獣医さんや、ペットを扱う人、将来そのような分野で活躍を望む学生には是非、勧めたい本である。

エリック・シュローサー著「ファストフードが世界を食いつくす」 (Eric Schlosser, Fast Food Nation)という本は、食品加工業における労働・技術開発・広告・規制緩和・健康といったテーマを調査し、巨大企業に批判的な書である。本書とは対照的なので、この産業に興味があるなら、併せて読むと良い。

著者はホームページを設けていて、来訪者の地域別統計をつけている。( http://www.grandin.com/ 英文) マイクロソフト社が本拠地を構える米国ワシントン州レッドウッドは常に上位という。コンピュータの優秀な技術者には、アスペルガー症候群とおぼしき人が見られると、時折言われ来たが、これを裏付けるものか。富豪ビル・ゲイツ氏の対極に位置する天才プログラマで自由ソフトウエアの提唱者リチャード・ストールマン氏もこの書と同じ著者による「動物感覚」を興味深く読んだと言っている。(もっともストールマン氏はソフトウエアを一つの技術分野と見ることにあきたらず、その社会的意義に早くから気付いていた人で、関心のあるテーマも読書の幅も非常に広い。)

心理学を研究される方には、記号の無い状態での思考について克明な描写が大いに参考になると思う。同じく、外国語の学習法についても参考になろう。外国語を学ぶということは、他言語の言葉(記号)を輸入することであるが、なかなか身につかない。小栗左多里「ダーリンは外国人」で、夫トニー・ラズロー氏は「日本のテレビの外国語講座を見ていると、日本語の解説があまりにも多い」と指摘している。そうは言っても具体的な実践方法はとなると、空をつかむような話である。この本を読み、自国語の無い状態を一度思い浮かべて見ると良いと思う。

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