著者 東田直樹
2007 年
株式会社エスコアール出版部
http://www.escor.co.jp/
自閉症とは、人との関係が困難になる障害である。コミュニケーションが思うようにならず、一生言葉を話さない人も多い。自閉症の人が自らの境遇や心情を語ってくれる事は稀である。著者は巻頭の辞で次のように述べている:
僕は、会話はできませんが、幸いにも、はぐくみ塾の鈴木さんとお母さんとの訓練で。筆談というコミュニケーション方法を手に入れました。そして、今ではパソコンで原稿も書けるようになりました。
でも、自閉症の子供の多くは、自分の気持ちを表現する手段を持たないのです。ですから、ご両親でさえも、自分のお子さんが、何を考えているのか全くわからないことも多いと聞いています。
自閉症の人の心の中を僕なりに説明することで、少しでもみんなの助けになることができたら僕は幸せです。
この本では、自閉症についての質疑応答が大半をしめる。客観的な省察、自身の障害に対する関心、健常者や同様の障害者に対する配慮には驚かされる。また、著者による短編小説も数編採録されている。宗教や人の生死について意識が強く、独自の考えを持っている事がわかる。
言葉が不自由で、知的障害を持つ人と聞くと、私達は、「この人は客観的な思考が苦手、あるいは不可能だろう。自分のことで精一杯で、他人や世界のことなど考えたこともない」と思うかもしれない。こうした先入観は改めなければならない。
質問は、いずれも、一般の人が自閉症について日頃疑問に感じている事柄である。質問項目は、会話、食事、聴覚、衣服、生活スケジュールなど多岐にわたる。
例えば、自閉症の人は、「今日どこへ行くの?」と質問されると、「今日どこへ行くの?」と、鸚鵡返しに言ってしまう応答が見られる。(答えるのではなくて、質問をそのまま返してしまう。)そうした時、本人の頭でどのような思考プロセスが展開されているのか、解説してくれる。
「なぜ繰り返し同じことをやるのですか?」「いつも動いているのはなぜですか?」との問いに対して、「そうする事によって安心する、心が落ち着く」と言う。
自閉症は脳の障害が原因と今では広く認められているが、著者は心理的な原因から来る問題が多いと解説している。限られた能力が原因で起こる失敗を予防したいという心理的な動機が強く働いている、と言うのだ。
批判と反批判
自閉症の人の内面世界を伝えてくれる貴重なメッセージと評価が高い。自閉症の子供を持つ親御さんなど、「何人にも勧めた」という方もいる。一方、この本に対して、全く信用できないとする人もいる。
著者は会話における不自由を、文字によるコミュニケーションで行っている。鉛筆を持つ手を、母親に 押さえてもらい、字を書く練習をした。手を添える介助が安心を与えるという。親に文字盤を作ってもらい、字を一つずつ指差す事で意思を伝える事を覚えた。このことから、本当は別の人が書いているのではないかと疑う人がいる。外国ではそのようなイカサマが実際にあったという話がある。
自閉症は心理的な問題ではないと、今では大多数の専門家が言う。それゆえ、手を添える介助の効果に疑問があるという意見は多い。
著者は自閉症について関心が強いと見えて、質問に回答する際、自分のことを言うだけではなく、健常者との違いや、自閉症の人の中で見られる個人差に言及している。言葉遣いも年齢不相応で、大人びている。これも疑念の種となっている。
本当に本人が書いているのか?との疑問を持っている人は多く、著者の講演会で質疑応答が行われると、回答の内容とともに、その方法は注視の的となる。表現が大人びていることについては、自閉症の人は、特定の関心のある分野については専門家と並ぶほど識見が深く、表現が正確である事は珍しくないと言える。
著者は自身の障害を認めた上でどう世の中と関わって行こうというのかまで述べている。「信用できない」と言って、自閉症を理由に表現の自由を根こそぎ奪ってしまうのは問題という考えもある。
今ならもし自閉症が治る薬が開発されたとしても、僕はこのままの自分を選ぶかもしれません。
どうしてこんなふうに思えるようになったのでしょう。
ひと言でいうなら、障害のある無しにかかわらず、人は努力しなければいけないし、努力の結果幸せになれることが分かったからです。
幅広い著作活動
著者は童話も多数発表していて、度々賞を受賞している。「自閉症の僕が跳びはねる理由」は英語、中国語、韓国語、スペイン語に訳されていて、海外でも自閉症の理解を助ける手立てとして読まれている。
2010年10月、続編 続・自閉症の僕が跳びはねる理由 が刊行される。著者は同月からブログで情報発信をしている。
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