自閉症の息子 ダダくん11の不思議

著者 奥平綾子


 

小学館  http://www.shogakukan.co.jp/
ISBN 4-09-387634-7
2006年4月
自閉症の子供に有効な視覚支援

自閉症の子供について、その親が自ら著した書籍はいくつか出版されているが、これもその一つ。著者は、一時期、新聞社でテレビ欄の執筆を担当していた文の達人であり、表現が簡潔・明瞭である。テレビ欄とは違い、ページあたりの活字は少ない。

自閉症には千差万別あるが、著者が「ダダくん」と呼ぶこの子はコミュニケーション能力の高い方である。言語療法士(スピーチ・セラピスト)が「どうやら見せたほうがいいらしい」と指摘したことを機に、「言って聞かせる」から「見て伝える」ことに暮らしを転換した。また、自閉症による独特の感覚・思考方法を踏まえ、どのように家庭と学校で工夫すれば暮らしていけるのか、自らの体験を語っている。視覚で伝えるためのカードと、スケジュールの効用が詳しく書かれている。

著者によれば、自閉症のわが子は、まるでほかの星からきた宇宙人で、自分は地球での案内をする宇宙船の船長と喩えるべきで、その視点に立ってみると、地球という星は、慣れ切っている人々は気付きにくいが、説明するのさえ難しい慣習が多い所だと言う。「障害を持った人の立場になって物事を見るようにしなければ」と、とかく言われるが、思い切った視点の転換が必要なのだとわかると思う。

自閉症の人は五感からして違う

歳末になると、「ダダくん」は一緒に買い物に行くのを渋るようになるという。クリスマスが近くなると商店ではにぎやかな音楽がかかるが、自閉症の人はこれが苦手らしい。健常者は不要な音は気にしないでいればよい。「気にしない」というのは能力であり、自閉症の人はここに問題があるようである。 また、春には「ダダくん」の学校では田植え体験授業が行われる。彼はこれがたいそう苦手であるが、「どうしても田植えを経験しなければいけないのだ」という先生の指導の下、苦痛を押して田んぼに入った。彼は後に、「足袋を履いていれば大丈夫なのに」と打ち明けた。(このように苦手な事を克服する具体策を提案できるのは自閉症の人の中では珍しい。)

我々は意識すること無く、関係ない音や皮膚感覚、その他は遮って頭の中に入らないようにしているのだ。どうやら自閉症者のかかえるこの聴覚の問題は言語の習得に大きく影響して、さらに副次的な生活・社会性の問題の原因となっているようである。

外国語を学ぶ者は、この現象に留意した方がよい。外国語を注意して聞いているつもりでも、無意識のうちに日本語に関係ある音だけを拾い取り、他は遮るフィルター(ふるい)が働いていて、その外国語特有の微妙な音の差(英語ならLとRの違い等)が脳の識別領域に届いていない、という事が起こるのだ。いくら舌や唇の形を練習しても、手本とすべき音が脳の中に形成されていないのであれば、発音の上達は望めない。

コミュニケーションを仕事とする人に勧めたい本

我々は、人に物事を伝える際、「相手は当然これとこれとは了解しているだろう」との前提で話をする。時にその前提が成り立っていなくて、誤解を生ずる事もある。著者によれば、自閉症の人と一緒に暮らすには、常に「当然こうだろう」という思い込み・先入観に注意を払う事が大切である。相手にどう見えるのか理解すれば、コミュニケーションは可能で、自閉症の子供も徐々に成長していくのであるという。

障害を持った子供との接し方について具体的な方策を得られるので、学校の先生方に特に勧めたい著書である。また、我々が日常的に行うコミュニケーションで、意識していない部分について、示唆に富む本であり、障害者が悩んでいる事は、健常者でもつまずく事がある、という考えを持って読むと良い。外国語教育に関わる方々や、報道関係(マスコミ)での仕事を目指す学生にとっても有意義である。自閉症について踏み込んだ内容の専門書籍を読む前の、導入的な入門書としても良い。









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